ユニクロの仕組み化
宇佐美潤祐
SBクリエイティブ
ユニクロの仕組み化 (宇佐美潤祐)の書評
ユニクロの強みは、特定の人材に依存することなく、経営効率(ROE)とイノベーションを両立させる仕組み化にあります。徹底した仕組み化により、業務の生産性向上と社員の意識改革が実現され、それが相乗効果を生んで成長期待(PER)を高めています。この好循環が企業価値創出力(PBR)の最大化につながっているのです。
ユニクロの企業価値創出とは?
生産性を上げる仕組みのみならず、イノベーションを促す仕組みが、意識を高める仕組み、成長を促す仕組みと相まって、ROEとPERを高め、結果としてPBR(企業価値創出効率)を高める構造になっています。(宇佐美潤祐)
ユニクロ創業者の柳井正氏の元で教育・人材育成を担ってきた宇佐美潤祐氏は、「ユニクロは特定の人に頼らない経営を、仕組み化によって実現し、成長している」と指摘します。この「仕組み化」を通じた自律的な組織運営こそが、ユニクロの持続的な成長を支えるコアな要因になっているのです。
ユニクロの企業経営における特筆すべき点は、単なる経営効率(ROE)の向上にとどまらない点です。同社は、イノベーションを継続的に生み出す体制を確立することで、将来の成長期待(PER)をも高めるという独自の価値創造の構造を築き上げています。
ユニクロの成長は、単なる偶然や一時的な成功に依存するものではありません。それは、計画的かつ綿密に構築された「仕組み化」によって支えられています。創業者の柳井氏のリーダーシップのもとで培われたこの「仕組み化」は、ユニクロの経営の基盤であり、持続的な成長を可能にする重要な要素となっています。
ユニクロの経営が注目される点は、経営効率の向上だけではなく、未来の成長を見据えた革新的な体制が確立されていることです。単に短期的な利益を追求するのではなく、イノベーションを絶えず生み出す構造を組織全体に浸透させています。これにより、将来の成長期待も高まり、ユニクロは独自の価値創造のサイクルを回し続けているのです。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という理念や、「グローバルNo.1ブランドになる」というビジョンは、確かに企業価値を構築する上で欠かせません。しかし、ユニクロが持つ企業価値の大部分は、これらの理念やビジョンだけで形成されているわけではありません。
約9割を占めているのは、精緻に設計された「仕組み化」です。この仕組みは業務効率や生産性を向上させるだけでなく、組織全体の自律性や創造性を高めるための基盤として機能しています。
「グローバルワン・全員経営」の理念は、ユニクロの経営を支える大黒柱です。「グローバルワン」とは、世界中で統一された経営理念と価値観を共有し、最高水準の方法論を追求する姿勢を指します。情報共有を徹底し、常に改善を行うことで、組織全体の力を引き出しています。
また、「全員経営」によって、社員一人ひとりが経営者としての意識を持ち、現場の判断に基づき主体的に意思決定を行います。これにより、社員は自律的な問題解決が可能となり、組織全体が柔軟で強固な経営基盤を築くことができるのです。
2006年にグローバル化を宣言して以来、ユニクロは着実に世界市場への進出を果たしてきました。2023年8月期には海外売上高が約1.4兆円、営業利益が約2000億円に達し、驚異的な成果を上げています。この背景には、「仕組み化」を通じた柔軟で自律的な組織運営があります。
ユニクロではリーダーに「変革と創造」が求められます。変革は既存の仕組みをアップグレードし、創造は新たな仕組みをゼロから構築することです。多くの日本企業では、既存の仕組みを効率的に運用することが評価されがちですが、ユニクロではそれだけでは不十分とされています。
リーダーとしての役割は、常に仕組みを進化させ、未来への道筋をつけることにあります。 また、社員が失敗を恐れず挑戦できる環境を整えることで、ミッションやビジョンに基づいた主体的な行動が奨励されています。
「誰もが経営者である」という意識のもと、現場でのアイデアや改善案が速やかに経営陣にフィードバックされると同時に、トップの意思決定も迅速に現場へ反映されます。この双方向の情報と行動の流れが、ユニクロの高速な経営を支えているのです。
完璧主義にこだわるのではなく、柔軟に仕組みを導入する姿勢もユニクロの強みです。段階的な導入によって自然な形で組織に浸透させることで、社員の共感と自発的な参加を引き出し、持続可能な組織改革を実現しています。これにより、ユニクロの組織文化には改善と革新の精神が根付き、日常的な行動として定着しています。
この仕組みがもたらす最大の価値は、イノベーションと効率性の両立です。現場の創意工夫とトップマネジメントの意思決定が結びつき、組織全体が前進し続ける体制が整えられています。ユニクロの経営は、単なるプロセスやシステムにとどまらず、社員一人ひとりの意識や行動にも浸透しているのです。
ユニクロの企業価値創出力の本質は、こうした「仕組み化」にあります。理念やビジョンを具体的な行動に落とし込み、それを組織全体に浸透させることで、持続的な成長を実現しているのです。
リーダーの本質は「ビジョンをつくる」ことと「仕組みをつくる」こと
リーダーの本質は「ビジョンをつくる」ことと「仕組みをつくる」ことです。それに尽きます。それ以外のことをやる必要はありません。
リーダーの本質的な役割は、ビジョンをつくることと仕組みをつくることに集約されます。これ以外の要素は、実際のところ付随的なものにすぎません。真のリーダーシップとは、この二つの本質的な機能を通じて組織を導いていくことにあります。
ユニクロの事例は、この本質を体現する優れた実践例を示しています。同社は、一定の目標が達成されそうな段階になると、現状の3倍という極めて高い目標を新たに設定します。この大胆な目標設定は、単なる数値目標の引き上げではありません。むしろ、10年という長期的な時間軸の中で、イノベーションを通じた本質的な組織変革を実現するための戦略的な選択なのです。
このアプローチの特徴的な点は、過去の成功体験に縛られることを意識的に避けていることです。多くの企業が過去の成功パターンに安住しがちである中、ユニクロは常に現状を超えていく姿勢を保ち続けています。これは、リーダーがビジョンを示し、それを実現するための仕組みを構築するという基本に忠実であることの表れといえます。
ビジョンの提示は、組織に明確な方向性を与えます。しかし、それだけでは十分ではありません。ビジョンを実現可能なものとするためには、適切な仕組みづくりが不可欠です。ユニクロの場合、イノベーションを継続的に生み出すための仕組みを構築することで、高い目標の達成を現実のものとしています。
ユニクロの成長を支えているのは、緻密に設計された仕組みの存在です。グローバル人材の育成から標準化された店舗運営、そしてリアルタイムでのデータ共有に至るまで、世界のどの地域においても同質で高品質なサービスを提供できる体制が整備されています。この基盤があってこそ、現場の状況に応じて戦略を柔軟に修正できる組織構造が実現し、急速な国際展開が可能となりました。
特に注目すべきは、ユニクロが提唱する「究極の個店経営」という概念です。この仕組みは、現場レベルでのイノベーションを促進する重要な役割を果たしています。確かに、組織変革において熱意は重要な要素です。しかし、数万人、数十万人規模の組織において、メンバーひとりひとりに個別に訴えかけ、変革を促していくことは現実的ではありません。
むしろ、大規模な組織変革を実現できるのは、適切に設計された「仕組み」だけなのです。熱意は必要不可欠ですが、熱意のみに依存した変革には限界があります。ユニクロでは、世界中の店舗スタッフひとりひとりの行動を変える仕組みとして、「究極の個店経営」を確立しています。
この仕組みが特に重要性を増している背景には、小売業界における消費者ニーズの著しい多様化があります。同じ性別、同じ年代層を対象としていても、地域や店舗によって売れ筋商品が大きく異なることは珍しくありません。このような状況下では、本社からの一方的な指示に従うだけの運営では、地域特有のニーズや変化を適切に捉えることができません。
柳井正氏が提唱する「究極の個店経営」において、その主役として明確に位置づけられているのは店舗スタッフです。この考え方は、単なる権限委譲や現場主義を超えた、より本質的な経営革新を目指すものです。 地域に根ざした店舗づくりを実現するためには、店長だけでなく、すべての店舗スタッフが地域社会に深く入り込んでいく必要があります。
これは、本部からの指示を正確に実行するだけでは到底実現できない取り組みです。各スタッフが自らの頭で考え、地域特性を理解し、独自の視点で売り場づくりを構想することが求められます。
具体的には、「この地域により適した売り場とは何か」「私たちの店舗は地域のお客さまにどのような価値を提供できるのか」といった本質的な問いを、スタッフひとりひとりが経営者としての視点を持って考え抜く必要があります。
さらに重要なのは、お客さまの期待に応えるだけでなく、その期待を超えるための創造的な発想を持つことです。 この取り組みは、従来の小売業における店舗運営の概念を大きく転換するものです。従業員としての立場から、経営者としての視点を持つ人材への進化を促すことで、各店舗が真の意味で地域に根ざした存在となることを目指しています。
スタッフひとりひとりが経営者のマインドを持つということは、単に売上や利益を意識するということではありません。地域社会における店舗の存在意義を深く理解し、その価値を最大化するための創造的な提案や実践を行うことを意味します。お客さまの生活様式や価値観を理解し、時には潜在的なニーズを掘り起こしながら、独自の価値提案を行っていくのです。
ユニクロの原理原則経営とは?
根本の行動原理、原理原則は「店はお客さまのためにある」
「店はお客さまのためにある」。これは、ユニクロの根本的な行動原理であり、すべての原理原則の出発点となる考え方です。この基本理念のもと、あらゆる判断や行動の基準が形作られています。 企業経営において、経営理念は組織の方向性を示す羅針盤としての役割を果たします。
ユニクロの「経営理念23カ条」は、企業としての価値観と目指すべき姿を明確に示したものです。しかし、これらの理念を社員全員が深く理解し、日々の業務の中で実践していくためには、理念と実践の間を結ぶ架け橋が必要となります。その架け橋となるのが「原理原則」なのです。
原理原則は、経営理念を日常の業務に落とし込むための具体的な指針として機能します。それは単なるルールや手順書ではなく、理念に基づいた判断や行動の基準となるものです。ユニクロでは、この原理原則を経営理念実現のための具体的なツールとして明確に位置づけ、各部門における教育の根幹として活用しています。
特に注目すべきは、2024年3月に作成された「店はお客様のためにある―実践の原理原則」という冊子です。この冊子は、既存の原理原則を「商売の原理原則」「お客さまの原理原則」「売り場の原理原則」「仕事の原理原則」「チームで働く原理原則」「リーダーの原理原則」として再編集し、体系化したものです。
原理原則を体系的にまとめ、共有することで、組織としての「仕組み化」をさらに加速させています。特に店長の日々の行動により深く活かすことを意識した整理がなされており、現場での実践力強化につながっています。また、日々の実践の中で得られた知見や経験を原理原則として体系化し、組織全体で共有することで、個人の経験が組織の財産として蓄積されていきます。
特に印象的なのが「上司を見るな、お客様を見よ」という原則です。これはシンプルでありながら、働く上で非常に重要な指針です。現場のスタッフが日々直面する業務の中では、上司や指示を気にしがちですが、ユニクロではその意識をお客様に向けることを徹底しています。この言葉は、「お客様を中心に考え、行動しなさい」という明確なメッセージです。
さらに、この指針の後には、「常にお客様を見よ、柳井正を見るな、上司を見るな、全身全霊でお客様のことを知れ、真剣に社会と向き合え」と続きます。 この一連の言葉には、ユニクロの経営理念が凝縮されています。創業者や上司といった社内の権威に迎合するのではなく、常にお客様に意識を向け、その声に耳を傾ける姿勢が強調されています。
また、ユニクロは「お客様との3つの約束」を掲げています。それは「きれいな売り場にします」「広告商品の品切れを防止します」「30日以内は返品・交換します」というものです。売り場の清潔さや在庫管理、柔軟な返品対応を徹底することで、顧客満足度と信頼感を高めています。
企業の成長や成功は、お客様の満足度なくしては成し得ないという、柳井正氏の揺るぎない信念が反映されています。お客様に真摯に向き合い、社会の変化やニーズに敏感であることが、持続的な成長と革新の源泉であるとユニクロは理解しているのです。
このように、原理原則は経営理念の実現に向けた実践的な指針として機能すると同時に、組織の成長と発展を支える重要な基盤ともなります。組織が大規模化し、事業がグローバルに展開される中で、一貫した価値観を維持しながら柔軟な対応を可能にする原理原則の存在は、これからの企業経営において不可欠な要素となっているのです。
経営者=成果を上げる人・敗者復活の仕組みがイノベーションを起こす!
柳井氏は、「経営者とは成果を上げる人である」と定義しています。その成果を生み出すために必要な能力として、彼は4つの本質的な力を挙げています。
それは「変革する力(イノベーター)」、「儲ける力(商売人)」、「チームを作る力(リーダー)」、そして「理想を追求する力(使命感)」です。
「変革する力(イノベーター)」は、現状に満足することなく、常により良い方向への変化を追求する力です。ユニクロは、常に市場や社会の変化を捉え、時代に合わせた商品やサービスを提供し続けています。
しかし、変革は単なる変化のための変化であってはならず、そこには「顧客にとって本当に価値のある変化とは何か?」という問いが伴います。理想の追求という軸があるからこそ、その変革が意味を持ち、企業全体がブレずに進化を続けることができるのです。
また、そこには敗者復活の仕組みがあります。柚木治氏は、現在のGU(ジーユー)を成功へと導いた「中興の祖」として知られていますが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。一時は、ファーストリテイリングの食品事業担当として挑戦しながらも、大きな赤字を出してしまい、経営の最前線から退くという苦い挫折を経験しました。
しかし、ここから柚木氏の再起とGU再生への道が始まったのです。 ファーストリテイリングには「敗者復活の仕組み」が根付いています。それは、失敗を「終わり」ではなく「次への学び」と捉え、再び挑戦する機会を与える仕組みです。柳井正氏が掲げる「失敗は成功への一歩」という考え方が、社員一人ひとりの挑戦を後押ししています。
柚木氏もこの文化に支えられ、再度チャンスを得ることになりました。そして次に託されたのが、業績が低迷していたGUの再建でした。 柚木氏はGUを再生させるため、これまでの「低価格衣料」というコンセプトから脱却し、新たに「トレンドを意識したファッション性」を打ち出しました。「自分を新しくする自由を」というコンセプトを掲げ、若い世代が気軽におしゃれを楽しめるブランドとして再構築したのです。
また、デジタル技術を活用し、顧客体験を向上させるためのイノベーションも積極的に導入しました。 こうした改革が功を奏し、GUは若者を中心に人気を集め、ブランドとしての地位を確立しました。柚木氏のリーダーシップとビジョンが、GUを危機から救い出し、急成長するブランドへと変貌させたのです。
この柚木氏の復活劇は、単なる一人の経営者の成功物語ではありません。それは、ファーストリテイリング全体に根付く「失敗を恐れず挑戦する」文化の象徴でもあります。失敗しても学び、改善し、再挑戦する――この仕組みがあるからこそ、組織全体が柔軟に変革し続け、次々とイノベーションを生み出せるのです。
GUの成功は、個人の才能だけではなく、組織全体で挫折を乗り越え、成長し続けるファーストリテイリングの企業文化の勝利でもあります。
「新しいことにチャレンジしろ」と言われても、誰もが「失敗したらどうしよう」と及び腰になりがちです。会社員ならば、失敗すれば、人事評価に響き、最悪のケースでは降格につながるからです。ですから、チャレンジだけでなく、敗者復活をセットの「仕組み」にすることで、大胆に取り組める土壌が生まれ、イノベーションを生みやすくなります。
イノベーションを求める企業経営者は、単に「チャレンジ」を奨励するだけでなく、「失敗しても再挑戦できる」仕組みを導入するべきです。この文化が根付いた企業は、社員一人ひとりが恐れずに挑戦し、失敗を成長の糧としながら進化し続けることができるようになります。
ファーストリテイリングが示した敗者復活の仕組みは、現代経営における貴重な教訓であり、変化の激しい時代を生き抜くために欠かせぬものです。失敗を許容する文化がイノベーションへの近道なのです。
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