急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる
田岡凌
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 (田岡凌)の要約
田岡凌氏のカテゴリー戦略モデル「4C」は、市場競争を勝ち抜くために新カテゴリーを創造し、顧客の潜在的課題を捉えて独自価値を提案します。さらに顧客が記憶しやすいカテゴリー名(検索キーワード)と直感的なビジュアルイメージを用いてコミュニケーションを行います。継続的な顧客理解と接点強化により、カテゴリー浸透を促進できます。カテゴリー戦略はキャズム越えを実現するための有効な実践的なフレームワークです。
圧倒的な競争優位性を企業にもたらすカテゴリー戦略とは何か?
人々の頭の中で「〇〇と言えば、〇〇」と真っ先に浮かぶこと、それがカテゴリー戦略という武器の本質であり、ナンバーワンブランドを築くための道筋です。カテゴリー戦略とは、あなたが人々の課題をどう解決し、どう価値提供するのか、その価値に名前を与え、イメージを作ること。ほかとはまったくディファレントなものだと認識される ことで、人々に選ばれていきます。 (田岡凌)
優れた商品やサービスをつくったのに、なぜか売れない。広告を打っても、SNSを運用しても、顧客の反応が鈍い。こうした悩みは、現代のマーケティングに関わる企業であれば誰しも一度は直面するものです。とくにスタートアップや新規事業においては、「良いものをつくれば売れる」という神話が崩れ、どんなに魅力的なプロダクトであっても、そもそも顧客に思い出されなければ選ばれることすらないという現実が突きつけられます。
人は何かを選ぶとき、論理よりも直感に従います。そして、その直感の源となるのが「第一想起」、つまりそのカテゴリーで真っ先に頭に浮かぶブランドや商品です。一般的に、人があるカテゴリーで想起できるブランドは、多くても2つか3つ。それ以上は記憶に残らず、比較対象にすらならないのです。結果として、既存カテゴリーの中で四番手・五番手に位置づけられた商品は、選ばれる可能性が限りなく低くなります。
この現実をすでに理解し、成功につなげている企業は少なくありません。「ヨガウェアといえばルルレモン」「小口配送といえばヤマト運輸」「ブルーライトカットメガネといえばJINS SCREEN」──これらの企業は、すでに存在していたカテゴリーの中で後発として戦うのではなく、自ら新しいカテゴリーを定義し、その中でナンバーワンのポジションを獲得したのです。
顧客にとっての“当たり前”となること、それこそが選ばれ続けるための本質であり、そのために彼らが選んだのが「カテゴリー戦略」という考え方です。
カテゴリー戦略は、「想起されること」だけが目的ではないという点も重要です。確かに、第一想起を獲得することはこの戦略の要ですが、真にカテゴリーリーダーとなった企業は、単なる記憶の中の存在を超えています。実際には、カテゴリーを代表する存在になることで、店舗の売り場やECサイトのおすすめ欄など、顧客との物理的な接点も増え、「手に取りやすい」「見つけやすい」状態を自然と作り出すことができるのです。
つまり、想起だけでなく、接触頻度や入手性の面でも優位性を確保できる。これが、カテゴリーリーダーとしての影響力の真価なのです。
そして現代では、こうした「想起」や「接点」だけではなく、「ブランド・レレバンスモデル」を理解することも欠かせません。これは、特定のカテゴリーにおいて顧客にとって関連性(レレバンス)”のあるブランドだけが選ばれ、生き残るという考え方です。
レレバンスとは、顧客の頭に自然と浮かび、「これなら知っている」「使ったことがある」といった馴染みのある存在として認識される状態です。 カテゴリー戦略はまさにこの「関連性」を築くための設計図であり、企業が顧客の記憶と日常にどう溶け込むかを考えるうえで、極めて実用的なアプローチです。
田岡凌氏の著書急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れるでは、このアプローチを理論だけでなく実践的かつ体系的に解き明かしています。著者はネスレや外資系企業、スタートアップでのマーケティング責任者として多くの現場を経験し、現在はsuswork株式会社の代表取締役として数十社にのぼる企業のグロース支援を行っています。
彼の言葉には、現場で試行錯誤を重ねた実践者としてのリアリティがあります。 本書で語られるカテゴリー戦略とは、単に新しいジャンル名を考えようという話ではありません。顧客がまだ言語化できていない「潜在的な課題」を深く掘り下げ、それに名前を与え、自社だけが提供できる独自価値として社会に提案する。言い換えれば、顧客が無意識のうちに抱えていた問題に言葉を与えることからすべてが始まるのです。
そして、その価値をキーワードやビジュアルと共に市場に浸透させ、最終的に「○○といえばあの会社」と顧客の頭の中に刷り込む。それが真のカテゴリー戦略のプロセスです。 この戦略の肝は、差別化ではなく“異質化”にあります。競合と比べてどこが優れているかではなく、そもそも比較対象にすらならない存在になることを目指すのです。
ルルレモンが単なるスポーツウェアではなく“ヨガに最適化されたウェア”として市場を定義したように、JINS SCREENがメガネではなく“ブルーライト対策用ツール”として新たな価値を提示したように、独自の視点から市場を再定義する力こそが、急成長の原動力となるのです。
実のところ、事業成長を本気で目指すのであれば、カテゴリー戦略はもはや選択肢ではなく、至上命題になっていると著者は指摘します。成熟市場において競合と競り合い、シェアを削り合うよりも、誰もいない市場を自らつくり、その中で最初の存在となるほうが、成長への確度は圧倒的に高くなります。しかも、それは一部のイノベーティブな企業だけの特権ではありません。
すべての企業にとって、カテゴリー戦略は検討・実行すべき普遍的な成長戦略なのです。 カテゴリーは、企業が発信するだけのスローガンではありません。それは顧客の頭の中に所有されていくものです。だからこそ、カテゴリー戦略とは単なる命名ではなく、顧客理解を起点にした独自価値の発見と、それを社会に当たり前のように浸透させていくプロセスそのものなのです。
この戦略を成功させるために必要なのは、特別なアイデアでも派手な広告でもありません。顧客の声に耳を傾け、その本質的な課題を理解し、誠実に価値を磨き、継続的に伝え続けること。田岡氏は、そうした姿勢こそが、やがて「その手があったか」「それなら欲しい」と顧客に言われるような新しい選択肢を生み出すと語っています。
私自身も顧客のペインを明確にし、そのソリューションをキーワード化して展開することをクライアントにアドバイスしていますが、カテゴリー戦略も同じ考え方で設計されているので、著者のメッセージに共感を覚えました。
うまくいくカテゴリーの創造──新カテゴリーの5つの進化
田岡氏は本書において、カテゴリー創造の実践的な道筋として5つの明確なカテゴリーを提示しています。これらのカテゴリーは、著者が数多くの急成長企業の支援を通じて発見し、体系化した貴重な知見の結晶です。
それぞれのカテゴリーは、異なる市場状況や顧客ニーズに対応した戦略的アプローチを示しており、企業が自社の状況に最も適した手法を選択できるよう設計されています。理論的な概念に留まることなく、実際のビジネス現場で即座に活用できる実践性を重視した構成となっているのが特徴です。
1. 社会トレンドの浸透 ── サブカテゴリーから主戦場へ
社会における不可逆的なトレンドが、ある特定の領域において徐々に広がりを見せ、新たなカテゴリーとして定着することがあります。たとえば、クラウド会計やオーガニックシャンプーなどがその代表です。こうした商品は当初、ニッチなサブカテゴリーとして浸透していきますが、やがて社会全体の価値観の変化と呼応しながら主戦場へと成長していきます。
ただし、このタイプの進化には注意点もあります。社会トレンドに依存する形で形成されるため、一定の浸透後には同質化競争が再び激化しやすい傾向があります。つまり、早期に参入し先行者利益を獲得することが、カテゴリー形成における成否を分ける要素となるのです。
2. 新価値の結合 ── トレードオフを乗り越える発明
異なる既存の価値を掛け合わせ、新たな解決策を創出することで生まれるカテゴリーもあります。クレパスのように、クレヨンの柔らかさとパステルの発色を組み合わせたサクラクレパスや、広告と営業の機能を統合したGoogleマーケティングプラットフォームのなどがこの類型です。
このようなカテゴリーでは、「あちらを立てればこちらが立たない」という従来のトレードオフ構造を解消する点に強みがあります。そして、この両立を実現するための独自技術やビジネスモデルの存在が、参入障壁となり、カテゴリーリーダーが生まれやすい環境を形成します。
3. 業界構造の変革 ── 顧客課題から再定義する
業界の既存構造そのものを、顧客課題を起点として再構築するアプローチも重要なカテゴリー創造の方法です。たとえば、ダイレクトリクルーティングやライドシェアのUberのように、「これまで当たり前」とされていた業界の仕組みを根本から見直すことで、新たな市場が生まれました。
この進化は既得権益や制度、プレイヤー間の構造に挑むことを意味するため、抵抗や摩擦が生じやすい一方で、大きな変革インパクトを持ちます。特に先行者がスピード感を持って市場形成をリードできた場合、そのカテゴリーにおける支配的地位を築きやすくなります。
4. 新技術・思想の普及 ── 未来から逆算する発明
まったく新しい技術や思想が市場に登場し、それが特定の顧客課題を解決することで新しいカテゴリーが誕生するというケースもあります。SFA(営業支援ツール)やインテントセールスなどは、営業の非効率という課題に対し、技術的アプローチで解決策を提示した好例です。
この進化は、まだ認知されていない未来のニーズや構造に対して先回りする形で機能します。そのため、模倣の困難さや思想の独自性によって参入障壁が高まり、リーダー企業が確立されやすいという特徴があります。
5. まだ満たされない空白 ── 顕在ニーズの再発見
一見すると市場が飽和しているように見えても、実はまだ満たされていないニーズが残されていることがあります。たとえば、コンビニフィットネスのようなChocoZaPは、従来のジムが取りこぼしていたニーズに応えることで、新たなカテゴリーを築きました。
このようなカテゴリーは、あえて“過剰な価値”を排除し、ライトユーザーの課題に的を絞ることで成立します。特に、顧客側にすでにニーズが顕在化している場合は、スムーズに市場形成が進みやすく、リーダーポジションの確立もしやすくなります。
田岡氏が提示する5つのフレームワークは、現代のマーケティング理論とイノベーション戦略を融合した、極めて実践的かつ汎用性の高いツールです。従来のマーケティングが、既存市場における競争優位の確立を中心にしていたのに対し、このアプローチは「市場そのものを創造する」という発想転換を促します。
顧客のメンタルモデルを書き換え、新たな価値認識を生み出すことで、従来の競争軸から脱却できるのです。 とくに注目すべきは、顧客の潜在ニーズを見える化し、それに応える唯一無二の存在として自社を位置づけるプロセスです。このような差別化のあり方は、情報過多なデジタル時代において、顧客との強固な関係構築を支える要となります。
イノベーション創出という観点から田岡氏の5つのフレームワークを見ると、その真価がより鮮明に浮かび上がります。多くの企業が直面しているのは、優れた技術やアイデアを持っていても、それを市場に受け入れられる形で届けられないという壁――いわゆる「キャズム」を越えられないという問題です。
田岡氏のフレームワークは、単なる技術革新にとどまらず、それを社会に実装し、メインストリームに浸透させていく実践的な橋渡しを可能にします。革新を顧客の認識フレームに寄り添う形で届けることが、キャズム越えの鍵であり、そこに新しいカテゴリー創造の意義があります。
さらに、この枠組みが優れているのは、一過性のトレンドに依存するのではなく、持続的な価値創造を促す点です。カテゴリーリーダーとして市場をリードし続けることで、企業は長期的な競争優位を築くことができるのです。
また、スタートアップにも大企業にも適用可能な柔軟性と、理論を行動に変える実践性を兼ね備えている点も大きな魅力です。どのような現場であっても、自社の文脈に合わせてカスタマイズしやすい設計となっています。
私自身、この5つのフレームワークを自分の大学の授業でもぜひ紹介したいと考えています。学生たちには、既存の市場で戦うだけでなく、自ら市場を創造するという発想を体感してもらいたいからです。将来、起業するにせよ、企業内で新規事業を担うにせよ、「競争ルールを創る力」は、これからの時代を生き抜くための本質的な武器になります。
田岡氏のフレームワークは、まさに理論と実践の架け橋であり、現代のビジネス教育において欠かせない知のツールだと感じています。
カテゴリー戦略モデルの4C
新カテゴリー創造のためには、顧客自身がまだ気付いていない課題を捉え、言語化する必要があります。
田岡氏のカテゴリー戦略モデル「4C」では、市場競争を勝ち抜くために、新たなカテゴリーを創造し、顧客の認知を獲得する戦略が重要視されています。このモデルは以下の4つのステップから成り立ち、それぞれが顧客中心の視点で構築されています。
① Customer Problem(顧客が抱える「潜在課題」を見極める)
カテゴリー戦略の最初のステップは、顧客自身がまだ明確に認識していない「潜在的な課題」を発見することです。顧客のインサイトを深く探り、現状の製品やサービスでは満たされていないニーズや隠れた不満を明確にします。潜在課題を見極めることによって、市場での競合とは異なる視点から新しい価値を提案できるようになります。
また、ホームビジットを実施することで、以下の要素を用いて顧客の実情を詳細に把握します。
・Who(誰が) 顧客の行動主体を特定する
・What(何を) 顧客の行動内容や選択を明らかにする
・Where(どこで) 行動が起こる場所や状況を特定する
・When(いつ) 行動が発生するタイミングや頻度を把握する
・How(どのように) 顧客がどのように行動するかを理解する
これらを通じて、顧客の認知・購入・利用に関する行動フロー、思考プロセス、感情の変化をヒアリングやインタビューを行い、深く掘り下げていきます。
② Category Value(顧客にとっての「独自価値」を定義する)
次に、見出した潜在課題を解決するために、顧客にとっての独自の価値を定義します。独自価値とは顧客が差し迫った課題を解決するための具体的な手段であり、顧客自身がリアリティを感じるものでなければなりません。
単なる製品やサービスの機能を超え、顧客が得られる明確で具体的なメリットや生活・ビジネス上の変化を示すことが求められます。これにより、カテゴリー自体の魅力が高まり、顧客にとって不可欠な存在となります。
③ Category Keyword(顧客が価値を「想起できるキーワード」を定義する)
カテゴリー戦略では、提供する価値を簡潔で記憶に残りやすい「カテゴリー名」として設定します。このキーワードは、顧客が新しいカテゴリーを容易に認識し、想起できることを目的としています。
顧客が日常的に口に出したくなる、共感できるキーワードを設定することで、口コミやSNSなどでの拡散効果も期待できます。 カテゴリー名は単なるラベルではなく、認知・想起・共感・拡散・信頼・競合優位を左右する戦略的アセットです。カテゴリーキーワードの策定は極めて重要で難しい意思決定です。ここで示した7つの観点を中心に、最後は徹底的に顧客視点で、顧客に想起されるカテゴリーキーワードを策定していきましょう。
④ Category Perception(顧客が価値を「直感できるイメージ」を定義する)
最後のステップは、カテゴリーの価値を直感的に理解できるイメージやビジュアルを設計することです。人間は論理的な説明よりも視覚的な情報によって価値を瞬時に判断する傾向があります。そのため、直感的なイメージを通じてカテゴリーの価値を伝えることで、顧客の頭の中で迅速かつ強力なブランド認知を形成することが可能になります。
単なるネーミングやコンセプトだけではなく、顧客の頭の中で自然と浮かぶ、「ビジュアル化された価値」を築いていくことで、カテゴリーはより深く、より広く浸透していきます。
課題啓蒙→信頼獲得→顧客との接点最大化=カテゴリー浸透ドライバー カテゴリーを浸透させるためには、顧客が抱える課題を分かりやすく啓蒙し、その課題に対する解決策としてのカテゴリーの重要性を理解してもらう必要があります。
課題への共感と信頼を築き、顧客との接点を増やしていくことで、カテゴリーの認知や浸透が加速し、市場競争における優位性を強化できます。 イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティに応じて施策を使い分けなければ、キャズムは越えられません。POC、PMFを意識したマーケティング戦略を考え、PDCAを高速に回す必要があります。
カテゴリー創造の起点は、圧倒的な顧客理解にあります。顧客自身がまだ気付いていない潜在的な課題を捉え、新しい価値を提示するには、表面的な顧客理解では不十分です。顧客との継続的かつ直接的な接点を増やし、組織全体で常に顧客の視点に立ち、顧客起点で考え議論する習慣を根付かせる必要があります。
本書は、単なるマーケティング手法を説明したものではありません。顧客の認識を変革し、新しい市場を創り出すための実践的なガイドであり、数多くの実例が紹介されています。特に、キャズムを乗り越えるための具体的な施策がフェーズごとに分かりやすく整理されているため、非常に実用的です。
起業家はもちろん、大企業の新規事業開発や市場拡大を目指すすべてのビジネスパーソンにとって、大きな示唆と具体的な行動指針を提供してくれる一冊です。
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