行動変容――「誰か」ではなく「自分」、「習慣」ではなく「構造」からはじめる新しい変え方・変わり方(松村大貴)の書評

書籍:行動変容――「誰か」ではなく「自分」、「習慣」ではなく「構造」からはじめる新しい変え方・変わり方
著者:松村大貴
出版社:英治出版

日々のビジネス現場や経営の最前線において、私たちは常に「変化」を求められています。新規事業の立ち上げ、組織風土の改革、AX、DXの推進、あるいは個人的なスキルアップに至るまで、「変わらなければ生き残れない」という危機感は、多くのビジネスパーソンが共有するところでしょう。

しかし、現実にはどうでしょうか。「変えよう、変わろう」と掛け声を上げ、立派なビジョンを掲げても、組織も自分自身も、そう簡単には変わらないという重い現実に直面しています。

なぜ、私たちは「変えたくても変えられない」のでしょうか。 今回ご紹介する松村大貴氏の著書『行動変容:「誰か」ではなく「自分」、「習慣」ではなく「構造」からはじめる新しい変え方・変わり方』(英治出版)は、この普遍的かつ難解な問いに対し、システム思考や行動経済学、トランジション・デザインなどの多様な知見を統合して鮮やかな解答を提示してくれます。

私たちは往々にして、問題が起きると「他人の行動を変えよう」と試みます。部下の意識を変えようとしたり、顧客の行動をコントロールしようとしたりします。しかし本書は、他者の行動を変えようとすることの限界を鋭く指摘します。

私たちが真に向き合うべきは、誰かを変えることではなく「自分から動く」ことであり、気合いや「習慣」に頼るのではなく、自分を取り巻く「構造そのもの」を描き直すことなのです。

本書で明かされるのは、社会や組織の仕組みを変えるための極めて実践的で泥臭いプロセスです。相手を評価して正論をぶつけるのではなく、行動を促す「5つのアクセル」と、足を止める「4つのブレーキ」、そしてアビリティチェーンのどこが切れているかをフラットに見極めること。最も摩擦が大きい「最初の1回」を越えさせるための遊び心(オフビートアプローチ)を仕掛けること。

そして、せっかく起こした変化を持続させるための「経済性の設計」と、1社の限界を突破して「群(セクター横断)」で社会システムを動かすという、マクロなトランジション(移行)の戦略です。

さらに、本書の終盤で提示される「資本市場や労働市場からの評価軸(環境基準、人的資本経営など)」をハックしてルールそのものを変えていく戦略は、経営者や新規事業開発者にとって最大の武器となります。

単に目の前のモノを売るだけではない。今までの市場が人口減少や規制強化で縮小していく未来が確実に見えているのなら、行動変容とそれが持続する構造変容、さらにそれが強化される環境やシステムづくりまでを活動のスコープに入れ、自分たちでルールを塗り替えていく。

「新しい市場をつくる」とは、社会の新しい行動とあり方そのものを自ら描くことであり、それこそが現代の企業にとって、もっとも合理的でリターンの大きい投資であることを本書は教えてくれます。 本書は単なる自己啓発書でも、局所的なマーケティングの書でもありません。

複雑に絡み合った社会課題やビジネスの停滞を打破し、小さくても確実な一手を打つための「システム・デザインの実践書」です。教養としての深みと、明日から使える実務への応用力を兼ね備えた本書の価値を、本記事でじっくりと紐解いていきます。

この記事でわかること

・なぜ「他人を変えようとする(正論をぶつける)」アプローチが失敗し、反発を生むのか
・関係者の意見を「平均値」でまとめる公平なアプローチが、必ず「現状維持」に終わる力学
・人の足を止める「7つの部分構造(惰性型・空気支配型など)」とアビリティチェーンの鎖
・最もコストが高い「最初の1回の行動」を、遊び心(オフビート)で乗り越えさせる設計手法
・一過性のキャンペーンで終わらせず、「戻る力」を防ぐための構造転換の仕組み
・「価値観が変わるから行動する」のではなく、「行動するから価値観が変わる」という逆転の法則
・新しい行動を定着させるための「経済性(ビジネスモデルと時間軸)」の設計法
・資本市場や労働市場の評価(環境基準、人的資本など)を自社に有利なルールへ塗り替える手法
・既存のものが売れなくなる未来(市場縮小、人口減少、規制)に対して、行動変容とシステムづくりを「合理的な投資」として活動スコープに入れる経営戦略

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・他人や環境を変えようとするのではなく、自分を取り巻く「構造」に働きかける。
・行動デザインの究極形は、本人ががんばらなくても「気づかないうちに選択が変わっている状態」を作ること。 ・完璧な「答え」で人を集めるのではなく、現場の観察から生まれた「問い」を共有し、多様なプレイヤーと連帯する「群(セクター横断)」を作る。
【原因】
・どんな行動も「最初の1回」が物理の摩擦のように最もコストが高い。また、一時的に行動が変わっても、システムが自己強化(経済的な自走)していなければ強烈な「戻る力」が働き、元に戻ってしまう。
・人口減少や脱炭素、アルコール規制、素材の使用制限など、「今まで売れていたものが売れなくなる未来」が可視化されているにもかかわらず、多くの企業は既存の市場・仕組みの中で延命しようとする。
【対策】
・ナッジやゲーミフィケーションで「最初の1回」の壁を越えさせている間に、別の収益源と組み合わせたり、時間軸を伸ばしたりして「経済性が回る仕組み」を設計する。
・資本市場や労働市場の「評価基準(環境、人的資本)」そのものを塗り替えるルールメイキングに関与し、自社が変革を行えば行うほど優位になる「システムと環境」を自らでつくる。
・新しい市場を創出することは、人々の新しい行動とあり方(新しい社会)をデザインすること。活動の範囲に行動変容、構造変容、評価軸の転換までを組み込むことは、現代企業において極めて「合理的な投資」である。

本書の要約

松村大貴氏の『行動変容』は、人や組織が変わりにくい理由を、個人の意識だけでなく、行動を取り巻く構造から考える一冊です。

本書は、システム思考や行動経済学、トランジション・デザインなどの知見を組み合わせ、「変えたくても変えられない」という課題に向き合います。重視するのは、他者に変化を求める前に、自分の行動や関わり方を見直し、変化が起こりやすい条件を整えることです。

変革を進める際には、「あの人たちが変わるべきだ」という「They発想」に陥りがちです。しかし、自分も課題を生む構造の一部であると捉えれば、働きかけ方は変わります。本書が説く「Weのビジョン」とは、自分と相手を含む関係者が、共に目指せる未来を描くことです。

その実現には、多数決で方針を決めるだけでは十分ではありません。関係者の意見をまとめる過程で、変革に必要な独自性が失われたり、一部の人に負担が偏ったりする可能性があるからです。

誰が何を担い、変化に伴う負担をどう分かち合うのか。こうした移行の過程を設計するのが、トランジション・マネジメントです。

実践に向けて、本書は行動を促す「5つのアクセル要因」、行動を妨げる「4つのブレーキ要因」、行動に関わる「7つの部分構造」を示します。出発点となるのは、人の行動をすぐに良し悪しで判断せず、観察することです。

直感的な判断を担う「システム1」の働きも踏まえ、なぜその行動を選ぶのか、何が変化を妨げているのかを捉えていきます。 例えば、新しい行動は、必要性を理解していても、最初の一回に手間や不安があると実行されにくくなります。

本書では、その障壁に働きかける「オフビートアプローチ」などを紹介しています。望ましい行動を促すだけでなく、減らしたい行動が続いてしまう条件も見直し、構造全体に変化をもたらす介入点を探ります。

さらに注目したいのが、変化を定着させるための「経済性」と「群の力」です。一時的なキャンペーンや補助金によって行動が変わっても、継続する仕組みがなければ、元の状態に戻る可能性があります。

変化を持続させるには、誰が費用を負担し、誰が利益を得るのかを明確にし、長期的な投資回収も含めて事業を設計する必要があります。 また、一社だけでは変えにくい制度や慣行に対しては、企業、行政、地域など、立場の異なる主体が連携することが重要になります。

共通の目標に向けて協力し、必要に応じてルールづくりにも関わることで、個別の取り組みを社会に定着させる条件を整えます。 本書は、行動を促す施策に加え、その行動が評価される基準にも目を向けます。

例えば、環境への配慮や人的資本への取り組みが、投資や採用の判断に反映されるようになれば、企業がそれらに取り組む動機も強まります。評価基準の変化は、望ましい行動を継続するための支えになるのです。 新しい市場をつくるには、商品やサービスを提供するだけでなく、それを使う行動や、利用を支える制度・慣行にも目を向ける必要があります。

本書は、行動変容を個人への働きかけにとどめず、事業モデルや社会の仕組みまで含めて考える視点を示しています。組織改革や新規事業を進める際に、「誰を変えるか」から「自分は何を変えられるか」へと問いを見直す手がかりになる一冊です。

こんな人におすすめ

・「正しいことを言っているのに、なぜ部下(や顧客)は動いてくれないのか」と日々フラストレーションを抱えているマネージャー
・SDGs、サステナビリティ、あるいは人的資本経営に関わっているが、社内のコスト意識や既存の評価制度とのズレに悩む推進担当者・役員
・新規事業を立ち上げ、これまでにない新しい市場をつくり出そうとしているが、既存のルールや人々の習慣、既得権益の壁にぶつかっているイノベーター
・「人口減少」や「規制強化」によって自社の既存ビジネスモデルの限界が見えており、次なる存続への構造転換のシナリオを描きたい経営者・戦略室長
・行政、大学、NPOなどと連携して、一社では解決できない巨大な社会課題の解決やインフラ刷新に挑んでいるリーダー

本書から得られるメリット

・「他人が動かない」という理不尽なストレスから解放され、自分も相手も納得できる「第3の道」を見つける思考法が身につく
・相手の行動を「意識の低さ」でジャッジする癖を手放し、アビリティチェーンのどこが切れているかを特定する冷静な分析力が身につく
・資本市場や労働市場における「環境基準」や「人的資本」といった評価軸をハックし、自社が有利になるシステム(ルール)を主体的にデザインする術が学べる
・市場創造を「人々の新しい行動」と定義し、構造変容、環境整備、ルールメイキングまでを投資対効果(合理的投資)の枠組みで捉える大局的な視点が得られる
・「意識を変えれば行動が変わる」という思い込みを捨て、「行動させることで価値観を変える」という実効性の高いアプローチが身につく

「They発想」と「平均値の罠」――なぜ組織は変わらないのか

組織の行動を変えるとき──あるいは自分の行動を変えるとき──にまず考えるべきは、モチベーションや強い意志ではなく、行動のコストをうまく上げ下げするデザインだということです。コストを下げることで行動をしやすくし、コストを上げることで行動をしにくくする。(松村大貴)

私たちは日々、様々な課題に直面します。変革を志す人が最も陥りがちな罠が「They発想」です。「上層部がダメだから」と他者に依存し、自分を棚に上げて相手だけを変えようとする考え方です。しかし、「肉を食べるのをやめるべきだ」と正論をぶつけても、相手は防衛的になり態度を硬化させるだけで、決して構造は変わりません。

他者を非難するのがダメなら、関係者全員の意見を公平に聞いて、調整すればいいのでしょうか。実は、ここにも組織変革の大きな罠が潜んでいます。日本の行政や大企業でよく見られる、関係者全員の言い分を「平均値」でまとめるアプローチです。この方法では多くの場合「現状維持の側」が勝ってしまいます。

なぜなら、変化の現場には必ず「短期的に損をする」と感じる既得権益層がおり、彼らは失うことへの恐れから強いブレーキをかけるからです。この非対称性を無視して意見を平均化すれば、結果は「今の体制の強化」にしかなりません。 

行動が変わらない状況を打破するには、人間の思考が直感(システム1)に引っ張られていることを前提とし、行動を促進する「5つのアクセル要因(目標、インセンティブ、文化など)」と、足を止める「4つのブレーキ要因(認知・心理・スイッチング・経済的コスト)」のバランスを観察する必要があると松村大貴氏は指摘します。

多くのリーダーがやってしまう間違いは、望ましい行動を増やすために、アクセル要因(動機づけ)ばかりを増やして、ブレーキ要因(コスト)を放置してしまうことです。いくら「ボーナスを出す(アクセル)」と言っても、そのための手続きが複雑すぎる(認知・スイッチングコストというブレーキ)なら、人は動きません。アビリティチェーン(能力の鎖)のどこが切れているかをフラットに見極める必要があります。

さらに、人が動かない背後には「7つの部分構造」が隠れています。全体最適より自分のリスク回避を優先する「ゲーム理論型」、手続きの面倒さを嫌う「惰性型」、合理性より空気を優先する「空気支配型」などです。これらを見立てることで、単なる「やる気の問題」から「システムの問題」へと視座を引き上げることができます。

最も高い壁「最初の1回」を越えさせるオフビートアプローチ

人の行動を変えるときーあるいは自分の行動を変えるときーにまず考えるべきは、モチベーションや強い意志ではなく、行動のコストをうまく上げ 下げするデザインだということです。コストを下げることで行動をしやすくし、コストを上げることで行動をしにくくする。

構造の観察ができたら、次はいよいよ「どう動かすか」というアプローチに入ります。ここで目指すべき行動デザインの究極形とは、「難しい行動変容を正面から起こそうとするのではなく、気づかないうちに選択が変わっている状態をつくり出すこと」です。 ここで私たちが知っておくべき絶対的な法則があります。

それは、「人の行動は、何事も最初の1回が一番コストが高い」ということです。 理科や物理の授業で習った「摩擦」の原理と同じで、止まっているものを動かすには大きな力が必要ですが、一度動き始めれば、あとはずっとスムーズに動いていきます。人間には不確実なことや未経験なことに対して、悪く見積もるバイアスがあるからです。

だからこそ、行動変容の設計においては「まず1回目にどう引き込むか、最初の行動コストをいかに下げられるか」が出発点となります。 その有効な手段が「オフビート(半歩ずらし)アプローチ」です。たとえば、「街の未来を考えよう」と正面から掲げるのではなく、「オリジナルのクラフトビールをみんなでデザインしよう」という「遊び」に入り口を半歩ずらします。

ビールを楽しみながら街の歴史や未来を真剣に語り合う。このメソッドによって、自然とプロジェクトの話が広がり、結果的に幅広い層の「最初の1回」を引き出すことができるのです。

しかし、ナッジやゲーミフィケーション、あるいはオフビートアプローチで「最初の1回」を引き出せたとしても、そこで安心してはいけません。本書はそこから一段深く入り込みます。

行動が変わったとしても、それが日常として定着しなければ、世界は変わりません。行動変容には、しばしば強烈な「戻る力」が働きます。一時的なキャンペーンで行動が起きても、終われば元に戻ってしまいます。補助金やポイント還元も永遠には続けられません。

だからこそ大切なのは、「一時的にでも行動が変わっている間に、それが持続可能になる仕組みをつくること」です。意志力だけにも、経済的インセンティブだけにも頼らず、元の行動に戻りづらい環境(ルールや制度)を整える構造の転換が必要なのです。 これを個人の行動変容に当てはめてみましょう。

個人の行動は「理性(システム2)」「習慣(システム1)」「環境(構造)」の3層で見る必要があります。 最初の1回の行動であれば、「今日はこれにしよう」と理性で判断できます。しかし、長期間における習慣は、意志の力ではコントロールできません。環境や周囲の影響(他者の目、モノの配置、動線など)に強く依存するからです。

したがって、個人の持続の技術とは、意志の力を前提にせず、「環境を味方につける」ことになります。 具体的には以下の4つのテクニックが有効です。
・宣言する
友人へ宣言し、プレッシャーを生む。自分の内側を変えるのではなく、外側に「戻りにくい状況」を作る。

・意志の働くうちに先の予定を組む
キャンセルできない予約を入れるなど、未来の行動を今のうちにロックする。

・物理的に切り離す
誘惑が強いもの(スマホなど)は、心の中で葛藤するより、寝室に持ち込まないなど物理的に距離を取る。

・ペースを変えて振り返るトリガーをつくる
日常のルーティンから離れて自分を俯瞰し、違和感に気づくためのトリガーを用意する。

持続のヒントは、「正しさ(我慢)」よりも「心地よさ」の側にあります。思考よりも、感情や身体が喜ぶループを設計することが重要なのです。

私自身もこれにより、辛かった断酒を成功させたので、行動を習慣化したい人には4つのテクニックはおすすめできます。

さらに、本書は私たちが陥りがちな最大の誤解を解いてくれます。それは、「価値観を変えて行動を変える」という順番です。 多くの企業研修や啓発活動は、「まず意識や価値観を変えれば、行動が変わるはずだ」と考えて行われます。

しかし、現実にそぐわないばかりか、逆方向の作用が強いのです。つまり、「行動が変わる、体験が生まれる、その体験が学習を進め、結果として価値観が更新される」という流れです。

運動を継続し、健康になるような大きな変容が必要なテーマほど、価値観だけを先に変えることは至難の業です。むしろ、騙されたと思って1回やってみて、意外と体調がいいという「成功体験」が先にくることで、「自分はこういうのが好きなのかもしれない」という新しい価値観が後から立ち上がります。 だからこそ、アプローチすべきは価値観の説得ではなく、まず「行動や体験」をデザインすることなのです。

パラダイムシフト:「行動」が先、「価値観」は後からついてくる

長期的に持続する行動変容にしていくには、自分の意志の力に頼り続けることなく、無意識に行っている慣習を変えていく必要があります。さらに言えば、それらに影響を与える外部の環境──どんな情報が入ってくるか、どんな規範があるか──まで変えていく。そうした深い構造の変化が必要となっていきます。

行動の変化を長く続けるには、本人の意志や努力だけに頼らず、日常の習慣や周囲の環境を見直すことが重要です。人の行動は、普段接する情報や、職場・社会で共有されているルール、周囲からの評価にも影響されます。そのため、望ましい行動を無理なく続けられるように、情報の伝え方や仕事の進め方、評価制度などを整える必要があります。

行動変容に取り組む際には、一度の行動を促すだけでなく、その行動が続く条件まで考えることが求められます。例えば、新しい働き方を推奨しても、従来の働き方を高く評価する制度が残っていれば、変化は定着しにくくなります。目指す行動と、それを支える制度や慣行を一致させることが重要なのです。

そこで必要になるのが、ルールそのものの見直しに関わる「ルールメイキングの視点」です。社内の評価制度や業務手順を変えることに加え、一社では対応が難しい課題については、他社や行政などと連携し、業界の基準や社会の仕組みに働きかけることも選択肢になります。

この視点を企業経営に広げると、行動変容は、資本市場や労働市場での評価につながる戦略的な取り組みとして捉えられます。企業を評価する際には、売上や利益などの財務指標に加え、環境への対応、人材育成、働く環境の整備といった非財務の要素も判断材料になります。

例えば、環境負荷の削減や社員の成長を支える取り組みが、投資家の投資判断や求職者の企業選びに反映されれば、企業がそれらを継続する動機は強まります。ただし、方針を掲げるだけでは十分ではありません。具体的な行動と成果を示し、外部から検証できるようにすることが必要です。

行動を変える取り組みと、その成果が適切に評価される仕組みを併せて整えること。その両方に関わることが、変化の定着を支え、企業価値の向上にもつながります。

この「評価されるシステムや環境」を、他者から与えられるのを待つのではなく、「自分たちで作っていく」ことが重要です。新しい基準(ルール)づくりに主体的に関与し、業界や社会における「新しい評価の仕組み」をハックしていく。そうすれば、自分たちが正しい変革の取り組みをすればするほど、自社が自動的に市場で優位になるようなシステム(構造)を機能させることができます。

それは、外発的に何かを押し付けられて行動を変えるのではなく、「自ら進んで行動が変わり続けていく構造(環境)」をあらかじめ社会に埋め込むという、究極の仕組みづくりなのです。 新しい市場を創るとは、新しい行動を社会にしていくこと もちろん、これは簡単な話ではありません。

現在の市場は、これまで蓄積された人々の「行動習慣」や、それらを肯定する既存のインフラ、そして社会的な常識によって複雑に形作られています。 しかし、ここで一つの「現実的な問い」に向き合わなければなりません。

「人口減少や気候変動、急速な社会変化によって、やがて縮小していく。これまで販売できていたもの(サービスや製品)も、アルコール規制の強化、炭素排出への課税、特定素材の使用制限などによって、いつか売れなくなる未来がやってくるかもしれない――」 もし、そんな縮小と終焉のシナリオが予測されるなら、私たちはどうすべきでしょうか。

既存の、限界の見えた市場を延命させようと足掻くのではなく、私たち自身で新しい「市場」と「社会のあり方」をデザインし、つくっていくしかありません。 「新しい市場をつくる」とは、すなわち、人々や企業が「新しい行動をする社会にしていくこと」そのものです。

これまでの「売り方」だけを工夫するマーケティングの視点から脱却し、
・新しい行動を促すこと(行動変容)
・それが戻らずに日常として定着する仕組み(構造変容)
・さらにそれらが経済的に自走し、評価され、システム自体が自己強化されていく環境づくり
これら一連のサイクルすべてを、自分たちの「活動のスコープ(視野)」へと引き入れる。これが、まさにこれからの時代に企業が挑むべき本質的な「事業開発(市場創造)」なのです。

サステナブルな食品(代替肉など)を普及させたい場合、広告費やポイント原資をかけ続けることは不可能です。また、食品単体ではコストが高く利益率が低いため、単独事業としては成り立ちにくい構造があります。

そこで、パタゴニアの事例のように、アパレル事業という強固な収益基盤と組み合わせることで「別の収益構造でカバーする」方法や、数年間は収益性が下がっても長期的な社会浸透を見越して「長い時間軸で投資と回収を設計する」アプローチが必要になります。行動変容のための投資をいかに回収するか、という見立てが不可欠です。

そして、消費者の食習慣やサプライチェーン全体といった「文化レイヤー」や「インフラ」を変えるために、セクターを横断し「群」をつくってアプローチします。同業他社、大学、行政、消費者団体などを巻き込み、複数のステークホルダーを束ねた座組みを作ります。 「群」で取り組むことには決定的な意味がふたつあります。

ひとつは、1社でがんばるより複数で連帯したほうが「新しい当たり前」として文化レイヤーへの影響力が増すこと。 もうひとつは、業界全体で取り組むことで市場が変わるという予見性が上がり、投資リスク(コストの壁)を越えやすくなることです。

農林水産省の有志がハブとなった事例のように、業界全体で「2040年までに○○を達成する」という共同コミットメント(宣言)を発表すれば、それがピアプレッシャーとして働き、後戻りしにくくなります。

表層の「選択」を促すだけでなく、インフラ、ルール、文化まで。これらすべてのレイヤーが繋がっていることを理解し、最も深いレベルで「なぜ車に乗らなければならないのか」といった問いを深めることで、本質的な変容の道筋が見えてきます。

まさに今、こうした行動変容・構造変容・環境システムづくりに及ぶ一連のプロセスを、単なる「ボランティア」や「社会貢献(CSR)」ではなく、企業にとって極めて「合理的な投資」として捉えるタイミングが訪れているのです。

市場がないところに市場を創る。そのためには、ルールと環境そのものを自らの手でデザインしにいく覚悟が、これからの企業経営には求められています。

これらのマクロな構造を見極め、テクニックを適用する際、私たちがまず改めるべきは、「自分が正しいはず」という視点のまま相手を変えようとすることです。自分の目線から見ればメリットが大きく見えても、相手は「別の世界観(ロジック)」を生きています。 そして、行動を観察する際に最も重要なルールが、「善い・悪い」という『評価を入れない』ことです。

人の行動を「悪い行動だ」と断定してしまった瞬間に、「なぜ相手が今の行動にこだわるのか」という本当の構造が見えなくなってしまいます。 まるで神の視点を手に入れたかのような万能感に陥ってはいけません。

だからこそ、頭の理解で完結させず、「現場に足を運ぶこと(フィールドワーク)」が極めて有効です。身体で感じて確かめながら、最もブレーキになっている要因を特定するために、観察と打ち手の設計を何度でも「行ったり来たり」する。仮説・実験・検証のサイクルを重ねることで、どのようなアプローチが効くかという解像度が上がっていくのです。

最終的に社会の仕組みや制度を変え、多くの人の行動変容を実現しようとするのであれば、変化は常にS字型で進む、というイメージを頭に置いておくことが重要です。

徳島県上勝町の「ゼロ・ウェイスト(ゴミをゼロにする)」の取り組みに見られるように、変化前(第1コマ)から、制約によるティッピングポイント(第2コマ)を経て、定着(第3コマ)、新常態(第4コマ)へと進みます。 その最初の一歩を踏み出すために、組織内にすでに存在する「ポジティブデビアンス(良い意味での逸脱者)」を探し出します。

公式制度でもないのに、勝手に理想に近い行動を始めてしまっている人を見つけ、なぜ動けているのか話を聞きにいく。 そして、自分の中に言語化された「問い」が生まれたら、「ともに企む共同発起人」を増やしていきます。

リーダーが完成されたビジョンや「正解」を示して集めた賛同者は、状況が変わればいとも簡単に離れてしまいます。しかし、自らの「問い」を共有して集まった仲間は違います。Shared Mission(行動変容を私たちの目標にしていくこと)と「群」の力こそが、社会システムのS字カーブを押し上げる最大の原動力となるのです。 

コンサルタント 徳本昌大のView

人や組織の変化を促すには、相手の意識に働きかけるだけでなく、自分の関わり方と行動を支える環境を見直すことが重要です。 研修を実施しても、会議で改善を呼びかけても、現場の行動が変わらない。こうした状況が続くと、経営者は社員の意欲を疑い、現場は経営陣の理解不足に不満を抱きがちです。

互いに相手の変化を求めるだけでは、問題を解決するための行動が進みません。 私自身、コンサルタントや社外取締役として企業経営に携わり、大学で次世代のリーダーたちと対話する中で、こうした行き詰まりを見てきました。

その経験を振り返ると、相手の姿勢を問題にする前に、自分の伝え方や判断、関わり方を見直す余地があったと感じます。

例えば、社員に挑戦を求めながら、失敗した結果だけを指摘していないか。意見を求めながら、自分と異なる考えを途中で否定していないか。相手の行動には、本人の意欲だけでなく、周囲の対応や評価制度、業務の進め方も影響します。変化が起きない理由を、個人の意識だけに求めないことが大切です。

本書『行動変容』が示す、行動の変化が価値観の変化につながるという視点は、この問題を考える手がかりになります。意識と行動は相互に影響するため、意識改革を否定する必要はありません。

ただし、納得や意欲が生まれるのを待つだけでなく、まず試せる行動を用意し、その経験を通じて理解を深める方法にも目を向けるべきです。 この考え方は、新しい市場の創出にも当てはまります。

商品やサービスに価値があっても、それを説明するだけで利用が広がるとは限りません。既存の習慣、導入の手間、費用負担、関連する制度やインフラが、新しい選択を妨げている場合があるからです。

そのため、市場をつくる取り組みでは、商品の魅力を伝えることに加え、顧客が試しやすく、使い続けやすい条件を整える必要があります。

申し込みの手続きを簡単にする。既存の業務に導入しやすくする。利用者と費用を負担する人が異なる場合は、それぞれのメリットを明確にする。こうした設計まで含めて、事業を考えることが重要です。 さらに、一社では解決しにくい課題もあります。

例えば、環境負荷の低い商品を提供しても、追加コストに見合う価値が顧客に伝わらなければ、普及は進みません。補助金によって導入が増えても、支援終了後に採算が成り立たなければ、継続は難しくなります。

そこで参考になるのが、本書が説く、業界や立場を超えた「群」の形成です。企業、大学、NPO、行政などが連携し、共通の課題に取り組む。別の事業と組み合わせて収益源や費用負担を見直す。短期の売上だけでなく、普及に必要な時間も踏まえて成果を評価する。

こうした取り組みによって、一社の努力だけでは整えられない条件に働きかけることができます。 ルールづくりへの参加も、その選択肢の一つです。ただし、自社だけに有利な制度を求めるのではなく、顧客や社会にとっての価値、公正な競争、事業の継続性を両立させる視点が欠かせません。また、連携や制度への働きかけには時間と費用がかかります。「確実な投資」と捉えるのではなく、仮説を置き、段階ごとに成果を検証する必要があります。

私が毎月ナビゲーターをしている「イノベーション読書会」も、異なる立場の人が問いを共有する場です。本を題材に、それぞれの経験や考えを持ち寄り、自分の仕事や組織で何を試せるかを考えます。

読書会だけで組織が変わるわけではありませんが、普段とは異なる視点に触れ、自分の行動を見直す機会にはなります。 本書は、個人が最初の一歩を踏み出すための工夫から、組織の仕組みや社会規範、業界を超えた連携まで、行動変容を複数の視点で考える一冊です。

その実践は、身近な関わり方の見直しから始められます。意見を求めるなら最後まで聞く。挑戦を促すなら結果だけでなく試した過程も振り返る。協力を求めるなら、自分から必要な情報を共有することです。

自分を変えるとは、問題の責任をすべて引き受けることではありません。自分が変えられる行動と、他者と協力して見直すべき仕組みを分けて考えることです。まずは繰り返している問題を一つ選び、自分の対応と相手が行動しにくい条件を確認する。そのうえで小さな改善を試し、反応を確かめることが、組織や市場の変化を促す出発点になります。

FAQ

Q1. 個人の小さな行動(エコバッグを使うなど)で、本当に社会のような大きなシステムが変わるのでしょうか?

A1. 本書では、個人の行動そのものが直接世界を変えるというよりも、その行動の積み重ねが市場や企業に対する「需要の変化という強力なシグナル」になると解説されています。多数の個人がシグナルを発することで、企業や行政が判断を変え、結果的に巨大な構造の変革に繋がるのです。

Q2. 組織の部下やチームメンバーの行動を変えたいのですが、本書の内容はマネジメントにも役立ちますか?

A2. はい、非常に役立ちます。本書の最大のメッセージは「他人の行動を変えようとすることに意味はない」という点です。部下を無理に動かそうとするのではなく、マネージャー自身がまず動き、部下が自然と変わらざるを得ない「新しい構造(チームのルールや環境)」をデザインするシステム思考のアプローチは、組織改革に直結します。

Q3. AIが進化する時代に、なぜわざわざ「行動変容」を学ぶ必要があるのですか?

A3. 既存の枠組みの中で作業を効率化することはAIの得意領域ですが、行き詰まった現状(デッドロック)を打破し、新しいルールや構造をゼロから描き直すことは人間にしかできないからです。人間心理や社会の複雑なシステムを理解し、「構造を変える」スキルは、AI時代において最も代替されにくい本質的なスキルとなります。

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