読みだしたら止まらない 超凝縮 人類と経済学全史
アンドリュー・リー
東洋経済新報社
人類と経済学全史(アンドリュー・リー)の要約
経済学には、私たちの生活をより豊かにし、社会を改善する力があります。難しい数式や専門用語を理解しなくても、基本的な概念を学ぶだけで、新しい視点を得ることができるのです。経済学は、日常生活のさまざまな問題を解決する手助けをするだけでなく、制度設計や公共政策をより効果的に考えるための基盤となります。また、経済学の知識を活用することで、社会の課題に対してより持続可能で公平な解決策を見出すことも可能です。
経済学が人間の未来を豊かにしてくれる?
先史時代の人々はひとりですべてのことをしなくてはならなかった。それに対し、現代の労働者は自分の得意なことを専門に手がけている。わたしたちは市場を介することで、自分の生産物を他人の生産物と交換することもできる。しかも市場では価格のインセンティブ効果が働くので、ものが不足すれば生産活動は活発になるし、ものが余れば抑制される。ただし市場システムは完璧ではない。むしろ完璧からはほど遠い。「市場の失敗」によって、失業やカルテル、交通渋滞、過剰漁獲、汚染をはじめ、数々の問題が生まれている。 (アンドリュー・リー)
オーストラリア国立大学経済学部の元教授のアンドリュー・リーは、経済学を難しい数式や抽象的な理論としてではなく、私たちの日常生活に深く関わる実用的な知恵の集まりとしてわかりやすく紹介しています。彼は、複雑な経済の仕組みをやさしい言葉で説明し、それが私たちの暮らしとどうつながっているかを明確に示してくれます。
本書は、楽しく学べる工夫が盛り込まれており、経済学の歴史や進化を自然に理解できる内容となっており、読者にとって親しみやすい一冊になっています。
リーの経済学の壮大な物語は農業革命から始まります。人類が狩猟採集生活から定住農耕生活へと移行する過程で、生産様式は大きく変化しました。農耕技術の発展により、食料生産は安定化し、余剰生産物が生まれるようになります。この余剰は、やがて交換経済の発展を促すことになります。
この変化は、後の産業革命期における経済理論の形成に重要な示唆を与えることになります。産業革命期には、蒸気機関をはじめとする画期的な技術が次々と登場し、生産性が飛躍的に向上しました。この革命がなければ、経済成長は散発的なものにとどまり、平均寿命の大幅な延びも実現しなかったでしょう。
同時に、この時代にはアダム・スミスをはじめとする古典派経済学者たちが、市場経済の仕組みに関する深い洞察を築き上げていきました。 彼らは、個人が利己的に行動することで、その行動が「見えざる手」によって調整され、結果として社会全体の利益に結びつくという市場経済の基本原理を発見しました。
この考え方は、経済活動の根本的なメカニズムを理解する上で大きな転換点となったのです。市場経済システムの核心には分業という概念があります。
現代社会では、誰も一人ですべての技能を習得する必要はありません。それぞれが得意分野に特化し、市場を通じて生産物を交換することで、社会全体の生産性は向上します。医師は医療に、教師は教育に、農家は農業に専念することができます。
このような専門化は、各分野での技術革新や効率化を促進する要因にもなっています。価格メカニズムは、需要と供給のバランスを調整する重要な役割を果たしています。
物資が不足すれば価格は上昇し、生産は刺激されます。反対に、供給過剰になれば価格は下落し、生産は抑制されるのです。この価格メカニズムを通じて、限られた資源は最も必要とされる用途に効率的に配分されることになります。
しかし、市場システムは完璧ではありません。「市場の失敗」と呼ばれる現象により、失業、カルテル形成、環境汚染といった様々な社会問題が発生します。特に環境問題は、市場の失敗の典型的な例です。企業は生産活動による環境負荷のコストを十分に考慮せず、結果として社会全体に悪影響を及ぼすことになります。
ミクロ経済学は、個人や企業の行動を分析し、市場メカニズムの働きを解明します。一方、マクロ経済学は、経済全体の動きを把握し、景気変動や経済成長のメカニズムを研究します。
特に近年は、行動経済学の発展により、人間の非合理的な側面にも光が当てられるようになってきました。人間は必ずしも完全な合理性に基づいて行動するわけではなく、感情や直感に導かれることも少なくありません。この発見は、従来の経済理論に重要な修正を迫ることになります。
経済学者の考え方を学べば、人生をよりよい方向に変えられるだろう。経済学には知られざる魅力がある。それは誰でも理解できる重要な概念をいくつか知れば、そこからすばらしい洞察が導き出せるということだ。 制度には人の行動を変える力がある。
経済学者の考え方を学ぶことで、人生をより良い方向に変えることができるかもしれません。経済学には、まだ多くの人に知られていない魅力があります。それは、いくつかの重要な基本概念を理解するだけで、そこから新たな視点や深い洞察を得ることができるという点です。
たとえば、「制度には人の行動を変える力がある」という考え方は、私たちの生活に直接的な影響を与える示唆を含んでいます。 経済学の知見は、私たちの暮らしをより豊かで意味のあるものにする可能性を秘めています。複雑な数式や専門用語を理解する必要はありません。基本的な経済学の考え方を身につけるだけでも、物事を新しい角度から見る視点を得られるのです。
制度設計の重要性を理解することで、より効果的な公共政策を考える力が身につきます。また、気候変動や貧困といった現代社会の大きな課題に取り組む際にも、経済学の考え方は大きな助けとなるでしょう。
経済学の視点を用いれば、日本が第二次世界大戦で敗れた理由も明らかになります。戦争の結果は、戦争が始まる前の経済的な基礎条件、つまりファンダメンタルズからある程度予測できたのです。南北戦争や第一次世界大戦でも同じように、開戦時の資源や経済的な優位性が最終的な勝敗に決定的な影響を与えました。
第二次世界大戦では、連合国(イギリス、フランス、その同盟国)が枢軸国(日本、ドイツ、イタリア、その同盟国)に比べて圧倒的な経済的・資源的な優位性を持っていました。具体的には、連合国は枢軸国の2倍の人口、7倍の領土面積、そして1.4倍の総収入を誇っていました。このような経済的優位性が、戦争の進行と結果に大きな影響を与えたのです。
現代の経済学は、さらなる進化を続けています。新しいデータや分析手法の登場によって、これまで以上に精密な理論の構築が可能になりつつあります。また、心理学や社会学、政治学といった隣接分野との協力も進み、経済現象をより深く理解するための学際的なアプローチが広がっています。
このような進展によって、経済学は私たちの社会や日々の生活をより良くするための強力なツールとなっています。これからも経済学は発展を続け、私たちが直面する様々な課題を解決するための道筋を示してくれることでしょう。
人件費がイノベーションのインセンティブになる?
人件費が安ければ、労働の効率性の向上に投資するインセンティブは強まらないからだ。
人件費の高さと労働効率性の向上には密接な関係があります。労働力が安価で利用できる状況では、企業や組織が効率性向上のために革新的な技術やシステムに投資する必要性が低くなります。これが、経済や社会の発展における大きな制約となる場合もあります。
歴史を振り返ると、エジプトのピラミッド建設が一例として挙げられます。エジプトでは、ピラミッドを建造する過程で三角法やピタゴラスの定理といった数学的知識が活用されましたが、人件費が非常に低かったため、生産性を向上させるための技術革新にはほとんど投資が行われませんでした。
たとえば、重い石を運搬するための荷車のような道具が発明されなかったことは、人件費が安い環境では、手作業に頼る方が合理的と判断されていたことを物語っています。
このように、労働力が安価で豊富に供給される状況では、生産性向上に向けた動機付けが弱まるのです。 現代の例を挙げるなら、ヨーロッパの飲食業界における電子注文システムの導入が良い例です。ヨーロッパでは、接客係を雇うコストが高いため、効率化を図るための技術投資が早期に進みました。
具体的には、数十年前からタブレット端末を使った注文システムや、顧客が直接注文を入力できるデジタルインターフェースの導入が行われてきました。一方で、アメリカでは、労働力のコストが比較的低かったため、同様の技術革新が遅れる傾向が見られました。この対比は、労働コストの高さが効率性向上のインセンティブを強くすることを示しています。
この理論は、日本の状況にも適用できるかもしれません。日本では長年にわたり、特にサービス業における人件費が比較的安い水準で維持されてきました。このため、多くの企業は効率化のための大規模な投資を行うよりも、人手による運営を続ける方が経済的だと判断してきました。
たとえば、飲食店や小売業で見られるように、人手による接客が一般的であり、デジタル技術を活用した効率化の導入は他国に比べて遅れている側面があります。このような環境では、既存の方法に頼る方がコストを抑えられるため、革新的なアイデアや技術を取り入れる動機付けが弱まるのです。
しかし、労働力不足や高齢化が進む中で、日本においても状況は変化しつつあります。サービス業や製造業では、自動化やデジタル化の必要性が高まり、これまでの低コスト労働に頼るモデルが持続可能ではなくなりつつあります。
この変化は、新たなイノベーションの波を引き起こす可能性を秘めていますが、それには文化的な変化や長期的な視点に立った投資が求められます。 人件費の高さが効率化を促進する要因であることは歴史的にも現代的にも明らかです。
収入と幸福の関係を経済学から考える
1970年代に経済学者リチャード・イースターリンは、生活満足度に関する国際調査の結果から、収入が一定の水準に達すると、そこからいくら収入が増えても幸福度がそれ以上高まることはないという結論を導き出しました。この「イースターリンのパラドクス」は長い間、幸福と経済学の関係を考える上での定説とされてきました。
しかし、2000年代に入り、より大規模な調査データに基づく分析が行われ、この考えは覆されました。新しい研究によれば、収入が多い人ほど幸福度が高いことが明らかになったのです。 この新しいデータは、所得が高い人や高所得国に住む人々が幸福度だけでなく、より良い生活環境を享受していることも示しています。
例えば、所得が高いほど十分な休息を取り、人から敬意を払われ、よく笑い、おいしいものを食べている傾向があります。さらに、所得が高い人は肉体的な苦痛や悲しみ、退屈さを感じることが少なく、恋愛をする機会も多いという結果が示されています。
とはいえ、お金で幸福を増やせるという考えには限界があります。収入が増加すると、その満足感も比例して増えるように見えますが、この「限界効用」の法則によれば、収入が増えるごとに得られる満足度の増加幅は徐々に小さくなります。
たとえば、ホームレスの人と会社役員がそれぞれ収入の10%増加を経験した場合、満足度の増加は同じですが、実際の金額で見ると裕福な人の方がはるかに多くのお金を得ることになります。このため、近年多くの国で進行した所得格差の拡大は、全体的な幸福感に悪影響を及ぼしていると考えられます。
このような状況を是正するために、社会保障制度による富の再分配や累進課税の強化がしばしば提唱されています。お金を持たない人ほど、少額でも幸福感を得やすいため、富の公平な分配は社会全体の幸福度を向上させる有効な手段です。
国家間の所得格差に目を向ければ、その差は国内の格差以上に顕著です。西ヨーロッパの平均所得が1日109ドルであるのに対し、南米では39ドル、アフリカでは10ドルと大きな開きがあります。
例えば、アメリカの平均的な労働者が1カ月で生産する価値は、ナイジェリアの平均的な労働者が1年間に生産する価値に匹敵します。
このような経済格差を縮小するために、都市化やインフラ整備が推進されています。特にアフリカでは、農村から都市への移住が進むことで生産性が向上する可能性がありますが、現在でも都市に住む人口は全体の約半分にとどまっています。その一因として、土地の所有権が不明確なことが挙げられます。こ
のため、人々が住宅投資をためらい、政府も固定資産税の収入を増やせない状況が続いています。不動産登記制度を整備することは一見地味な取り組みに見えるかもしれませんが、アフリカの経済成長と繁栄の基盤を築く鍵となると著者は指摘します。
さらに、不平等の拡大以外にも経済の問題があります。経済学者ジョージ・アカロフの「アイデンティティー経済学」によれば、人々が自分をどのように認識するかが経済活動において重要な役割を果たしているとされています。
伝統的な経済モデルでは、収入を得ることは消費のための手段に過ぎません。しかし、多くの人にとってアイデンティティーは消費よりも生産活動を通じて形成されるのです。たとえば、初対面の相手に「何をしていますか」と尋ねることはあっても、「何を買っていますか」とは聞きません。
このように、生産活動は人々の自己認識に深く関わっているのです。 そのため、技術の進歩や貿易の拡大によって工場労働が失われた際、収入の減少に苦しむ中産階級にとって、安いテレビが買えるようになったことは十分な慰めにはなりませんでした。
こうした状況が、労働者階級の反発を生み、ポピュリズムの台頭を後押ししたと言います。このことからも、社会の安定を保つためには、失業率を低く抑え、人々が誇りを持って働ける環境を整えることが極めて重要になるのです。
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