エンベデッド・ファイナンスの衝撃―すべての企業は金融サービス企業になる(城田真琴)の書評


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エンベデッド・ファイナンスの衝撃―すべての企業は金融サービス企業になる
城田真琴
東洋経済新報社

本書の要約

金融以外の事業を展開する非金融企業が、既存サービスに金融サービスを組み込んで提供することが増えています。単に金融サービス会社を紹介したり、子会社を通じて金融サービスを提供したりするだけではなく、既存のサービスに金融サービスが組み込み込むことで、顧客体験を高めようとしています。

エンベデッド・ファイナンスとは何か?

すべての企業は金融サービス企業になる。
Every Company Will Be A Financial Services Company.(アンジェラ・ストレンジ)

ここ数年、金融業界に参入する企業が増加しています。グーグル、アマゾン、アップルなどが、決済、融資、クレジットカードの発行、さらには銀行口座の提供に乗り出そうとしています。

国内でもメッセージアプリを提供するLINEが、野村ホールディングスと共同出資してLINE 証券を設立したのに続き、みずほフィナンシャルグループとの共同出資による「LINE Bank」の設立準備も進めています。私もアプリからストレスなく商品が購入できるLINE証券やLINE保険を定期的に使っています。ログインがしやすくユーザーインターフェイスがよいサービスであれば、金融機関が提供していなくとも気にしないユーザーが増えています。

「エンベデッド・ファイナンス(Embedded Finance)」という言葉を最近記事で見かけるようになりました。

「エンベッデッド・ファイナンス」は、日本語では「組み込み金融」、「埋め込み金融」、あるいは「モジュラー型金融」などと呼ばれ、「金融以外のサービス提供企業(非金融企業)が、既存サービスに金融サービスを組み込んで金融サービスを提供する」ことを意味する。

金融以外の事業を展開する非金融企業が、既存サービスに金融サービスを組み込んで提供することが増えています。単に金融サービス会社を紹介したり、子会社を通じて金融サービスを提供したりするだけではなく、既存のサービスに金融サービスが組み込み込むことで、顧客体験を高めようとしています。

現在、金融サービスを提供していない企業も、やがて金融サービスを提供するようになると野村総合研究所 IT基盤技術戦略室室長/上席研究員の著者は指摘します。

この数年、日本では金融を巡る規制緩和が相次いで進められています。2020年には、1つの登録で銀行・証券・保険すべての分野のサービスを仲介可能とする「金融サービス仲介業」が創設されました。また、銀行以外の事業者に100万円超の送金を認める資金決済法が改正されたことで、ビジネスチャンスが広がっています。

日本でも2021年以降、金融機関はもちろんのこと、小売・通信・サービス・航空・ITといったさまざまな業界の企業が多彩な金融サービスを提供してくるはずです。フィンテック企業ではない小売や不動産などの一般企業が金融サービス仲介業に登録することで、適切なタイミングで適切なローンなどを組めるようになり、時間が節約でき、消費者のメリットが高まります。

私もシンガポールやベトナムで「グラブ」などのスーパーアプリを体験しましたが、最近では配車アプリやデリバリー、EC以外に、決済、与信機能、資産運用などの様々な金融サービスが組み込まれ、顧客の利便性を高めています。

エンベデッド・ファイナンスでは、以下の5つの領域が主要マーケットになります。
■エンベデッド・ペイメント(決済)
■エンベデッド・レンディング(貸付)
■エンベデッド・インシュアランス(保険)
■エンベデッド・インベストメント(投資)
■エンベデッド・バンキング(銀行)

銀行APIをSaaS形式で提供する「Banking as a Service (BaaS)」を活用することで、銀行のようなサービスを提供するネオバンクなどが欧米では続々と生まれています。非金融企業はBaaSを利用することで、自社のサービスとの統合をはかれるようになるのです。アップルやアマゾン以外にもテスラやフォードが参入しています。

ショッピファイとゴールドマンサックスの取り組み

エンベデッド・ファイナンス市場の拡大に伴い、APIの構築を担うイネーブラー企業のストライプが急成長しています。同社はECサイトやモバイルアプリに決済処理機能を容易に組み込める銀行機能のAPIを提供し、この分野では非常に高いシェアを持っています。そのストライプが提供するBaaSが、銀行機能をAPI提供するのが、「Stripe Treasury」です。

EC構築・運営支援の「ショッピファイ」は、このStripe Treasuryを使って、EC出店事業者に対してショッピファイ内での専用銀行口座を開けるようにし、売上金の入金、経費支払、口座間の送金などの金融機能を提供しています。消費者の後払い(BNPL)や事業者への融資業務を行うことで、出店事業者の経営を金融面からサポートしています。

世界有数の投資銀行であるゴールドマン・サックスは2016年4月、GE(ゼネラル・エレクトリック)からM&Aオンライン銀行「GEキャピタル銀行」の資産をゴールドマン・サックスグループの銀行子会社「GSバンクUSA」部門に統合し、一般消費者を顧客にしたオンライン銀行をオープンさせました。今まで、同社の顧客となるには最低1000万ドルが必要であったのですが、この姿勢を改めリテール業務での取り扱いを一気に増やしています。(現在のリテール銀行のブランド名はMarcus/マーカス)

マーカスはサービス開始からわずか3年間で利用者数を500万人、融資残高は50億ドルにまで拡大しています。融資の元となる資金は預金者から集めています。資金調達がスムーズに進む理由は、全米平均を一貫して大きく上回る高金利を提示しているからです。 

預金残高は2020年末時点で969億ドルにまで積み上がり、2019年末から約370億ドルも増加し、さらに2021年の第1四半期には1000億ドルを突破しました。

現在のブランド名になっているマーカスは、手数料無料の無担保ローンサービスからスタートし、GSバンクUSAに統合された経緯があります。

BaaSを利用して開発された初のエンベデッド・ファイナンスのサービスが2019年8月に米国で発行が始まったアップルのクレジットカード「アップルカード」です。アップルカードはゴールドマン・サックスとアップルが共同発行するクレジットカードですが、カードロ座の運営に伴う債務や請求にまつわる業務はゴールドマン・サックスが担っています。アップル自身はカードの発行・決済に必要なライセンスは取得していません。彼らが行なっているのは、カードの申し込みからアクティベーションまでのプロセスなどで、結果、同社の世界観を体現したUXを実現しています。それぞれが得意な分野に注力することで、ゴールドマン・サックスとアップルはWin-Winの関係を構築しています。

これまでで最も成功したクレジットカードの立ち上げだった。(ゴールドマン・サックスCEOのデービッド・ソロモン)

アップルカードは発行を開始した翌月の2019年9月末時点で取扱高100億ドル、顧客のローン残高は7億3600万ドルを記録するなど順調に滑り出しました。

同社はBaaSのサービスを他社に提供することで、売り上げの底上げを狙っています。マーカスペイというBNPLサービスをジェットブルーに提供しています。アマゾンとの提携も開始し、アマゾンの出店事業者への融資事業を行なっています。

金融企業だと思われていたゴールドマン・サックスは急速にテクノロジー企業に変貌することで、リテールバンキングで存在感を示すだけでなく、アマゾンやアップルの金融事業を支えています。

テクノロジーが進化することで、金融と事業会社の垣根がなくなっています。顧客体験から逆算し、エンベデッド・ファイナンスをサービスに組み込むことで、チャンスロスを減らせます。エンベデッド・ファイナンスによって顧客や事業者のペインを取り除いた企業が、今後成長を加速させ、勝ち組になっていくはずです。

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