ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する(ジョナサン・ゴットシャル)の書評

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ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する
ジョナサン・ゴットシャル
東洋経済新報社

ストーリーが世界を滅ぼす(ジョナサン・ゴットシャル)の要約

物語の両義性に対処するためには、私たち一人ひとりが健全な懐疑心と批判的思考力を養うことが求められます。特に、デジタルメディアが普及した現代においては、情報の正確性を確認し、感情的な反応に流されない冷静な態度が重要です。また、物語が持つ力を理解し、その作用を賢明に活用する姿勢が必要です。

物語はパラドックス。騙されないために何が必要か?

物語は古くから人類にとって恵みであり、災いでもあった。物語は私たちの病であり、癒しでもある。破滅も救済も物語がもたらす。物語が人類という種を高みに引き上げた。(ジョナサン・ゴットシャル)

物語は古くから人類にとって恵みであり、同時に災いでもある存在でした。私たちは物語を通じて世界を理解し、共有し、他者とつながる力を得てきましたが、その一方で、物語は私たちの理性を狂わせ、時には破滅的な結末をもたらす危険な側面も持っています。この両義的な性質こそが、物語を語る生き物である人間にとって避けがたい宿命とも言えるのです。

物語は人間の進化において欠かせない役割を果たしてきました。狩猟社会においては、神話や伝説が集団を結びつけ、共通の目標を共有する手段として機能しました。その後、農耕社会へと移行すると、より複雑な物語が必要とされるようになり、権威や身分社会を正当化するための道具としても用いられるようになりました。

このように、物語は私たちの文化や社会の基盤を築く重要な要素であり、また文明の発展を支える基礎でもありました。

しかし、物語には破壊的な力も秘められています。歴史を振り返れば、物語は操作や欺瞞の手段として使われ、時に戦争や分裂を引き起こしてきました。例えば、特定のイデオロギーや宗教に基づく物語は、多くの人々を狂信的な行動へと駆り立て、社会を深刻な対立や混乱に陥れることもあったのです。

いまや、人間の生活において物語の支配圏は広がり続けている。私たちが物語をどこまでも欲する生き物であるところにもってきて、物語を作り消費する量の制約をテクノロジーが取り払った。テクノロジー主導のストーリーテリングのビッグバンと並行して、物語が私たちの心にどう作用するかについての科学的な理解も進んだ。世界の主流の勢力がこの科学を取り入れ、実践している。

物語の供給量は、テクノロジーの発展によって飛躍的に増大しました。かつては物語を作ることも、消費することも制約がありましたが、現代のデジタル技術はその障壁をほぼ完全に取り除き、私たちは物語をいつでもどこでも享受できる環境を手にしています。この「物語のビッグバン」とも言える現象は、私たちの想像力を刺激し続ける一方で、物語がもたらす影響についての科学的理解も進めています。

特に、大企業や国家といった主要な勢力が、物語が人間の心に与える作用を巧みに活用していることは注目に値します。大企業はストーリーテリングを説得力のあるマーケティングツールとして積極的に取り入れ、消費者の感情や価値観に訴えかけています。

広告、ブランド戦略、ソーシャルメディアキャンペーンなど、多岐にわたる領域で、物語を駆使して人々の行動を変えることに成功しています。その背後には、心理学や神経科学の研究成果を応用した高度なストーリーテリング技術が存在しています。

また、国家間の力学においても、物語の力は従来以上に重要視されています。テクノロジーの進化により、従来型の物理的な戦争は財政的・人命的なコストが増大し、直接的な武力行使が難しくなりつつあります。その結果、戦場は現実の物理空間から、物語を通じて人々の想像力や信念を支配する「心の戦場」へと移行しています。

情報戦、プロパガンダ、サイバー戦争といった新たな戦術の多くは、物語の力を用いて相手の認識や価値観を変えることを目的としています。

特に、ソーシャルメディアやデジタルプラットフォームを通じた情報発信は、国家や勢力にとって効果的な武器となっています。これらのプラットフォーム上では、一見無害な娯楽やニュースが巧妙に編み込まれた物語を通じて、人々の意識に影響を与えることが可能です。その影響力は、従来の戦争やプロパガンダよりも迅速かつ広範囲に及び、グローバルな規模での心理的な支配を可能にしています。今や物語は武器になったのです。

こうした状況の中で、私たちが物語の力に対する理解を深め、健全な批判的思考を養うことはますます重要になっています。テクノロジー主導の物語環境の拡大は、私たちの創造力や共感を高める一方で、無意識のうちに操作される危険性もはらんでいます。

そのため、物語に対する感受性を持ちながらも、その背景や意図を見極める力を育てることが求められます。物語が人類の想像の世界に広がる新たな戦場であると同時に、それを賢明に活用する手段でもあることを認識し、その両面に対応する力を持つことが、これからの時代に必要とされる課題なのです。

ストーリーは私たちの感情を左右する!

最も重要な第五の優位性、すなわち物語が強い感情を生み出すことだ。

ストーリーテリングが他の情報伝達手段よりも懸念すべき存在であるのは、ストーリーテラー自身が道徳的に欠けているからではなく、物語という形式が極めて強力であるからです。物語には、人間の心理に深く作用する特性が備わっており、その影響力は他のどの情報伝達手段とも比較にならないほどです。

そのため、ストーリーテリングは、単なる伝達の手段を超えて、私たちの行動や価値観を大きく左右する力を持っています。

まず第1に、物語は他の情報伝達手段と異なり、私たちがそれ自体を愛するという特性を持っています。物語は人間の感情に訴えかけ、共感を呼び起こすため、聞き手や読み手はその内容に引き込まれ、物語の伝え手に対しても信頼感や親しみを抱きやすくなります。この点において、物語は単なる情報提供ではなく、聞き手の感情を動かす特別な力を持っているのです。

第2に、物語には「スティッキー」な性質、つまり粘着力があると言われています。情報が頭に入りやすく、記憶に残りやすいという点で、物語は科学的に優れていると実証されています。統計やデータを羅列するよりも、物語を通じて伝えた情報の方が、長く記憶される傾向があるのです。私たちが感動した映画や心に残る小説の内容を何年も覚えている一方で、ニュースや講義で聞いた事実を簡単に忘れてしまうのは、この特性によるものです。

第3に、物語には注意を引きつける圧倒的な力があります。例えば、好きなテレビドラマを観ているときや、止められない小説を読んでいるとき、私たちは他のことを考えたり、目の前の物語から意識を逸らしたりすることがほとんどありません。

物語は、私たちの注意を釘付けにする力を持ち、他の情報伝達手段が提供できない没入感を生み出します。 さらに、優れた物語は、他者に共有したいという欲求を引き起こします。物語は自然と口コミで広まり、人から人へと伝播していく力を持っています。

私たちが「ここだけの話」として噂話を広めたり、ネタバレを我慢できずに話してしまったりするのは、物語の中に込められたメッセージが強い社会的な吸引力を持つからです。この性質は、物語が単に一人の心にとどまらず、社会全体に影響を与える可能性を秘めていることを示しています。

最も重要な点として、物語は人間の心に強い感情を生み出します。悲しみや喜び、怒りや感動といった感情を喚起する力が、物語には備わっています。この感情の喚起は、私たちの行動や意思決定に直接影響を与えます。たとえば、感動的な物語をきっかけに寄付を行ったり、共感を覚えたキャラクターに影響されて価値観を変えたりすることがあるのは、物語が生み出す感情の力によるものです。

プラトンは、人間の心を三つの中枢で構成されると考えました。純粋な論理をつかさどる「ロジスティコン」が健全な心の支配者であるべきとされ、感情中枢や欲望中枢を抑える役割を果たすとしました。

しかし、不健全な心では感情や欲望が理性を飲み込み、心全体が混乱に陥るとされています。物語が持つ感情への影響力は、しばしばこの健全と不健全の境界を揺るがします。理性を麻痺させ、感情や欲望に引きずられる状態は、物語の影響を受けやすい私たちにとって警戒すべき側面でもあります。

ストーリーテリングが持つこれらの特性は、私たちが物語の力を正しく理解し、それにどう向き合うかを考える必要性を示しています。

物語は人間の行動を動かし、社会に変化をもたらす力を持つ一方で、その力が悪用された場合、理性を失った集団行動や社会的混乱を引き起こす危険性をはらんでいます。物語の魔力に囚われすぎず、その力を賢明に利用するためには、批判的思考と感情的な自制が不可欠なのです。

ストーリーに騙されない思考法を身に着けよう!

文化と技術の変化のスピードが速すぎるせいで、かつては私たちを高揚させまとめ上げてくれた物語が、狂気の元凶になっている。分離と無秩序の救済策であったものが、逆に原因になってしまった。

ネットフリックスをはじめとするストーリーテリングのデジタル・プラットフォームは、膨大なデータを収集し、私たちの物語に対する嗜好や行動を詳細に把握しています。彼らは、どのようなタイプの物語が私たちを夢中にさせるのか、あるいはどの瞬間に興味を失って一時停止や離脱をするのかを正確に記録しています。

さらに、私たちが視聴した作品や評価した内容、途中で視聴をやめた時間帯まで、微細なデータが蓄積されています。

このような情報は、単なる視聴体験の向上に留まらず、より深刻な用途へと応用されつつあります。 プラットフォームは収集したデータを基に、二つの重要な判断を行っています。

1つ目は、消費者全般に対してどのような物語が最も効果的であるかを分析することです。これにより、視聴者の大多数が興味を示すテーマやストーリーラインが特定され、次なるヒット作を効率的に制作できる仕組みが整っています。

2つ目は、個々の消費者に対して、どのような物語が最も効果的であるかを判断することです。これにより、視聴者一人ひとりの好みに基づいた番組が選別され、個別化された推薦が行われます。このプロセスは、一見すると視聴者の利便性を高めるためのもののように見えます。

私たちは興味のある物語に簡単にアクセスでき、時間を無駄にすることなくエンターテインメントを楽しむことができます。 しかし、このような仕組みには潜在的な懸念が含まれています。一見すると無害に見える「個別化された推薦」や「効率的なコンテンツ制作」は、実際には私たちの選択の幅を狭め、特定の視点や価値観に偏った情報環境を作り出す可能性があります。

視聴者が興味を持つと見込まれるテーマに特化することで、私たちは自分の好みや興味に基づいた「閉じられた世界」に閉じ込められ、異なる視点や多様な価値観に触れる機会を失う危険性があります。

このような状況が続くと、視聴者の認識が一方向に傾き、バランスの取れた判断が難しくなる可能性が高まります。

さらに深刻なのは、物語をターゲットにしたテクノロジーが、より邪悪な目的のために利用される可能性があるという点です。ストーリーテリングの力が持つ感情的な影響力とテクノロジーの精緻なデータ分析が組み合わさることで、人々の行動や信念を操作する道具として機能し得ます。

たとえば、政治的なキャンペーンや特定のイデオロギーを広めるために、この技術が活用されれば、意図的に感情を刺激し、人々の判断を偏らせることが可能になります。このようなシナリオでは、物語がもたらす感動や共感が、他者を操作する手段として悪用される危険性があります。

物語は、私たちの想像力や感情を刺激する一方で、その魅力が行き過ぎると現実との境界を曖昧にしてしまう可能性を秘めています。 しかしながら、物語が持つ危険性を認識しつつも、その建設的な力を活かすことは可能です。物語は人々を結びつけ、共感を育み、未来への希望を描き出す手段としても機能します。

物語の両義性に対処するためには、私たち一人ひとりが健全な懐疑心と批判的思考力を養うことが求められます。特に、デジタルメディアが普及した現代においては、情報の正確性を確認し、感情的な反応に流されない冷静な態度が重要です。また、物語が持つ力を理解し、その作用を賢明に活用する姿勢が必要です。

私たちの頭の中の物語についても同じだ。疑う癖をつけなければならない。自分の物語の臭いをかいで、誇張、捏造、不合理その他のナンセンスがないか確かめなければならない。

ナラティブ心理学のような新たな知見を取り入れながら、物語との健全な付き合い方を模索することは、私たちの未来にとって重要な課題となるでしょう。 物語は、人類の希望と絶望、真実と虚偽、結束と分断をもたらし続けるでしょう。それは人類の永遠の課題であり、同時に私たちが向き合い続けるべき宿命です。

物語の魔力に引き込まれながらも、その誘惑に完全に飲み込まれることのない微妙なバランス感覚を保つことで、私たちは物語の力をより良い未来のために活かしていくことができるはずです。この両義性を理解し、理性をもって物語と向き合う姿勢が、これからの時代を生き抜くための鍵となるのです。

最強Appleフレームワーク


 

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