エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略
ロン・アドナー
東洋経済新報社
本書の要約
アップルミュージックとのシェア争いで優位に立つスポティファイの勝因は、パートナー戦略でした。アップルがレコード会社のビジネスモデルを破壊する中、大手レコード会社はスポティファイとのパートナー戦略を強化します。その後、アーティストやポッドキャストのコンテンツホルダーを取り込むことに成功したスポティファイは成長を続けています。
スポティファイのエコシステム・ディスラプションとは?
実際、スポティファイとアップルミュージックのケースは、(スポティファイが)なぜ生き残っているのかわからないほど、ここ一〇年でも指折りの奇跡といえる。ロン・アドナー
ダートマス大学タックビジネススクール教授のロン・アドナーのエコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略の書評を続けます。
日々、テクノロジーが急激に発展する中で、業界の垣根がなくなり、エコシステムを劇的に変えるディスラプション(破壊的変化)が起こっています。今日はアップルとの戦いで圧倒的なシェアを奪取したスポティファイの戦略について考えてみたいと思います。
2006年、ダニエル・エクによって創業されたスポティファイは、ナップスターのような著作権を無視したビジネスモデルではなく、アーティストやレコード会社に使用料を支払いながら、ユーザーにとって魅力的な音楽サービスを提供することを目指しました。
同社は技術面でのイノベーションや他者と連携した法律面の調整に2年を費やし、音楽ストリー ミングを実用化しました。スポティファイは、ユーザーが世界中から楽曲やアルバムを選んで、自分好みのプレイリストを作れるようにしたことでブレークスルーを起こしたのです。
特定の曲を選べることが優位性となり、パンドラのような他のプラットフォームのシェアを奪います。スポティファイはサービス稼働までに2年をかけました。会員数が400万人になるまでに4年間、1000万人に達するまでに6年間の時間を要しました。2014年には会員数が5000万人を突破しましたが、そのうち3700万人は広告付きの「フリーミアム」モデルでの残りが広告なしの月極めサブスクリプションでした。
2015年、アップルはiTunesのマルチエコシステムを武器に、アップルミュージックでストリーミングに参入しました。iTunesストアで、すでに世界最大の音楽販売業者となっていたアップルは、オーディオアクセサリー事業と音楽ストリーミングサービスを手がけるビーツ・エレクトロニクスを30億ドルでM&Aし、スポティファイのビジネスを破壊しようとします。
アップルはレコード会社に広告ベースのストリーミング契約を撤回するように圧力をかけて、ゲームの規則を変えようとしました。これは失敗に終わりますが、もし実現していれば、スポティファイのポジションを破壊していたはずです。
アップルは次に、過去最大級のサービス展開を進めた。アップルミュージックは2015年夏、100ヶ国でスタートしました。また、アプデーとの一部として、すべてのiPhoneに3ヶ月間の無料サービスで提供しました。半年後にはアップルミュージックの有料会員数は600万となっていました。
アイディアの模倣は簡単だ。アップルのようなデジタルの巨人にとって、規模の拡大はきわめて容易だ。さらに音楽ストリーミング事業は、価値構築は(当初は)比較的単純であり)、大手レコード会社はどの企業にも同じ音楽へのアクセスを許可していた。アップルのリーチカとブランドカを目の前にして、コア商品での差別化がスポティファイにとって最大の課題となった。
しかし、アップルの攻勢にもかかわらず、スポティファイはスポティファイは万全な防御戦略をとることで、アップルに勝利しています。アップルの会員数が7200万なのに対して、スポティファイは3億4500万まで拡大しています。うち1億5500万が有料会員になっています。
エコシステムにはパートナー戦略が欠かせない理由
エコシステムの防御は、集団で行うものである。
スポティファイの勝因はパートナー戦略でした。アップルの参入で広告ベースの無料ストリーミングがなくなることに反対し、スポティファイの存続を死守したパートナーは、大手レコード会社3社でした。ソニーミュージック、ユニバーサルミュージック、そしてワーナーミュージックは、合計で世界の音楽市場の65~70%を占めていました。彼らはデジタル音楽配信をアップルに独占させるのを嫌がり、スポティファイをサポートしたのです。
ナップスターのオンラインでの著作権侵害サービスに対抗したいレコード会社にとって、楽曲を99セントの定額(レコード会社の取り分は約70セント)で提供するiTunesは当初は救世主でした。
しかし、アルバムから楽曲を切り離したことで、アップルは長年続いた消費者の行動を一瞬で変えてしまいました。音楽ユーザーは12曲相当が入ったCDを16ドルで購入する代わりに、アルバムの中から本当に欲しかった2曲に1ドル98セントを支払うことにしたのです。結果、レコード会社の売上に悪影響を及ぼしたのです。
米国内のレコード業界の売上は、ナップスターの登場後5年間12%減少しましたが、その後のiTunesの登場後5年間でなんと212%も減少したのです。アルバム販売でビジネスを行なっていたレコード会社のビジネスモデルが崩壊したのです。
ガートナーの証券アナリストは2006年の状況を、「アップルと競うオンライン小売業者がいないことで、レコード会社は値上げのための道徳的根拠と切り札を失った」と喝破しました。レコード会社がアップルから値上げを認められない厳しい状況下で、スポティファイが登場したのです。
スポティファイのストリーミングは演奏ごとにロイヤリティが支払われる仕組みでは、人気の楽曲が大きな売上を上げることとなり、価格づけに失敗したシングル販売にとっても良い話でした。
レコード会社にとっては、楽曲へのアクセスを求める新参者のスポティファイをひきつけた音楽資産も重要だったが、新たな世代のアーティストをサポートするという魅力も、同様に重要だった。こうして法律的にもユーザーにとってもフレンドリーなサービスが、アルゴリズムやキュレーションによって作成されたプレイリストを通じて、消費者は音楽の好みを広げることができるようになった。
スポティファイのケースから、エコシステムの防御は、戦略的な規律であることがわかります。広告ありの無料会員数が増加したことで視聴傾向のデータが増え、リスナーと新たな音楽とをつなぐための「おすすめ」(レコメンデーション)を行う、「発見」へのイノベーションの道が開けたのです。
2011年フェイスブックと連携したことで、同社の「発見」が強化されました。ユーザーがスポティファイで視聴した楽曲やアルバムがフェイスブックのタイムラインにシェアされ、ソーシャルネットワークでの検索が可能となり、会員がフェイスブック内でその音楽を聴けるようになりました。
スポティファイが機械学習とAIによって、リスナーと音楽とを結びつける機能をさらに強化したことで、「発見」はさらなる飛躍を遂げました。
2017年に開始された「スポティファイ・フォー・アーティスト」では、アーティストのために強力なツールを用意しました。アーティストがデータ分析ヘアクセスし、リスナー数やファンの居場所を調べることができるようになったのです。ファンとつながることで、アーティストはライブの宣伝ができるようになるだけでなく、プロフィールをカスタマイズすることで、プレイリストに楽曲を入れることも可能になりました。結果、顧客体験もよくなり、ますますスポティファイは成長します。
スポティファイはアマチュアのアーティストとの直接契約でストリーミングを手掛けようとしますが、これがパートナーであるレコード会社から不興だったためこのモデルをストップします。
スポティファイは教訓を得た。同盟相手の領域で強力な能力を発揮すれば、危機を招く結果につながる。同盟関係を維持するには、自社の衝動と成長の方向に対し、規律を保つ必要がある。しかし当然のことだが、重要な協力者に頼らない分野で同様の能力を発揮できれば、それは大きな成長を牽引する可能性がある。
この後、スポティファイはポッドキャストに新たな可能性を見出し、ポッドキャストにおける独占的なコンテンツホルダーと契約を結んだり、事業者をM&Aします。結果、キム・力ーダシアンやミシエル・オバマといったインフルエンサーのコンテンツを配信することで競合との差別化をはかりました。
スポティファイはポッドキャストという独占的なコンテンツを持つことで、差別化やユーザーのスティッキネス(粘着性)を高めることに成功します。スポティファイは同時に膨大なリスナー数を活用して、視聴を増やして、広告収益を上げたのです。
彼らは音楽だけでなく、あらゆるオーディオへとミッションを広げ、世界有数のオーディオプラットフォームとなることを宣言します。レコード会社との信頼関係を維持しながら、ポッドキャストのコンテンツホルダーという新たなパートナーとの関係を構築することで、スポティファイはアップルミュージックへの優位性を発揮しています。
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