スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 ベンチャークライアント (木村将之、グレゴール・ギミー)の書評

black bmw car steering wheel

スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 ベンチャークライアント
木村将之、グレゴール・ギミー
日経BP

ベンチャークライアントの要約

ベンチャークライアントモデルは、企業が自社の戦略的課題を解決するためにスタートアップのソリューションを活用する効果的な手法で、これにより大企業はイノベーションをスピーディに起こせるようになります。スタートアップにとっても、大手企業との協業は市場での信頼性を高め、成長の機会を広げることになります。

ベンチャークライアントモデルとは何か?

優れたベンチャークライアント企業は、野心的な長期ビジョンや目標を持ち、戦略および課題にスタートアップがなぜ、どのように関係しているのかを明確にしている。ビジョンや目標が野心的でなく、明確でない場合、手段であるはずのスタートアップ連携を進めること自体が目的となり、取り組みがイノベーションシアターになってしまう可能性がある。(グレゴール・ギミー)

本書は、BMWが実践したスタートアップとの協業手法に焦点を当て、その成功に至る秘訣を明らかにしています。木村将之氏とグレゴール・ギミー氏は、ベンチャー企業と大手企業との協業が成功するための具体的な方法論や戦略について詳細に解説しています。

スタートアップ企業は、革新的な技術やアイデアを持ちながらも、資金やリソースが限られていることが多いです。一方、大手企業は資金力やリソースを持つ反面、柔軟性や革新性に欠ける場合があります。こうした異なる強みを持つ企業同士が協業することで、双方にとって大きなメリットを生み出すことができます。

ベンチャークライアント(Venture Client)は、スタートアップの顧客となることを指します。このコンセプトは、BMWに在籍していたグレゴールによって発案されました。その後、彼はベンチャークライアント専業のコンサルティング会社27pilotsを創業し、このモデルの普及に努めています。

BMWは、社内外の垣根を越えてアイデアや技術を取り入れるオープンイノベーションを積極的に推進しています。これにより、スタートアップ企業からの革新的なアイデアを迅速に採用し、製品開発やサービス向上に役立てています。

グレゴールは、スタートアップの顧客となり、その製品を自社に取り入れることが、最もインパクトのあるスタートアップとの協業方法であると直感しました。競争優位を得るためには、差別化の源泉となる「とびっきり」のスタートアップと組むことが重要です。既存のサプライヤーが実現できることはそのまま任せるのが合理的ですが、スタートアップならではの優れた技術も存在します。

ベンチャークライアントモデルは、圧倒的に優れた技術を持つスタートアップの顧客になることで戦略的な利益を獲得するために開発された一連の手法です。このモデルは、大手企業が直面する最も差し迫った戦略的課題を解決するために、世界トップクラスのスタートアップ企業のソリューションを発掘し、試験購入・導入することを目的としています。

BMWは2008年にMobileyeの技術を採用し、BMW 7シリーズに先進運転支援システム(ADAS)を搭載することに成功しました。この技術により、車線逸脱警報、インテリジェントハイビームコントロール、交通標識認識による速度制御機能を実現し、北米での市場シェアを拡大しました。これにより、BMWの収益にも大きく貢献しました。

BMWはベンチャークライアントモデルを活用して、スタートアップの革新的な技術を迅速に自社の製品ラインに取り入れています。例えば、工場内での自動運転システムや、車内で楽しめるコンソールゲームシステムを短期間で実装しました。

さらに、製造ラインにヒューマノイドロボットを導入する商用契約もスタートアップと結んでいます。 このモデルの活用により、BMWは毎年約30のスタートアップ製品を評価、購買し、20社以上を正規のサプライヤーとして迎え入れています。この取り組みにより、収益向上とコスト削減を達成しています。

また、Appleもベンチャークライアントとして、最先端のテクノロジーを取り込んでいます。例えば、iPhoneのFaceID機能は、イスラエルのスタートアップPrimeSenseの技術を活用しています。PrimeSenseはKinectの3Dセンシング技術も提供しており、スタートアップの技術が大手企業の製品にどれほど重要な役割を果たしているかを示しています。

BMWやBoschはスタートアップとの取引を公開することで、フェアトレードを行っている企業としてのブランドを確立し、他社に対する優位性を保っています。

BMWを見習って、スタートアップの優位性を自社に取り込もう!

なぜ、スタートアップは優れた技術やサービスを開発できるのであろうか。答えは簡単である。スタートアップの方が、動きが素早く、かつヒト・モノ・カネなどの資源を豊富に持っているからである。

スタートアップは自社の技術を、顧客からのフィードバックを受けながらプロダクトに仕立て、市場の要望に応えられるよう徹底的に磨き上げます。高速のフィードバックループを回すため、市場への適応や顧客開拓が非常に速いのが特徴です。

DXやSXの新規領域は、大企業にとって自社のコア領域ではないことが多く、従来の技術では対応が難しい場合があります。このような場合、いち早くスタートアップの顧客となり、その技術の実績を確認することが合理的な選択となる可能性が高いのです。新規で求められる領域が増えているため、まず顧客になることの合理性が高まっています。

トップクラスのスタートアップが大企業に求めているのは、ビジネスへの助言や資本ではなく、顧客となることです。スタートアップは、自社の成長を阻害する可能性のある排他的権利の要求や知的財産への制限を極端に恐れ、シンプルに顧客になってくれる大企業を歓迎します。大企業もスタートアップの力を活用することで、巨額の経済的利益を創出することができます。顧客となることで、大企業とスタートアップはWin-Winの関係を築けるのです。 

大手企業とスタートアップ企業では、企業文化や働き方が大きく異なります。これを乗り越えるためには、双方の理解と柔軟性が求められます。成功する協業には、効果的なコミュニケーションが不可欠です。定期的なミーティングや情報共有を通じて、双方が同じ目標に向かって進むことが重要です。 スタートアップ企業はリソースが限られているため、大手企業がその不足を補う形でリソースを共有することが、協業の成功につながります。

大企業がベンチャークライアントになるというビジョンを明示し、中期経営計画などの全社の経済的利益目標との関連および取り組み領域を明らかにすることで、ベンチャークライアントモデルは全社の戦略の中でも重要な施策として位置づけられます。

このようにして、活動自体が全社の協力を得ながら推進力を持つことになります。 ベンチャークライアントモデルを通じて、企業は革新的なスタートアップとの協業を成功させ、競争力を高めることができるのです。

ベンチャークライアントモデルの5つのプロセス

ベンチャークライアントモデルのプロセスはDiscover(課題とソリューションの特定)、Assess(評価)、Purchase(購i買)、Pilot(試用)、Adopt(本格採用)の5つのフェーズからなる。

①ディスカバー(課題とソリューションの特定)
・目的
既知の課題や新たに発見された課題を見つけ、それを解決できるスタートアップを特定します。

・優先順位の決定基準
1、戦略的ビジネスインパクト・・・収益貢献額や費用削減額。 課題解決の緊急性。
2、ソリューションの実現可能性・・・技術的適合性や既存のユースケースへの適応性。

②アセス(評価)
・目的
リストアップしたスタートアップを詳細に評価し、最も優れたソリューションを提供できる企業を選定します。

・評価基準
特定の技術やスペック要件を満たしているか、既存のユースケースや会社の状況に適合するかを確認します。

③パーチェス(購買)
・ 目的
MVP(Minimum Viable Purchase)を行い、必要最低限の量を購入して戦略的課題解決の可能性を検証します。

・ポイント
少量購入で安価にプロセスを実施し、多くの機会を生み出します。

④パイロット(試用)
・目的: スタートアップのソリューションが実際に戦略的なインパクトをもたらすかを具体的に検証します。

・検証項目
実環境下での適合性、技術性、UI/UX、経済的利益の確認。

⑤アダプト(本格採用)
・目的
スタートアップの製品や技術を製品やオペレーションプロセスに統合します。

・戦略
資本関係を築くかどうかを決定し、長期的なパートナーシップやサプライヤー関係を構築します。

ベンチャークライアントモデルは、企業がスタートアップと安心して取引できる環境を整えることを目的としています。スタートアップが期待するポイントに対してしっかりとプロセスをデザインし、フェアな対応を行いながら企業としてリスクをコントロールしたプロセスを準備することが重要です。このような信頼できるブランドを確立することで、良質なスタートアップからの真剣な提案が数多く寄せられるようになるのです。

ベンチャークライアントモデルを導入する上で重要なのは、初めから完璧を求めるのではなく、「まずやってみる」というマインドです。多くの企業が、例えばオペレーション改善についてはイメージできるが、新製品開発のイメージがつかないので行動しない、有効な課題が出ないかもしれないのでトライしない、組織の設計や調達プロセスの変革がうまくいかないかもしれないといった理由で実行を躊躇している現状があります。

まずは、各事業部から課題が出るか試してみることが大切です。難しければ、グローバルでスタートアップが解決しようとしている課題を束ねて事業部に対してアイデアとして提案してみるのも一つの方法です。現状の組織やプロセスでできることを試してみて、実績が出た段階で必要性に対するコンセンサスを得て、活動をスケールアップしていけばよいのです。

ベンチャークライアントモデルは非常に拡張性のある手法です。年間30件程度の購買を行っている企業も複数存在します。一方で、インパクトのある課題に絞ってスモールスタートを行う場合でも十分に効果を発揮します。重要なのは、実際に行動して少しでも前に進めることです。スタートアップのように挑戦し続ける姿勢が成功の鍵となります。

ここまで説明してきたように、ベンチャークライアントモデルは、企業が自社の戦略的な課題を解決するためにスタートアップのソリューションを活用するための効果的な手法です。このモデルの導入にあたっては、まずは行動し、実績を積み上げることで、組織全体の成長と発展を目指す姿勢が重要です。挑戦することで、企業は新たな機会を見出し、競争力を高めることができるのです。


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