イノベーションはなぜ途絶えたか: 科学立国日本の危機 (山口栄一)の書評

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イノベーションはなぜ途絶えたか: 科学立国日本の危機
山口栄一
筑摩書房

本書の要約

理系・文系の壁を超えた異なる背景や専門分野を持つ人々が、同じビジョンのもとに集まることで、より多様なアイデアが生まれ、新しい視点やアプローチが生まれる可能性が高くなります。目利きであるイノベーション・ソムリエがそこに的確な投資・サポートを行うことで、結果を出せるようになります。

なぜ、日本企業がこの30年で衰退したいのか?

進展するグローバリゼーションの中で日本社会は旧来の産業モデルに固執して、時代に即したイノベーション・モデルを見出せないまま、周回遅れで世界から取り残されている。日本はリスクに挑戦する力を失い、研究・開発で創造してきた多くの新技術を経済価値に変えることに失敗したのである。(山口栄一)

本書が書かれたのは2016年で今から7年前なのですが、物理学者、イノベーション政策学者の山口栄一氏がその時に提案したことが、未だに実現していないのがこの国の実態です。科学者や研究者を軽視し続けてきた結果、日本の産業競争力の低下が続いてしまったのです。

この国でイノベーションが途絶えた理由として、「才能ある起業家が現れなくなった」「日本人は大企業志向で起業家精神に欠ける」といった文化的要因が原因だと意見が支配していますが、それだけでなく制度的・構造的な問題も解決すべきだというのが著者の主張になります。

日本企業の中央研究所は、80年代においては最先端の研究をもとに数多くの技術革新を生み出していました。なんと国全体の研究費の8割は民間企業が拠出していたのです。80年代に多くのイノベーションを日本で起こせたのは、日本企業の研究費が多く、研究員が基礎研究も含め、多様なことにチャレンジできていたからなのです。

90年代後半に入いるとアメリカの経営を見習い、多くの日本企業は基礎研究の分野から撤退を始めます。日立、NTT、ソニーなどの大企業が研究から手を引くことで、イノベーションの担い手が減っていたのです。2000年以降、日本の科学もサイエンス型産業も目に見える形で零落し、日本は世界から取り残されてしまいました。

大学院生が自らの創造性を社会に発揮できる機会が大幅に減り、若者は民間企業に入っても研究はできないと判断しました。物性・応用物理学、材料科学、生化学・分子生物学を修める若手研究者はどんどん減り、結果的に論文数も減っていったのです。基礎研究者の現象により、今後、日本人のノーベル賞受賞者も減ると予測されています。

一方、アメリカでは研究所から去った科学者が起業という選択をしました。政府主導で、大学、企業など社会全体の多種多様な関係機関が自律的に活動し、競争と補完関係の中でイノベーションの創出を加速していく「イノべーション・エコシステム」をつくりあげたのです。

アメリカはこのSBIR((Small Business Innovation Research))制度により、イノベーターになろうとする科学者を支援しました。科学者は事業の構想段階から身銭を切ることなく、サイエンス・ビジネスを起業できるようになったのです。

SBIR制度とは、「スモール・ビジネスこそがイノベーションを起こす」という仮説に基づいて国家が打ち出した大胆な産業政策であり、若き無名の研究者をベンチャー起業家に育てることを企図した国家プロジェクトでもある。

政府は無名の若い科学者に具体的な挑戦課題と自己負担のない資金を与え、イノベーションを起こさせる仕組みをつくりました。

政府は、将来のパラダイム破壊型イノベーションを構想し、社会システムに落とし込むことのできる人材を研究者たちから募りました。「イノベーション・ソムリエ」という科学行政官が目利きをすることで、イノベーションを起こす科学者をサポートしたのです。

パラダイム破壊型イノベーションには、「創発」のプロセスが欠かせません。科学者が研究者になるのみならず、起業家になるとともに科学行政官(プログラム・ディレクターやプログラム・マネージャー)になることを促し、強固なイノベーションのための社会システムを築き、この創発を実現していったのです。

アメリカには、イノベーションを起こすための3つのタイプの科学者がいるのです。
①科学研究を行なう研究者
②科学研究およびサイエンス型産業創造のプロデューサー
③科学から経済価値・社会価値を生み出すイノベーター

残念ながら、日本には米国のように研究者にも匹敵する知識と経験を有した科学行政官がいないのが実態です。この目利きの欠如が日本企業の衰退を招いた要因の一つなのです。

日本にイノベーション・ソムリエが必要な理由

世界のどこでパラダイム破壊が起きているのかを探索する「技術インテリジェンス」を実行するチームを常備しておくことだ。すなわち目利きの「イノベーション・ソムリエ」チームである。それなしに企業活動ができる時代は、もはや終わった。

日本でもイノベーションを起こすための科学者のサポーターによって、ベンチャー・スタートアップの起業家を支援すべきです。「イノベーション・ソムリエ」を養成することが、未来を拓くイノベーション創出には不可欠だと著者は指摘します。

同時に、未来社会のビジョンをいつも構想するチームを配置することも求められます。未来を構想できるビジョナリストが「イノベーション・ソムリエ」チームに参加し、起業家とタッグを組むことで、成長分野への投資が可能になります。

自然科学のみならず社会科学・人文科学を縦横無尽に回遊できる人材の育成が、日本の喫緊の課題なのです。イノベーション・ソムリエは、ある一つの分野に特化するのではなく、自然科学や人文・社会科学を自由に回遊して社会全体を俯瞰する視座を持たなければなりません。そのためには、文系と理系の壁を破壊し、お互いが共鳴し合う場をつくる必要があるのです。

どんな社会課題が立ち現れたときにも、「知の越境」をしながらさまざまな分野の知慧を使って課題を言語化し、それを解決するのである。

周回遅れの日本が、科学もイノベーションも滅びゆく国にならないためには、どのようにイノベーションが起こるのかを理解し、研究者や起業家に対して積極的な投資を行うべきです。

理系・文系の壁を超えた異なる背景や専門分野を持つ人々が、同じビジョンのもとに集まることで、より多様なアイデアが生まれ、新しい視点やアプローチが生まれる可能性が高くなります。目利きであるイノベーション・ソムリエがそこに的確な投資・サポートを行うことで、結果を出せるようになります。

イノベーションソムリエがベンチャー企業の経営者をサポートし、成長にコミットすることが今の日本には必要なのです。


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