スベン・カールソン&ヨーナス・レイヨンフーフブッドのSpotify――新しいコンテンツ王国の誕生の書評


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Spotify――新しいコンテンツ王国の誕生
著者:スベン・カールソン&ヨーナス・レイヨンフーフブッド
出版社:ダイヤモンド社

本書の要約

音楽を民主化したいというスポティファイのビジョンが、世界中のファンとアーティストをつなげます。ヒューマン・エディターが生み出すプレイリストにより、スポティファイはデジタル音楽業界で世界最大の流行を作り出すアプリとなっています。

待つなんて、クールじゃない!

スウェーデンで起業して、僕たちのモデルをヨーロッパでまず展開して、その後段階を踏んで海外組織を成長させていったこと。おかげでこのモデルには将来性があると最終的に音楽業界に認めさせることができたよ。(ダニエル・エク)

Spotify(スポティファイ)を起業したダニエル・エクは誰も行っていないサービスにチャレンジし、あのスティーブ・ジョブズと敵対します。エクのチャレンジからわずか10年の間に、レコード会社を違法コピーの嵐から救出し、音楽業界の新たなビジョンを描いたのです。

アップルはこのスウェーデンの小企業のために、事業モデルの変更を迫られることになりました。スポティファイはストリーミングを広めることで、アップルのさらに一歩先を行き、ユーザーの好みを予測する新技術によって、支持を拡大していきます。

好みが似通った何百万という人々のデータをアルゴリズムと「ヒューマン・エディター」が解析することで、自分にフィットしたプレイリストが提供されます。似通った趣味のユーザーの共通項を見出すことで、自分らしい音楽を体験でき、他の音楽のサブスクリプションモデルをつまらない存在にしてしまったのです。

2006年4月にスポティファイが創業されますが、それはアップルのiTunes Music Storeがスタートした3年後でした。エクは今までの音楽サービスとは一線を画するモノを作ろうとしていたのです。 蛇口から水が流れ出るようなもの音楽をすることを目指し、彼は「バッファリング」のために再生が遅れるということを決して許しませんでした。「待つなんて、クールじゃない」がスポティファイのキーワードになり、彼らは全く新しい音楽サービスをリリースしようとしていたのです。

スポティファイのビジョンに共感し、優秀な開発者が次々に入社することで、このスタートアップは成長を始めます。そして、彼らは猛烈に働くことで、ストリーミング技術で結果を出し始めます。それも短期間で!ビル・ゲイツよりビッグになると子供の時に決めたダニエル・エクが率いたチームは、翌年の2007年4月には、ベータ版をリリースすることに成功します。彼らは運がよいことに、リーマン破綻前に投資家から資金を調達し、次のチャレンジに備えることができたのです。ここからiTunesで音楽業界を牛耳っていたスティーブ・ジョブズとの熾烈な闘いが始まります。

スポティファイがアップルに勝利できた理由

スウェーデン人アップル社に悪夢を見せる。

スポティファイがヨーロッパでサービスをローンチすると日刊紙「ダーゲンス・ニーへーテル」紙はアップルを脅かすサービスがスタートしたという記事を掲載します。そしてイギリスでの成功を手にしたスポティファイはアメリカマーケットへの進出を目論みます。彼らはナップスターの創業者のショーン・パーカーとFacebookの共同創設者のピーター・ティールから投資を引き出すことに成功します。この縁からマーク・ザッカーバーグの協力が得られ、アメリカでのスポティファイの認知が高まりました。

しかし、肝心のレコード会社との交渉がアメリカでは進まず、手詰まりの状態が続きます。会社が大きくなると人件費負担が増え、絶えずキャッシュフローに問題を抱えていたスポティファイは投資家とアメリカのレコード会社との交渉を続けていました。レコード会社との交渉にブレーキを踏んでいたのが、アップルのスティーブ・ジョブズだったのです。

僕は全員と面識がある。スティーブ・ジョブズ以外はね。(ダニエル・エク)

ヨーロッパでスポティファイを立ち上げて2年、ダニエル・エクは粘り強くアメリカのレコード会社と話しますが、色良い返事をもらえずにいました。2011年6月6日、アップルのWWDCでiCloudサービスを発表するまで、ジョブズはスポティファイを排除することに拘りました。iTunesをクラウドに移行したことで、スポティファイはようやくアメリカでのビジネスを前進させることができたのです。

アップルはその後もアップストアでのスポティファイのアプリのアップデートに時間をかけたり、手数料の課金を高くすることで、スポティファイの普及を妨害します。2019年にエクはついに抗議行動を公にスタートし、欧州委員会にアップルの行動を報告します。(※今年の6月に欧州委員会は、独占禁止(反トラスト)法違反で、アップルに対する一連の調査を開始しました)

ジョブズのiCloudの発表後、ようやくスポティファイは、ユニバーサルミュージックやワーナーとのアメリカでの契約を締結できました。 Facebookとの連携にも成功し、スポティファイはアメリカ市場でのシェアを一気に高めていきます。その結果、アップルやグーグル、アマゾンとの戦いが熾烈となり、スポティファイは急激な成長を目指すことに舵を切ります。規模が大きくなれば、アーティストがダイレクトにスポティファイにやってきて、他社との差別化をはかれると彼らは考えたのです。

社員を増やし、Facebookのようにハードに働くことで、スポティファイは多くの課題を解決し、ユーザーの満足度を高めます。当然、組織が肥大化し、変化が起こることで、創業メンバーの離反が起こります。しかし、音楽の世界を変えるというビジョンを実現するために、エクは成長を優先します。ユーザーを増やし、スポティファイを世界最大の音楽アプリにするために、あらゆる労力を費やしました。その結果、スポティファイはユーザーから支持され、アップルをも打ち負かす存在になったのです。

ニューヨークにメインオフィスを移し、IPO準備を進めますが、内部統制などの問題を抱えます。エクはその道のプロを入社させることで、様々な課題を解決していきます。最終的にはテンセントの力を借り、2018年4月、ついに念願のニューヨークでの上場を果たします。資金調達や新株を発行しない直接上場などのスポティファイの財務戦略は、IPOを目指す起業家にとっても参考になるはずです。

エクのIPO後の声明を読むとスポティファイの強みを理解できます。

スポティファイはファンとミュージシャンの間にあるIT技術主導のストックルームを目指している。同社はリスナーに最適な音楽を提供し、同時にミュージシャンが自分のファンを開拓する手助けをする。これを「二面性を持つ市場」と名づけて、スポティファイがリスナーと作り手の両者から手数料を受け取る。データを常時ストリーミングすることで、消費者が家で聴く曲はどれなのかがわかる。また、今や利用者のほぼ3分の1が利用している、スポティファイがプログラムしたプレイリストがどこでよく聴かれているのかも明らかになる。これにより、スポティファイは音楽業界の需要をコントロールすることができる。

音楽を民主化したいというスポティファイのビジョンが、世界中のファンとアーティストをつなげます。知られていない音楽をプレイリストが世の中に広める役割を担うことで、新たな音楽との出会いがデザインされています。スポティファイのプレイリストに取り上げられることで、無名だったラウヴもブレイクできたのです。

ITやAIの力を活用したスポティファイのプレイリストが、日々多くの人たちに再生されています。ユーザーの状況に応じて提供されるプレイリストが彼らの武器になっているのです。

ヒューマン・エディターが生み出すプレイリストにより、スポティファイはデジタル音楽業界で世界最大の流行を作り出すアプリとなっています。何百万人ものリスナーが、スポティファイは自分たちのことを理解していると感じ、彼らのサービスを応援し、仲間を増やしているのです。世界中の曲をすべて検索し、瞬時に最高の曲を発見することができるようになったのです。

本書を読むことで、21世紀のIT業界、特にヨーロッパとアメリカのITの歴史を振り返れます。ソーシャルメディアの成長や投資ファンドの実態を著者たちが丁寧にまとめてくれたおかげで、自分の頭を整理することができました。若いエクがジョブズを苦しめたストーリをアップルとは別視点で捉えることができるのが、本書の魅力になっています。

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