コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践の書評


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コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践
フィリップ・コトラー,ヴァルデマール・ファルチ,ウーヴェ・シュポンホルツ
 ‎KADOKAWA

本書の要約

企業は顧客との共創によって、新たな製品やサービスを生み出せるようになってきました。マーケターは顧客と企業の双方の長期的な繁栄を目指すべきで、それは人間志向のH2Hマーケティングによって実現します。H2Hマーケティングには、デザイン思考、S-DL、デジタライゼーションの3要素の統合が欠かせません。

H2Hマーケティングの3要素

マーケティングは紆余曲折を経て、「人間主体」の存在へと戻ってきたのだ。そしてこのH2Hというキーワードは、今後ますます重要性を増していく。(フィリップ・コトラー,ヴァルデマール・ファルチ,ウーヴェ・シュポンホルツ)

広告会社に入社した際に、先輩マーケターから「コトラーの書籍を兎に角読み続けろ!」とアドバイスをもらい、40年近くそれを実践しています。この間にコトラーは新作を出し続けていますが、本作コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践も学びの多い一冊になっています。(コトラーの関連記事はこちらから

今回はH2Hマーケティングがテーマになっています。H2Hとは、Human to Human Marketingの略語で、マーケターは今こそ欺瞞の世界を抜け出し、人間を中核に据えた、人間主体のマーケティングにパラダイムシフトすべきだと言います。企業やマーケターは、顧客中心主義を人間中心主義に拡大し、人間が抱えている問題を解決すべきだという著者のメッセージが響きました。

著者たちは、H2Hマーケティングには、以下の3要素の統合が欠かせないと指摘します。
■デザイン思考(人間を中心に据えたマーケティング・マインド)
■S-DL(サービス・ドミナント・ロジック・協働エコシステムで価値を共創)
■デジタライゼーション(顧客やマーケターに新たな選択を提示し、顧客やパートナーに新たな可能性を提示)

4Pマーケティングミックスを重視したプッシュ型マーケティングは、デジタル社会の現実にもはやフィットしなくなっています。新たなH2Hマーケティングモデルは、あらゆるマーケティング活動にイノベーションを生み出す手法としてデザイン思考(Design Thinking)を取り込んでいます。

マーケターはデザイン思考の人間中心のマインドセットを人間中心のマーケティング活動に繫げ、次に、そのツールボックスやプロセス指向のアプローチでマーケティングをさらに推し進め、現在のニーズを満たしていくべきです。

S-DL(サービス・ドミナント・ロジック)もあらゆるマーケティング活動に盛り込まれるべき概念です。SDLは、モノ中心の経済活動を、サービスの目線からすべてを捉えなおそうとする試みです。2004年にスティーブン・バーゴらによって提唱された理論です。かつて、経済の主流は製造業であり、モノが中心でしたが、現在はサービスや顧客体験が重要な要素となり、マーケティングも人を中核に据え、顧客体験を高めることを考えるべきです。

顧客は事業に対して受動的な役割しか果たしてきませんでしたが、今日のコネクティビティで顧客の態度は変わり始めています。

能動的な共同創造者として企業に「個人が持つ知識やスキル、学習や実験への意欲、積極的な対話を行う能力」を提供して協働する。これにより企業の見方も一変する。企業はもはや〝価値の創造者〟ではなく、〝価値共創の協働アクター〟となるのだ。

S‐DL企業が提供するのは経験の機会のみであり、価値ある経験そのものを〝生み出す〟ことはできません。経験を価値あるものとして息吹かせるのは、あくまで顧客自身で、企業は彼らをサポートする製品やサービスを生み出すべきなのです。

デジタライゼーションの進展によって、最適な顧客体験をマーケターは提案できるようになってきました。企業は顧客との共創によって、新たな製品やサービスを生み出せるようになったのです。マーケターは顧客と企業の双方の長期的な繁栄を目指すべきで、それは人間志向のH2Hマーケティングによって実現します。

デジタライゼーションがどれだけ進もうとも、マーケティング活動は常に人間中心でなければなりません。マーケティングは、人間にフォーカスすることでデジタライゼーションや自動化が引き起こす「非人間的」プロセスに対峙できるようになります。

デジタライゼーションは大量のデータや情報へのアクセスが容易になりますが、そこに人間の関与がなければ、顧客との関係は悪化します。自社のパーパスを実現するためにデジタライゼーションを活用し、顧客に価値を提供することを常に意識しましょう。

H2Hマーケティングは、H2Hマーケティングモデルとマーケティングの概念的思考を実装するレイヤーの二層構造によって成り立ちます。

①デザイン思考、サービス・ドミナント・ロジック(S‐DL)、デジタライゼーションの三大概念を備えた概念的フレームワーク(H2Hマーケティングモデル)  

②マーケティングの概念的思考を実装するレイヤー(マインドセット、マネジメント、プロセス)
1、マーケティングを成功裡に実現するための前提条件であるH2Hマインドセット。
2、H2Hマーケティングの戦略立案、調整、制御を担うH2Hマネジメント。
3、H2Hマーケティングを実務に落としこむための、H2Hプロセス。

H2Hマーケティングの理念にコミットした企業は、能動的なチェンジエージェント(変革促進者)となり、人間が抱える問題の解決に積極的に貢献することができるようになります。顧客との信頼関係も強化されますが、同時に責任も大きくなります。さまざまな社会問題の解決を企業は求められるようになるのです。経営者やマーケターはアジャイルなマインドセットを身につけ、変化に適応できるようにしましょう。

H2Hマーケティングの理念にコミットしているパタゴニアは、バリューチェーン全域で「良いこと」を実践し、社会課題を発見し、その解決に日々取り組んでいます。
■デザインは身体にも心にも優しい。
■商品は環境に優しい方法で生産されています。
■マーケティング関係者は皆一様に顧客を大切にし、信用を得ています。

パタゴニアやホールフーズ・マーケットなどのH2Hマーケティング企業は、 未来の牽引役となり、環境に優しい経営を実践しながら、利益も同時に得ているのです。

H2Hマーケティングによって変わるCMOの役割

最高マーケティング責任者(CMO)の役目は、顧客と企業双方のメリットの最大化だ。H2Hマーケティングを創造し、より高いパーパス(存在意義)に向けて遮進すれば、それは現実のものとなる。

最近、パーパス経営が話題になっていますが、自社の存在意義を明らかにすることは、経営者の人間性を表現することに他なりません。なぜ、自分がこの事業を行っているのか?どうすれば、自分が社会に貢献できるのか?を考え、発信することで、顧客との関係を構築できるようになります。

ホールフーズ・マーケットのCMOソニア・オブリスクは「食品にまつわる顧客の熱い思いをより理解することを我々は常に志している」と述べていますが、彼女の発言を読むと、CMOの役割を認識できます。顧客志向と企業の成長を推進することがCMOの仕事なのです。

マーケティングのあるべき姿に新たな基準を設け、「商品重視の事業」から脱却して「経験重視の事業」へ転換することで、顧客から支持されるようになります。

ホールフーズ・マーケットはサステナブルな生鮮品を提供することで、健康的な生活を促進し、優れたショッピング体験を提供し、顧客を地球に良いことをしている気持ちにさせてくれます。顧客だけでなく、従業員やサプライヤーにもメリットを提供し、登場人物を幸せにしています。H2Hマーケティングのコンセプトは、近江商人の三方よしの経営に近いものなのです。

H2Hマーケティングを実践する企業は、優れた顧客体験を提供し、顧客やパートナーを巻き込みながら、製品を革新し続けています。彼らは資源志向と市場志向、コミュニケーションとアクションを組み合わせることで、さらに上を目指しています。

テスラのマーケティングは全てインバウンドで、営業部隊はいません。CEO兼会長のイーロン・マスクがブランドの代弁者であり、他の活動は、発注や予約を含め全てオンラインで完結し、無駄な資源を使わないようにしています。

H2Hマーケティングを実践している企業は、顧客と価値を共創し、自社が提供する価値を適切に伝えることに注力している。

ミレニアル世代やZ世代がマーケットの中心になることで、顧客の優先事項は変化しています。特に米国の若年層は持続可能な商品やサービスを求めており、これは今後に多大な影響を与えるはずです。環境改善を優先したサステナビリティをミレニアル世代やZ世代は求めています。彼らは環境への影響を配慮して、購買行動を変えています。サステナビリティ意識が高い顧客は、サステナブル商品に高い対価を払うことを厭いません。

マーケティングは、介入型のアウトバウンドマーケティングではなく、パーミッションベースの人間中心型マーケティングへ、「株主中心の近視眼的視点」ではなく、あらゆる利害関係者を人間として真摯に扱う方向へ、受動的な消費者の支配ではなく、顧客と共創・協働して共に社会に貢献する意識的な努力を重ねる方向へと移行します。

H2Hマーケティングは、人間と、人間が抱える問題(H2Hの課題)の解決を中心に据え、現在欠けている信用、誠実さ、高潔さ、共感、脆弱性、建設的な対話、サステナビリティ等の問題に取り組んでいく必要があります。

あらゆるモノや人がデジタライゼーションで繋がれ、顧客の役割が増す中、協働はさらに重要視され、モノや価値の共創が一層着目されるようになります。その際、顧客との対話は対等なものとし、顧客を軽視してはいけないのです。顧客との共創が新たなイノベーションを生み出すのです。

経営者やマーケターは、マーケティングの人間的な側面を再活性化させ、パーパスと情熱を持つ事業を成功させなければなりません。顧客体験を高める価値を提供したり、サスティブルなプロダクトやサービスを顧客と共創することで、世界をより良くできるのです。

H2Hマーケティングを実践しなければ、やがて顧客からそっぽを向かれるはずです。SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)をマーケティング視点から捉え直した良書だと思います。

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