イノベーションの世界地図――スタートアップ、ベンチャーキャピタル、都市が描く未来(上原正詩)の書評

two men sitting at a table looking at a laptop

イノベーションの世界地図――スタートアップ、ベンチャーキャピタル、都市が描く未来
上原正詩
技術評論社

イノベーションの世界地図(上原正詩)の要約

イノベーション・ハブを築くためには、スタートアップ・エコシステムが欠かせません。ここには投資家、支援機関、教育機関、政策立案者、専門サービス提供者、大企業などの参加が求められます。各メンバーの充実度とネットワークの緊密さがハブの強さを決定し、中でもVCがイノベーションに重要な役割を果たしています。

イノベーション・ハブが世界各国に誕生!

ベンチャーキャピタルというリスクマネーをスタートアップに提供する生態系の要の存在でアメリカが先行し、中国もアメリカからその金融システムを移植することに成功しました。今ではインドやシンガポールがベンチャーキャピタルのリスクマネーを呼び込むことに成功しています。カネがあり、優秀な人材がいる都市にイノベーション・ハブが形成されつつあります。(上原正詩)

本書イノベーションの世界地図は、グローバルなイノベーションのトレンドを詳細にに描き出しています。日本経済新聞出身の投資家上原正詩は、スタートアップ企業、ベンチャーキャピタル、そして都市がいかに未来を形作っているかを綿密に探求しています。

上原氏は、シリコンバレーからテルアビブ、深センから北京、ロンドンからニューヨークまで、世界中のイノベーション拠点の強みをVCの視点から明らかにしています。読者は本書からグローバルなイノベーション・エコシステムの全貌を把握することができます。

本書の特筆すべき点は、最新のテクノロジートレンドを具体的なスタートアップやユニコーン企業の事例を通じて解説している点です。ビッグデータ、ドローン技術、モビリティ革命、金融分野におけるスーパーアプリの台頭、ゲノム編集技術、人工知能(AI)の進化など、現代社会を大きく変革しつつある技術の動向が、実際のビジネスモデルや成功事例と共に紹介されています。

各技術分野におけるリーディングカンパニーの戦略、資金調達の動向、規制当局との軋轢など多角的な視点からレポートされています。さらに、本書はイノベーションを生み出す「場」としての都市の役割にも注目しています。

シリコンバレーモデルの進化、中国の深センにおける「ハードウェアのシリコンバレー」の形成、イスラエルのスタートアップ・ネーションとしての台頭など、世界各地で形成されつつある独自のイノベーション・エコシステムの特徴が詳細に分析されています。著者の知見がイノベーション後進国の日本の起業家育成のヒントになっています。

スタートアップとベンチャーキャピタルによるイノベーションを展望すると、今後も引き続きアメリカが世界をリードするでしょう。アメリカではソフト開発から始まり、あらゆる分野にベンチャーキャピタル投資が浸透しています。

当初、ソフトウェア開発を中心に始まったベンチャーキャピタル投資は、現在ではあらゆる産業分野に浸透しています。特筆すべきは、従来は参入障壁が高いとされてきた分野にまでその影響力が及んでいることです。 例えば、長らく既存の大企業が支配していた防衛産業にも、スタートアップの波が押し寄せています。

ビッグデータ解析、AIやロボティクス、ドローン、サイバーセキュリティなどの最先端技術を活用した新興企業が、従来の防衛産業の在り方を変革しつつあります。ベンチャーキャピタルは、こうした革新的なスタートアップに積極的に投資を行い、産業全体の変革を加速させています。ピーター・ティールのファンダーズ・ファンドはパランティアやアンドゥリル・インダストリーズに出資を行っています。 

かつては国家主導のプロジェクトがロケット開発の中心でしたが、現在では民間企業が主導権を握りつつあります。スペースX社やブルーオリジン社などの宇宙ベンチャーの成功は、この分野における民間投資の可能性を示す象徴となっています。前日のファンダーズ・ファンドは、マスクのスペースXに出資し、宇宙産業の新時代を切り開くことに貢献しています。

さらに注目すべきは、投資回収に10年以上かかるとされるディープテック分野への投資です。量子コンピューティング、核融合、次世代バッテリー技術など、長期的な研究開発が必要な分野にも、ベンチャーキャピタルのマネーが流れ込んでいます。これは、アメリカの投資家たちが長期的な視点を持ち、真に革新的な技術の育成に取り組んでいることを示しています。

アメリカのイノベーション・エコシステムの強さは、成功した起業家たちが次世代の起業家を支援するという好循環にも表れています。スタートアップを立ち上げて裕福になった起業家たちの多くは、投資家に転じています。彼らは自身の経験と資金を活用して、若い起業家たちを支援しています。この「ペイフォワード」の精神は、アメリカのスタートアップ文化の重要な要素となっています。

また、アメリカの優秀な大学が世界中から留学生を惹きつけていることも、イノベーション・エコシステムの強化につながっています。これらの高度技能を持つ移民たちは、スタートアップにとって貴重な人材供給源となっています。多様な背景を持つ人材が集まることで、新しいアイデアが生まれやすい環境が形成されています。

世界に広がるイノベーションの交差点とスタートアップ生態系の構成要素

アメリカのイノベーション・エコシステムを語る上で、ベイエリアの存在は欠かせません。Apple、Google、Metaといった世界を代表するテクノロジー企業が本社を構えるこの地域は、まさに「イノベーションの交差点」と呼ぶにふさわしい場所です。

これらの巨大企業の成功は、単に彼ら自身の努力だけでなく、彼らを支えたベンチャーキャピタル(VC)の存在も大きな要因となっています。セコイア・キャピタルはAppleに投資し、クライナー・パーキンスはGoogleとAmazonに投資しました。Facebookにはアクセルやピーター・ティールのファウンダーズ・ファンドが投資を行い、アンドリーセン・ホロウィッツはSkype、Instagram、Twitterなど、現代のデジタル社会を形作る多くの企業に投資しています。

こうしたVCの存在がベイエリアのイノベーション・エコシステムを強化しています。彼らは単に資金を提供するだけでなく、経験豊富な起業家や投資家のネットワークを活用して、スタートアップの成長を多面的に支援しています。また、成功した起業家が新たな投資家となり、次世代の起業家を支援するという好循環も生まれています。

しかし、アメリカのイノベーション・エコシステムはベイエリアだけに限定されるものではありません。シアトル、ロスアンジェルス、ニューヨーク、ボストンなど、他の主要都市にもそれぞれ特色あるイノベーション・ハブが形成されています。

シアトルはAmazonとMicrosoftという2つのテック巨人を擁し、クラウドコンピューティングやeコマースの分野で強みを発揮しています。同社の出身者が次々シアトルでイノベーションを起こしていますが、マドローナがVCとして彼らに資金をていきょうしています。

ロサンゼルスのサンタモニカは、エンターテインメント産業とテクノロジーの融合が進む「Silicon Beach」として知られています。SnapchatやTinderなどのソーシャルメディア企業が生まれた地でもあり、VRやARなどの次世代メディア技術の開発も盛んです。イーロン・マスクのSpaceXが宇宙開発を主導し、ロサンゼルスやロングビーチには「Space Beach」が形成されています。

ニューヨークは金融とメディアの中心地であり、フィンテックやアドテックの分野で多くのイノベーティブな企業を生み出しています。また、ファッションテックやリテールテックなど、伝統的な産業とテクノロジーの融合も進んでいます。ニューヨーク市長だったブルームバーグは「都市こそがイノベーションの原動力」だと言い、スタートアップの誘致に積極的で、テック人材の育成にも乗り出しました。

ボストンは世界屈指の教育機関であるMITやハーバード大学を擁し、バイオテクノロジーやロボティクス、人工知能の分野で強みを持っています。大学発のスタートアップも多く、アカデミアと産業界の連携が盛んです。 これらの都市にも、それぞれの特色に合わせたVCが存在し、地域のイノベーション・エコシステムを支えています。

各地域のイノベーション・ハブは、それぞれの強みを活かしながら、同時に他の地域とも密接に連携しています。例えば、シリコンバレーで生まれた技術がニューヨークの金融産業に応用されたり、ボストンの研究成果がロスアンジェルスのエンターテインメント産業に活用されたりと、地域を超えた相互作用が起きています。

グローバルなイノベーション・ランドスケープを見渡すと、各国でイノベーション・ハブと呼ばれる特定の都市や地域が浮かび上がってきます。中国では北京、上海、深圳、杭州の4都市がスタートアップの約8割を占め、インドではバンガロール、デリー、ムンバイが、英国ではロンドンが、イスラエルではテルアビブが、それぞれイノベーションの中心地となっています。

特筆すべきは、イスラエルの「スタートアップ国家」としての躍進です。ビジネスの中心地テルアビブ周辺には多くのスタートアップが集積し、GDP当たりのユニコーン数では世界一を誇ります。この成功の背景には、イスラエル特有の地政学的状況があります。常に戦争リスクにさらされてきた環境下で、国は軍事・研究開発に力を注ぎ、情報技術に長けた技術系エリート軍人を育成してきました。

これらの人材が軍務を終えて起業し、国の誘致政策で集まったベンチャーキャピタルが資金を提供することで、独自のスタートアップ生態系が形成されました。米国での上場や大手テック企業による買収など、数多くの成功事例が生まれ、グローバルに活躍するスタートアップが途切れることなく育っています。

一方、シンガポールは東南アジアを代表するスタートアップ・ハブとして注目を集めています。小さな都市国家でありながら、人口一人当たりのユニコーン数ではイスラエルに次ぐ世界2位となっています。シンガポールの特徴は、アジアのみならず世界各地から起業家を惹きつけている点です。現在のユニコーンの3分の2は外国人が立ち上げた企業であり、多様性に富んだグローバルなエコシステムが形成されています。

これらのイノベーション・ハブに共通するのは、スタートアップを育てる仕組み、すなわち生態系(エコシステム)が発展していることです。

調査・コンサルティング会社のスタートアップ・ゲノムは、スタートアップ生態系を「政策立案者、アクセラレーター、インキュベーター、コワーキングスペース、教育機関、資金提供者を含む、(スタートアップが活用する)資源の共有プール」と定義しています。

起業家教育で有名なバブソン大学のピーター・コーハン上級講師は、生態系がシェアする「コモンズ(共有地)」として、柱となる企業、大学、人材、投資資金、メンターのネットワーク、価値観の6つを重要視しています。

さまざまな知見をまとめると、スタートアップ・エコシステムの主要なプレーヤーは以下のようになります。
・ベンチャーキャピタルやエンジェルなどの投資家
・アクセラレーターやインキュベーター
・コワーキングスペースなどの支援機関、大学などの教育機関、
・政府などの政策立案者
・弁護士、会計士、メディアなどの専門サービス提供者
・大企業

各要素の層の厚さ、ネットワークの濃密度が、イノベーション・ハブの強さとなって表れると考えられます。 これらの構成要素の中でも、特に重要な役割を果たしているのがベンチャーキャピタルなどの投資家です。

彼らは単に資金を提供するだけでなく、経営指導やネットワーキングの機会を提供し、スタートアップの成長を多面的に支援しています。 イノベーション・ハブの成功は、これらの要素が有機的に結びつき、相互に作用し合うことで生まれます。起業家精神を育む文化、リスクを許容する社会環境、失敗を恐れない姿勢なども、エコシステムの重要な要素となっています。

今後、世界各地でイノベーション・ハブの発展が進む中、各地域の特色を活かしたユニークなエコシステムが形成されていくことが予想されます。

日本のユニコーンを増やすために必要なこと

日本が世界、特にアメリカと中国に後れをとった背景には、クラウドサービス、スマートフォンという2000年代後半に起きた「革命」に取り残されたことがあったのではないでしょうか。

イスラエルの調査会社スタートアップブリンクが2023年に発表したスタートアップ数のトップ20国のランキングは、貴重な洞察を提供しています。このデータによれば、日本には11万3000社のスタートアップが存在しているとされています。

これは、352万5000社を有するアメリカの約30分の1、65万2000社の中国の約6分の1に相当します。 このデータから浮かび上がるのは、日本のスタートアップ・エコシステムの裾野自体が、他の主要国と比較して狭いという現実です。ユニコーン企業の数がアメリカの約90分の1であることを考慮すると、日本のスタートアップ・エコシステムは量的にも質的にも課題を抱えていると言えるでしょう。

「イノベーションの世界地図」を描く過程で浮き彫りになった一つの重要な洞察は、世界中にイノベーションを牽引する巨人たち、いわゆる「アトラス」が数多く存在するという事実です。これらの卓越した個人の存在が、イノベーション・ハブの形成と発展に決定的な役割を果たしていることが明らかになりました。

しかし、この現象は同時に、日本でイノベーションが十分に起こらない理由を考える上で重要な示唆を与えています。 スマート革命移行、AppleやGoogleなどがイノベーションの起点になり、様々なプレーヤが参加し、巨額な資金をスタートアップに投資してきました。

他にもイーロン・マスクのような多方面で革新を起こす起業家、ジェフリー・ヒントンのようなAI研究の第一人者、ジャック・マーのようなテック業界全体を変革する企業家、ムケシュ・アンバニのような国全体のデジタル化を推進する実業家など、各分野で圧倒的な影響力を持つ「アトラス」が存在します。

さらに、ピーター・ティールやマーク・アンドリーセンのような起業家兼投資家、ヌーバー・アフェヤンのようなバイオテクノロジー分野のイノベーター、李開復氏のような国境を越えて活躍する起業家兼投資家も、イノベーション・エコシステムの形成に大きく貢献していると著者は指摘します。

これらの「アトラス」たちの周りには、才能ある人材が自然と集まり、新たなアイデアが生まれ、革新的なプロジェクトが次々と立ち上がっています。その結果、シリコンバレー、深セン、テルアビブ、ベンガルールなど、世界各地にイノベーション・ハブが形成されています。

一方、日本の状況を見ると、このような「アトラス」的存在の不足が、イノベーションの停滞につながっている可能性があります。日本には確かに優秀な技術者や研究者が多数いますが、世界規模で影響力を持ち、産業全体を変革するような起業家や投資家が相対的に少ないのが現状です。

この背景には、日本の社会構造や教育システム、企業文化など、複数の要因が絡み合っています。例えば、日本の教育システムは従来、リスクを取ることよりも安定を重視する傾向にあり、挑戦的な起業家精神の育成が十分ではありませんでした。また、大企業中心の経済構造が長く続いたことで、新興企業が急成長するための環境が整っていないという課題もあります。

さらに、日本の投資環境も、シリコンバレーなどと比べると、リスクの高い新興企業への投資に対して保守的な傾向があります。これにより、革新的なアイデアを持つ起業家が十分な資金を調達できず、グローバル規模での成長が阻害されている可能性があります。 加えて、日本の企業文化においては、失敗を恐れる風潮や、年功序列的な組織構造が依然として根強く残っています。

日本がイノベーションを活性化させるためには、教育システムの改革、起業家精神の育成、リスク資本の充実、グローバル人材の育成など、多面的なアプローチが必要です。 特に重要なのは、次世代の「アトラス」となりうる人材を発掘し、育成することです。

そのためには、若い世代に早い段階から起業家精神を植え付け、失敗を恐れずに挑戦できる環境を整備することが不可欠です。また、海外の成功事例を学び、グローバルなネットワークを積極的に構築していくことも重要です。ユニコーン起業家の特徴であるコンピュータ科学、電気工学、数学の教育に日本は注力すべきです。

起業家、投資家、政策立案者、そして未来の産業に関心を持つすべての人々にとって、この本は間違いなく貴重な指針となるでしょう。上原氏の鋭い分析と豊富な事例研究を通じて、読者は急速に変化するグローバルなイノベーション・ランドスケープを把握し、その中で自らの立ち位置を見出すための重要な示唆を得ることができます。 

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