日本人はなぜ科学より感情で動くのか 世界を確率で理解するサイエンスコミュニケーション入門(石浦章一)の書評

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日本人はなぜ科学より感情で動くのか 世界を確率で理解するサイエンスコミュニケーション入門
石浦章一
朝日新聞出版

本書の要約

科学者などの専門家は客観的なリスクで判断しますが、一般市民は主観的なリスクを重視ます。サイエンスコミュニケーターが一般市民との認識のギャップを埋め、お互いが同じレベルで理解し合えるようになると正しい選択ができるようになります。そのために、日本でも欧米レベルでサイエンスコミュニケーターを増員すべきです。

日本人の科学リテラシーが低い理由

私たちが生きている世界にはわからないことや解決したいことがまだまだたくさんある。だからこそ、世界を科学的に理解することが求められるのです。しかし21世紀になって、私たちの身の回りの科学がますます複雑になっていき理解しづらいものになったというのもまた紛れもない事実です。(石浦章一)

世の中の課題を解決するために科学やテクノロジーが進化しています。新しい発見により、昔、学んだことが間違っていたなどということはザラで、新たな知識をインプットしなければ、間違った選択をしてしまいます。

正しく世界を理解するためには、「科学リテラシー」を身につける必要があります。自動運転やAI、バイオなど新しいテクノロジーが登場することで、私たちが学ぶ領域が広がっています。

しかし、長年日本の教育では情緒を中心に授業が組み立てられているため、この科学リテラシーが軽視されていると著者の石浦章一氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)は指摘します。

日本の小学校では、読み書きともに情緒的な文章が偏重され、意見を読み取ることと感想を述べることに力点が置かれています。一方で、外界の事物を客観的に記述する訓練が疎かにされてしまうため、科学的に考えることを難しくしているのです。

大学入試も科学リテラシーを高めることに悪影響を及ぼしています。高校の途中で文系か理系かを選択させることで、文系の学生の数学や物理の勉強時間が少なくなっています。数学を勉強すると論理的な思考力、抽象的な思考力が養われますが、これを身に着けないまま高校を卒業する学生が増えることで、日本人の思考に偏りが生じています。

科学では、頭で考えるだけではなくて、実験を行ったりすることも必要になりますが、大学入試では、実験する際に必要な「現象への関心」や「観察のセンス」を確認することができません。科学者に必要な手際のよさとも見逃されています。入試では、頭の中で計算できる人だけが評価されるため、手際のよさを身につけることができなくなっています。

サイエンスコミュニケーションが重要な理由

科学リテラシーは、私たち全員が持たなければならないものなのです。私たちの健康は、すべて科学によって保たれていますし、環境問題に対処し、地球の未来をつくるのも、みんなそうです。

科学リテラシー向上を目指す取り組み全般のことを「サイエンスコミュニケーション」といいますが、日本はこの分野で遅れをとっています。サイエンスコミュニケーターが少ないことで、正しい情報が伝わらなくなっていて、日本人がフェイク情報によって間違った選択をしています。

遺伝子組換え農作物については、文献を1000本レビューした結果があります。遺伝子組換え作物(食品としては大豆とトウモロコシ)について、これらが健康や環境に与える悪影響を示すエビデンス(証拠)は今まで見つかっていませんが、多くの日本人はイメージに流されることで、遺伝子組み換え食品を危険視しています。

科学的な客観的リスクと一般市民の考える主観的なリスクは違うのです。そのため、いくら専門家が科学的な説明をしても、それが通じないということになります。結果的には価値判断の問題なのです。

遺伝子組換え食品は安全だと考えている人たちの割合は、専門家では9割近く(88%)になりますが、一般市民は4割を切っています(37%)。遺伝子組換え食品について、専門家はほぼ全員が安全だと思っていますが、一般市民との認識には大きなギャップがあるのです。

サイエンスコミュニケーターがいくら正しいことを説明しても納得せず、「いや、今は危険がないかもしれない。だけど先はわからないではないか」という論理(危険来襲論理)をメディアで振りかざす人がいます。

遺伝子組換え食品でも放射線でも、自分が気に入らないものについては、「今は危険がないかもしれないが、10年後に危険が来るかもしれない」とか「子孫に影響を及ぼす可能性がある」という可能性を指摘することで、彼らは恐怖を煽っているのです。一部の声の大きな評論家がメディアに露出し、この危険来襲論理を説くことで、世の中に間違った世論を形成しています。メディア側も正しい情報を伝えるために、出演者の人選にはもっと注意を払うべきです。

科学者などの専門家は客観的なリスクで判断しますが、一般市民は主観的なリスクを重視ます。サイエンスコミュニケーターが一般市民との認識のギャップを埋め、お互いが同じレベルで理解し合えるようになると正しい選択ができるようになります。そのために、日本でも欧米レベルでサイエンスコミュニケーターを増員すべきです。


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