EBOで復活したIBMの両利きの経営とは何か?

リーダーに求められる3つの行動
①新しい探索事業が新規の競合に対して競争優位に立てるような、既存組織の資産や組織能力を突き止める。
深化事業から生じる惰性が新しいスタートアップの勢いをそがないように、経営陣が支援し監督する。たとえば、ベンチャーが必要な資源を確保できるようにする。新規事業のリーダーはマイルストーンの達成について説明責任を負う。非生産的な摩擦を極力抑えて、新旧の事業間が交わる部分を管理する、といった具合だ。
新しいベンチャーを正式に切り離して、成熟事業からの邪魔や「支援」なしに、成功に向けて必要な人材、構造、文化を調整できるようにする。(チャールズ・A.オライリー、 マイケル・L. タッシュマン)


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EBOで復活したIBM

1990年代初め、IBMは倒産の危機に瀕し、6万人以上の優秀な社員が解雇されました。IBMに就職すれば一生安泰という神話が崩れた瞬間でした。当時のCEOのジョン・エイカーズが取り組んだ改革は結果を出せず、あのルイス・ガースナーがCEOになったのです。IBMはリーダーに求められる3つの行動を実践し、イノベーションを起こしたのです。

ルイス・ガースナーはサービスとソフトウエアに事業をフォーカスし、2002年には事業を劇的に復活させました。IBMの時価総額は1993年の300億ドルから1730億ドルへと増加し、株価も7倍になるという奇跡が起こりました。ソフトウエアとサービスが事業の柱になり、ルイス・ガースナーは「両利きの経営」で成功を手に入れたのです。(参考 両利きの経営の書評

IBMはこの20年の間に成功と失敗を経験しながら、技術系企業から、広範なソリューション・プロバイダ、さらにはオープンシステムとオンデマンドという新世界を代表する企業へと転じたのです。自社のイノベーションの恩恵をなかなか受けられずに苦労したゼロックス、フィリップス、HP、ポラロイドなど他の技術系大手と違って、IBMはライフサイエンス、自動車、銀行などの業界で行われているように多様な事業に自社の知的資本を活用し、その過程で健全な利益を生み出すことができるようになったのです。

ガースナーはIBM史上初めて外部から招聘された経営者です。ビジネスウィーク誌は、当時のIBMの状況を鑑みて、「今日の米国産業界で最も過酷な仕事だ」とガースナーの仕事を分析しました。しかし、ガースナーはこの批判にくじけませんでした。彼はIBMの問題は実行面にあると捉え、強力に改革を推し進めます。IBMに欠けていたのは、脅威や機会を見抜く力ではなく、それに対処するために、資産の再配分や組織再編を行う組織能力であったのです。

私たちの方策はこうだ。今後10年間で、顧客がますます重視するようになるのは、さまざまなサプライヤーの持つ技術を統合したソリューション、何よりもその組織のプロセスに技術を組み込んだソリューションを提供する企業だ。(ルイス・ガースナー)

この戦略を実行するのに必要な核心となる組織能力は、顧客の事業上の問題を解決するためにシステムを統合する能力であり、オープン・ミドルウェアとサービスが鍵となるとガースナーは考え、IBMの資源を再編します。

◆探索と深化ー新たな事業機会
1999年にルイス・ガースナーは新規プロジェクトへの資金供給を中止する幹部に怒りを爆発させます。IBMは自社で開発した製品の商業化に失敗ばかりしていました。たとえば、最初に商用ルーターを開発したのはIBMでしたが、同市場を支配したのはシスコでした。WEBの性能を加速させる技術も開発しましたが、2番手のアカマイ・テクノロジーズに市場を奪われていたのです。IBMがいつも新技術と市場機会を逃してしまう主な理由は、以下の6つに集約されます。

①既存のマネジメントシステムは、短期的結果に向けた実行に報酬を与え、戦略的な事業構築を重視できなかった。
②lBMは既存の市場や製品・サービスしか眼中になく、未来のビジネスモデルの可能性に気づけなかった。
③ビジネスモデルで強調されていたのは、価格や利益を高める行動よりも、持続的な利益や1株当たり利益の改善にフォーカスされた。一方、イノベーションを加速させることが重視されていなかった。
④市場インサイトを収集し、利用するという同社のアプローチがベンチャーには相応しくなかった。
新しい成長事業の選別、実験、資金提供、終了について規律が確立されていない。リーダーたちは成長機会に成熟事業のプロセスを当てはめた結果、新しいベンチャーを苦境に追いやり、息の根を止めてしまった。
⑥IBMには起業家的リーダーシップスキルがなく、スタートアップに必要な忍耐や持続性も不足していた。

経営陣の間でこうした分析や議論が行われた結果、成長分野の探索と成熟市場の深化の両方で成功するための一連の提案が承認され、2000年のEBO(エマージング・ビジネス・オポチュニティ・プロジェクト)の開発につながりました。2000年から05年にかけて、EBOが生み出した売上は152億ドルをあげることができたのです。売上貢献で見ると、同期間に行われた企業買収はわずか9%増でしかありませんが、EBOは19%増となっています。このプロセスによって、探索と深化の両方が可能になり、新規事業に参入しつつ、成熟事業で競争力を維持することができたのです。

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◆組織の進化と適合EBOのプロセス
IBMの事業ポートフォリオは、本来は以下の3つの範囲に分かれべきでした。
範囲1 目下の本業
範囲2 成長事業
範囲3 未来の成長事業
それぞれの範囲には独自の課題があり、異なる組織構造が必要になりますが、IBMは範囲3を除外し、範囲1と範囲2に注力してきました。

IBMの本社スタッフは「官僚軍団」と成り下がり、新たな成長を邪魔していたのです。それを打破するために、2000年7月に、ガースナーはソフトウエアグループの責任者のジョン・トンプソンを、副会長兼新EBOプロジェクトの責任者に指名しました。トンプソンは同社で34年働いてきたベテランで、オペレーションマネジメントや戦略策定のスキルが高い経営者でした。

スタッフが限られていたため、トンプソンはグループと一緒に、EBOの管理や資金提供のプロセス、規律のある全社横断的な調整の仕組みの開発に取り掛かかりました。EBO候補の事業は、次の6つの明確に定められた選択基準を満たす必要があったのです。
■IBMの企業戦略との整合性
■IBM全体への影響力
■新たな顧客価値の源泉
■10億ドル以上の売上予測
■市場リーダーシップ
■持続的な利益
新しいアイディアをふるいにかけ、IBMの未来を形作り、事業の収益性が維持される見込みが十分にある事業を選ぶことをルールにしたのです。

トンプソンの次にEBOプロジエクトの責任者となった、戦略担当シニア・バイスプレジデントのブルース・ハレルドは、こうしたプロジェクトが製品アップグレードや単なる技術的機会ではないことを明確にしました。各EBOのリーダーは、事業ユニットの責任者(ハードウェア、ソフトウェア、グローバル・サービスなど)と、新規の成長機会を担当する上級幹部に報告をしなければなりません。この二重の報告システムによって、マイルストーンの達成状況や資源配分を全社的に管理するとともに、事業横断的に協力したり、生じた問題を速やかに解決する機会が生まれました。

2000年に、リナックス、ライフサイエンス、パーベイシブ・コンピューティング、デジタルメディア、ネットワーク・プロセッサなど7つのEBOプロジエクトが立ち上げられました。このうち4つはEBOのステータスから「卒業」して成長事業となり、いくつかは失敗に終わりました。

◆多様化ー新しいEBOの設立
IBMでは社内(IBMの特別研究員と著名な技術者、研究開発、マーケティング、営業)と社外(顧客、ベンチャーキャピタリスト、外部の専門家など)の両方からアイディアを募る公式プロセスがあり、これは半年ごとに実施されます。こうした提案は破壊的技術、新しいビジネスモデル、魅力的な新市場の見極めに役立ちます。150以上のアイディアを精査して20案程度に減らした後、少人数のチームをつくって、より細かな戦略的分析を行います。この調査結果に基づいて、上級幹部や顧客に有望なアイディアを見てもらい、合否を判断します。このテストに合格したアイディアについては、戦略グループがさらに市場機会を綿密に吟味していきます。

私は新技術に興味はない。興味があるのは、新しい10億ドル事業をつくることだ。適切な新規事業で賭けをすれば、最終的に素晴らしいアイディアと顧客の実益とが結びつく。要するに、明白な商業化の機会につながるのだ。(ブルース・ハレルド)

◆選択ー実験を行う
EBOが設立されたら、経営陣はスタートアップに投資したばかりのベンチャーキャピタリストになります。彼らはEBOのリーダーに毎月会い、進捗を評価し、戦略を精緻化し、適切な人材を獲得し、確実に実行するための調整ができるようEBOを支援します。

経営陣が新しいベンチャーに十分な注意を向けなければ、成功は手に入りません。IBMは全EBOについて、事業ライン担当シニア・バイスプレジデントが積極的にスポンサーとなり、財務部門が積極的に関与し、ハレルドが戦略グループに入りアドバイスを行うことをルールにしたのです。また、EBOには最優秀人材を配置することにしました。IBMをよく理解し、変えるべきことやテストすべきことをわきまえた経験豊富な人材を投入することで、結果を出せるようになったのです。

社内でEBOが成果を上げるようになると、EBOの運営は望ましい仕事だと認識され、リーダー候補が積極的に関与するようになったのです。事業部門を通じてEBOに資金を供給する際も、プロセスを注意深くモニターし、新規事業がきちんと資金の全額を受け取れるように仕組みを変更しました。資金や人材の枯渇をなくすために、本社から資源が追加投入されることで、ベンチャーが孤立しないようにしたのです。経営者がEBOのマイルストーンの達成について細かく規定し、進捗をモニターをし、事業部門の財務指標に照らして事業評価をしました。こうすれば、成熟事業の目標が達成できないからといって、未熟なベンチャーの芽を早期に摘んでしまうことがなくなります。

クイックスタート、クイックストップの考え方を取り入れ、実験的に市場に速やかに参入しました。マーケットを学習し、フィードバックを重ね、時には事業を中止することもあったのです。経営者がEBOにコミットすることで、臨機応変に対応できるようになったのです。

◆維持範囲ー3の事業から範囲2の事業に移行させる
2003年までに、EBOは当初の7つから18に増えていました。ハレルドはガースナーの後継のCEOになったパルミサーノに促されて基準を設け、どのタイミングでEBOが卒業して事業部門に吸収させるか?成長事業となるか?を明確にしたのです。
・強いリーダーシップチームが整備されている。
利益貢献戦略が明確に示されている。
市場で早期に成果が出ている。
顧客向けの価値提案が実証されている。
これら4つのの基準を満たすEBOは、既存事業に骨抜きにされずに、自力で成功するだけの大きさがあります。2003年には、15のEBOが卒業しました。リナックスとパーベイシブ・コンピューティングは現在、成長事業ユニットの重要な一角を担っています。

2000年から06年にかけて、25のEBOが立ち上げられ、このうち3つは失敗して打ち切られましたが、残りの22は売上250億ドル以上を生み出しています。大企業でもイノベーションを起こせることをIBMのEBOが証明したのです。

まとめ

「エマージング・ビジネス・オポチュニティ」(EBO)というルイス・ガードナーの試みが、IBMを復活させました。官僚組織に成り下がり、新規事業の芽を潰していたIBMは、このプロジェクトを生み出し、組織を変革することで、生き残りをはかれたのです。

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