勝海舟の柔軟な生き方を真似しよう!

習慣化

行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない。(勝海舟)

勝海舟は学ぶ力で出世を果たした!

最近、Audibleで幕末史を聞いています。
童門冬二氏の何本かの作品の中に勝海舟を取り上げたものがあり
移動中に聞いてみました。

勝海舟は江戸幕府と明治政府という二つの時代を生き抜きましたが
その評価は二分されています。
福沢諭吉などは勝海舟と榎本武揚に公開質問状を提出して
彼らの生き方を批判していたほどです。

若い頃の私は二君のために働いた勝海舟の姿勢を
認めることが出来ませんでした。
しかし、最近は考え方が変わり、勝への評価が逆転しました。
時代の波に乗り、自分の価値を活用し
世の中に貢献した傑物が勝海舟だと思えるようになったのです。
どんなに時代が変化しても自分の価値を知っている人は
時代に適応し、世のために働けるのです。
変化の時代の現代を生き抜くためには、勝の生き方が参考になると思います。

身分の低い御家人だった勝海舟は幕府に国防に関する意見書をあげ
25歳で老中になった阿部正弘に登用されます。
オランダ語の実力が抜きん出ていたために、海軍操練所の教官に出世し
その後の安政の大獄でも処罰されずに、幕府の中で力を発揮します。
咸臨丸でアメリカに渡っている間に桜田門外の変が起こるなど
事件に巻き込まれない運の強さを持っていました。
語学や国防の知識を必死に吸収したことで
幕府内の政争から距離をおけ、その後の出世につなげました。

 

柔軟性と聴く力が勝海舟の強みだった!

時勢の代わりというものは妙なもので、人物の値打ちががらりと違ってくるよ

幕末の江戸城総攻撃の直前に勝海舟は西郷隆盛と会談し
江戸城下での市街戦を回避すしました。
西郷との人間関係を作っていたから、この無血開城を成功できたのです。
明治維新後も彼は柔軟性と人間力で自分のポジションを確保します。
柔軟性を持ち、時代に適応することで
外務大丞や兵部大丞、参議兼海軍卿などを歴任したのです。
薩長土肥以外の多くの武士が没落していく中で
自分の価値を発揮し、明治政府の中で生き残っていたのです。

低い身分から出世した勝は、書生や浪人の意見にも耳を傾けます。
ここから時代の流れをつかみ、それを参考にしながら
次に何をすべきかを決めていました。

書生だの浪人だのという連中は、昔から絶えず俺のところへやってくるが、ときにはうるさいと思うこともあるけれど、しかし、よく考えてみると、彼らが無用意に話す言葉の内には、社会の景況や時勢の変遷が自然にわかって、なかなか味わうべきことがあるよ。

また、病気や暗殺など幕末の偉人たちがあまり長生きをしていない中で
勝は76歳まで長生きし、人生を謳歌します。
多くの功績を残した後は悠々自適に暮らすなど
自分の人生をエンジョイできた幸せな人でもあったのです。

大事をなすには寿命が長くなくてはいけないよ。

いくつになっても価値を磨くことを忘れずに
学び続けることで、時代に適応できるようになります。
多様な人たちの話を聴き、視点を広げながら
勝は時代のトレンドを把握していたのです。
自分の健康に気を使ったり、運をよくすることも必要だと
彼の人生を追うことで気付けました。

まとめ

幕末、明治維新で才能を発揮した勝海舟の柔軟性を見習いましょう。
自分の価値を上げるために学び続けたり
人との関係をしっかりと築くことで運を高められます。
多様な視点を持ち、柔軟に行動することで
勝は2つの時代を生き抜くことができたのです。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

     

    スクリーンショット 2016-04-29 22.16.13

Loading Facebook Comments ...

コメント