藤井宗哲氏の『道元「典座教訓」 禅の食事と心』の書評

習慣化

典座というのは、一日中いかにして、その食材をどう生かしきるか、皆がいかに満足してくれるか、心をその一点に込め、ただただひたすらに、煮たり炊いたりするだけだ。忘己利他、我をなきものにして、人々に心豊かになってもらう。この専一道心のみである。(藤井宗哲)

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藤井宗哲
氏の 道元「典座教訓」 禅の食事と心の中に
忘己利他(もうこりた)という言葉が出てきます。
もともとは天台宗の最澄が説いた言葉で「慈悲」の最上を表現しています。
己を忘れて〔忘己〕、他者の幸せのために尽力する〔利他〕ことは素晴らしい行いで
料理をつくる典座(てんぞ)もそれを追求すべきだと道元は記しています。
ちなみに、典座というのは禅寺の食事係のことです。

「典座教訓」は、料理を中に人格形成の道を見出した書物で
道元が38歳のとき著したと言われています。
宋に留学した際の老僧(典座)との出会いが、道元に食での修行を気づかせます。
料理も修行であり、米をとぐ際にも「いまここ」に集中し
人に豊かになってもらうことを考えるべきだという道元の教えが響きます。

食事という日常の何気ない行為からでも、道元は修行ができるといいます。
食材調達や調理や後片付けからも禅的な生き方が可能です。
採ってきた野菜も自分の体を洗うように心をこめて洗い
お米をとぐときも心を磨くように、丁寧に行うことが肝心なのです。

食事をいただく際にも、食材や料理を作ってくれた人たちに
感謝の気持ちを持つことで、今を感じることができます。
「いただきます」の一言は、自分を豊かな気持ちにさせてくれると同時に
いまここに集中させてくれます。

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喜心・老心・大心」の三心が重要だと藤井宗哲氏は
自分の典座の修行時代を振り返りながら説きます。
どんな些細なところにも、喜心・老心・大心を忘ないことだというのです。
■喜心=人の喜びを自分の喜びとして人の為になる行いを喜んでする心、感謝の心
■老心=親が子を思うように他の人を思いやる心
■大心=大いなる心、なにごとにもこだわらない心
修行僧の命は自分たちが支えていると思うことで
喜びに包まれたという藤井氏の思いを読むことで
人を喜ばすことで、幸せになれることを再認識しました。

私がいう老心とは、父母の心である。たとえば両親が、目の中へ入れても痛くない、子を思う心である。わが子を念うように、三法を心深く、長く念い続けなさい。本来のあるべきように、忠実に生きてゆく。子を持つ親の心は、どんなにその日暮しに困っていようとも、他人には、とうてい考えられないほど強く慈しん、強い心で愛し育てる。その心は親それぞれで、他人にはとうていわからない。

老心とは、一言で言えば親切のことであり、喜心と老心は分けて考えられません。
人に喜んでもらえることを考え、行動することで私たちは幸せを味わえます。
大きな心を持って、執着を捨てれば、ゆとりのある人生を送れます。

今回、道元の言葉を藤井氏の解説によって、より身近にできました。
あるがままという道元の考え方を取り入れることで、人生をより豊かにできそうです。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

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photo credit: profzucker Ryōanji, Kyoto via photopin (license)

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