もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵 (巽好幸)の書評

書籍:もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵
著者:巽好幸
出版社:光文社
もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵の書影

現代のビジネス環境において、リーダーやビジネスパーソンに真に求められているのは、表面的な解決策や短期的なノウハウではありません。事象の奥底にある「見えない構造(インフラ)」を深く読み解き、自らの立ち位置を俯瞰する力です。

なぜ今、私たちは日本の地形や地質、そしてそこから生まれた「食文化」や「恵」に目を向けるべきなのでしょうか。 火山学者・地質学者である巽好幸氏の著書『もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵』は、一見交わりそうにない「極上の美食」と「地球科学」を見事に結びつけ、極めて高度な構造的思考と適応戦略を私たちに提示してくれます。

なぜ日本人は昆布で出汁をとり、ヨーロッパでは肉のブイヨンが発達したのか。なぜ日本では冷めても美味しいおにぎりが普及したのか。

そして、志摩や淡路、鳥取の大山、北海道や九州の過酷な地質が育んだイセエビ、アワビ、トラフグ、タマネギ、ブランドブロッコリー、ジャガイモやサツマイモといった美食は、いかなる地質学的宿命と結びついているのか。本書はこれらの問いに対し、見事な科学的根拠をもって答えてくれます。

著者は、数千万年・数百万年スケールの地球の営み(プレート運動、地殻変動、カルデラ噴火、断層運動)から、私たちの日常の食卓に並ぶ美味しさの秘密を解き明かします。

同時に、その美味さを手に入れるために、先人たちがどれほどの「大地の試練(巨大災害・土壌の呪い)」に耐え、適応してきたかをリアルに描き出しています。この「恩恵と試練の表裏一体性」を学ぶことは、不確実なビジネス環境におけるリスクマネジメントと、自らの強みを活かす適応戦略にそのまま直結します。

さらに本書は、歴史に刻まれた大震災や古代の地殻変動、過去の超巨大噴火がもたらした地球規模のデータと、そこに挑んできた先人たちの知恵を紹介しています。

日本社会が背負う巨大災害の発生メカニズムと定量的なリスク分析を交え、大地の変動が社会や文明をどう動かしてきたかという壮大な視座をも提供してくれます。 単なるグルメ本でも、難解な地質学の専門書でもありません。現代の私たちが「思い込みに騙されず、判断の質を上げる」ための、極めて実務的かつ教養に満ちた一冊です。

本記事では、本書のエッセンスをビジネスや意思決定、そして私たちの人生にどう活かすべきかという視点から、深く紐解いていきます。

この記事でわかること

・地形と地質が「軟水・硬水」を生み出し、日欧の食文化(インフラ)を分けた科学的メカニズム
・白飯とおにぎりの科学:アミロペクチンと気候が生んだ「究極のコア・プロダクト戦略」
・南魚沼や丹波篠山、富山などの地質から学ぶ、ブランド依存からの脱却と「マイクロ環境」の意義
・大山や北海道、九州を覆う「黒ボク土」や「シラス台地」に見る、自然の試練を強みに転換する開拓者精神
・大山のブランドブロッコリーの徹底した品質管理と、肥料削減のメカニズム
・縄文メガロポリスの繁栄と崩壊、そして不毛な土壌で命を繋いだ「ソバ」や「ダイズ」の生存戦略
・北海道のジャガイモ栽培を支える「菌根菌共生」と、連作障害を防ぐ高度な5年周期輪作システム
・九州のサツマイモがシラス台地の乾燥と強風を生き抜いた理由と、病害に立ち向かう品種交代劇
・超巨大噴火による広域降灰予測と、国家規模の社会インフラ崩壊リスク 

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・日本の豊かな食文化は、プレート運動や火山活動といった数百万年スケールの「大地の変動」がもたらした奇跡的な恩恵である。
・この豊かな地形と地質は、巨大地震や津波、超巨大噴火といった壊滅的な「大地の試練」と常に表裏一体の関係にある。
・ビジネスにおいても、自社の強みを生み出している環境(インフラ)の構造を深く理解し、それに適応する戦略が不可欠である。
【原因】
・急峻な地形が生む軟水や、火山灰由来の不毛な黒ボク土、水捌けの良すぎる扇状地やシラス台地など、日本は農業にとって極めて厳しい「制約」を持つ土地であった。
・西日本のしわくちゃな地形や、激しい海流を生む海峡、硬い岩盤の露出など、複雑な地殻変動が局所的な「マイクロ環境」を作り出し、特定の生物に最適な生息地を提供した。
・歴史的な大災害が繰り返されることで、人々は自然の脅威に対する畏怖の念と、不測の事態に備える知恵を育んできた。
【対策】
・表面的なブランドや流行に惑わされず、その価値を生み出している「見えない構造(地質・気候・インフラ)」を科学的に分析し、本質を見極める。
・与えられた制約(不毛な土壌や悪天候)を嘆くのではなく、ソバの有機酸分泌や北海道の高度なパッチワーク輪作のように、創意工夫と技術で「強み」へと転換する。
・発生確率が低くても影響が甚大な巨大リスク(テイル・リスク)に対しては、歴史の記憶を風化させず、科学的データに基づいた対策を続ける。

本書の要約

本書『もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵』は、私たちが日常的に口にしている極上の食材が、いかにして日本の複雑な地質と地形から生み出されたかを解き明かす知的エンターテインメントであり、同時に重厚な文明論です。

著者の巽好幸氏は、水質の違い(軟水と硬水)が日欧の出汁文化を決定づけたメカニズムや、日本の気候とアミロペクチンが結びついて「冷めても美味しいおにぎり」という独自のコア・プロダクトを生んだ背景を科学的に解説します。

さらに、淡路島のトラフグやタマネギ、志摩半島のイセエビやアワビ、鳥取・大山のブロッコリー、北海道のジャガイモ、九州のサツマイモなど、数々の美食が、実は火山灰の不毛な土壌(黒ボク土やシラス)や、激しい地殻変動の制約から生まれていることを証明します。

しかし、これらの豊かな恩恵は、地震や津波、さらには国家を揺るがす「超巨大噴火」という大地の試練と常に背中合わせです。本書は、過去の歴史的震災や縄文文明の崩壊、そして将来起こりうる超巨大災害のリスクを「危険値」という定量的な指標で示し、自然の猛威に対する現代社会の無防備さに警鐘を鳴らします。

不確実性の高い現代において、表面的な現象の奥にある「見えない構造」を読み解き、自然の制約をしなやかな適応力で乗り越えてきた先人たちの知恵は、ビジネスパーソンがリスクマネジメントや経営戦略を練る上で、極めて重要な示唆を与えてくれます。

こんな人におすすめ

・表面的なノウハウではなく、本質的な「構造的思考力」を身につけたいビジネスパーソン
・地域創生や地方企業のブランディング、マーケティング戦略に携わる担当者
・歴史、地政学、地球科学と人間の営みの交差点に知的な関心を持つ教養人
・食文化の背景にあるストーリーを深く理解し、日々の生活をより豊かにしたい人
・企業のBCP(事業継続計画)やリスクマネジメントを担当する経営者・リーダー

本書から得られるメリット

・物事の背後にある「見えない構造(原因)」から「結果」を読み解く、具体と抽象の往復力が身につく
・自社の置かれた環境や制約を冷静に分析し、それを独自の強みに転換するためのヒントが得られる
・確率論に騙されず、最悪のシナリオ(テイル・リスク)を想定する危機管理の思考法が養われる
・ブランド信仰から脱却し、本質的な価値を見極める「判断の質」が向上する
・毎日の食事の時間が、地球の歴史と先人の知恵に思いを馳せる豊かな知的体験へと変わる

日本の水と気候がもたらした「究極のコア・プロダクト」

私たちが日頃から楽しむ多彩で美味なる食材は、変動帯・日本列島からの恩恵といえるものが多くあります。(巽好幸)

私たちが日々楽しんでいる多彩な食材や料理。その豊かさを支えているのが、地殻変動の活発な日本列島です。マグマ学のプロフェッショナルである巽好幸氏は、『もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵』で、「日本列島の水」「たゆたう大地」「吹き出すマグマ」の三部を通じて、日本の自然がもたらす恩恵と地殻変動がもたらすハードシングスを描いています。

なかでも興味深いのが、水と地形の関係から、日本とヨーロッパの食文化の違いを読み解く視点です。 日本は、プレートが沈み込む場所に位置するため、山が多く、川は山から海へと短い距離を一気に流れます。

そのため、水が地中のミネラルを溶かし込む時間も短く、多くの地域でミネラルの少ない「軟水」が得られます。一方、ヨーロッパでは、石灰質の地層を通る水が多く、ミネラルを豊富に含む「硬水」が広く見られます。

この水の違いが、料理の発展にも影響しました。 軟水は、昆布のうま味を引き出すのに適しています。素材の繊細な味を生かす日本の出汁文化は、こうした水の性質に支えられてきました。

一方、硬水は昆布のうま味を引き出しにくいものの、肉を煮込む際には、あくをまとめて取り除きやすくする働きがあります。フランスの澄んだブイヨンにも、その土地の水を生かす知恵を見ることができます。

つまり、食文化は、人の好みや工夫だけで生まれたのではなく、土地の条件に適応するなかで育まれたのです。ビジネスに置き換えれば、水や気候は事業を支える基盤であり、料理はその条件を生かしたビジネスモデルといえるでしょう。

日本の気候や水脈という自然環境を紐解くと、私たちの食文化がいかにこの大地の特性と理にかなった形で結びついているかが見えてきます。多雨で湿潤なモンスーン気候は、水を豊かに蓄える水田稲作にこれ以上ないほど適合しました。

そして、私たちが日常的に口にする温帯ジャポニカ米には、複雑な構造を持つ「アミロペクチン」というデンプンが豊富に含まれています。 この成分は、水と熱を加えて炊き上げることで、ふんわりとしたもっちり感を生み出し、光を乱反射して美しく真っ白に輝きます。

さらに特筆すべきは、アミロペクチンが「冷めても固くなりにくい(老化しにくい)」という特性を持っている点です。この科学的な性質のおかげで、「冷めても美味しいお弁当」や、持ち歩いて手軽に食べられる「おにぎり」という、世界でも類を見ない独自の食文化が日本に根付きました。

気候というハードウェアと、水というインフラに完璧に適合するよう磨き上げられた米に、季節の多様な副菜を組み合わせるスタイルは、日本の自然環境と人間の営みが生み出した、ひとつの究極の完成形と言えます。

もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵の書影

不毛の土壌が引き出した先人たちの執念と工夫

日本の食文化を支える軟水は、日本人がこのように荒ぶる大地からの試練に耐え忍び、その恩恵に感謝しながら育んできたものなのです。

私たちはしばしば「美味しい作物は肥沃な土地でこそ育つ」と思い込みがちですが、日本の農業史はそれほど単純ではありません。南魚沼や丹波篠山が極上の米や作物を生み出すのは、盆地特有の昼夜の激しい寒暖差に加え、周囲の山々から流れ込む鉄分に富んだ特殊な地質など、局所的な「マイクロ環境」の絶妙な掛け合わせによるものです。

一方で、鳥取の大山山麓や千葉の八街、そして北海道や九州などに広大な面積を持つ真っ黒な「黒ボク土」は、世界有数の穀倉地帯の土とは似て非なるものです。火山灰を母材とするこの土は、風化してできた成分が植物の生育に不可欠な栄養素(リン)を強固に抱え込んで離さないという、極めて厄介な性質を持っています。

豊かな見た目に反して、実は植物が深刻な栄養失調に陥る「飢餓土壌」なのです。かつて縄文時代に栄華を極めた八ヶ岳山麓の集落も、気候の寒冷化とともにこの黒ボク土の呪縛によって崩壊の道を辿りました。

しかし、先人たちはこの過酷な環境に屈しませんでした。彼らは不毛な土壌でも命を繋ぐため、ソバやダイズを植えました。特にソバの根は特殊な有機酸を分泌し、土壌成分と結びついたリンを力ずくで解放して吸い上げるという驚異的な生命力を持っています。

この過酷な制約こそが、日本の豊かな蕎麦文化を花開かせたのです。 極寒の北海道ではジャガイモを取り入れ、さらに連作障害を防ぐために畑を5つの区画に分け、「豆類・小麦・テンサイ・緑肥・ジャガイモ」を1年ずつずらして栽培する高度な輪作システムを確立しました。空から見えるあの美しいパッチワーク状の畑は、土壌の微生物バランスを保ち、限られた資源で生き抜くための緻密な知恵の結晶です。

また、九州の乾燥したシラス台地では、サツマイモが人々を飢餓から救いました。近年、新たな病害(サツマイモ基腐病)が九州を襲った際にも、農家と研究者は速やかに病害抵抗性を持つ新品種「みちしずく」を開発し、危機を乗り越えています。不毛な環境という制約こそが、先人たちの観察眼と工夫を引き出し、食の多様性を生み出してきたのです。

もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵の書影

御食国の成立と畿内の食文化の歴史

西日本、特に畿内と呼ばれてきた地域は、この国で最初に国家が成立したところです。このことで、国家運営に必要な食料の調達が組織的に行われるようになりました。

 日本列島を形作った、プレートが押し合い引き裂かれる複雑な地殻変動もまた、世界に類を見ない豊かな海の幸と農産物をもたらしました。

古代、朝廷の食卓を支えた「御食国(みけつくに)」の歴史がそれを物語っています。神に捧げる最高級のアワビや海藻を納めた「志摩」、都への近さを活かして新鮮な海産物を供給した「淡路」、そして日本海側の特性を活かして保存性の高い塩干物を届けた「若狭」。それぞれの地形と環境の違いが見事な役割分担を生んでいました。

淡路島は、急速な隆起活動によって生まれました。その結果、激しい潮流が渦巻く「瀬戸」と、穏やかな泥質の海底が広がる「灘」という対照的な環境が隣り合わせになりました。激流は筋肉質に引き締まった「3年とらふぐ」を育て、穏やかな海底は栄養豊富な餌を食べるふっくらとしたアナゴやハモを育みます。

さらに陸上では、水捌けが良すぎる不毛な砂質土壌がタマネギを「飢餓状態」に追い込むことで、自ら栄養を凝縮させ、あの極上の甘みを引き出しています。 一方の志摩半島では、地下深部の超高圧で生まれた極めて硬い岩盤が隆起し、外洋の荒波に耐える強靭な「磯海岸」を作りました。

この硬い岩礁が豊かな藻場を守り、最高品質のアワビやウニ、イセエビの絶好の住処となっています。興味深いことに、日本一のブランドである「伊勢海老」の多くは志摩半島で獲れたものですが、江戸時代にそれらがすべて「伊勢の港」に集められ、そこから江戸へと運ばれたためにその名が定着しました。

地形の恩恵と、歴史的な水運の結びつきが、現在の名産品を形作っているのです。 大地の試練と「想定外」にどう向き合うか しかし、こうした豊かな自然の恵みは、常に「大地の試練」と背中合わせに存在しています。

天平時代の畿内七道地震、平安時代を揺るがした播磨国地震、豊臣秀吉の野望を打ち砕いた慶長伏見地震など、歴史上の政治や文化の中心地は、常に活断層が引き起こす大地の怒りに晒されてきました。

中でも最も恐るべき試練が、過去に南九州の姶良カルデラなどで起きた「超巨大噴火」です。ひとたび同規模の噴火が現代で発生すれば、九州から四国にかけて数十センチ、関東でも10〜30センチの火山灰が降り積もります。

たった数センチの降灰でも、交通網、電力、通信、水道といった現代の社会インフラは完全に麻痺し、国家規模での機能停止が長期間続くことになります。

「想定死亡者数 × 年間発生確率」という危険値で換算すると、数万年に一度の極めて低い発生確率であっても、一度に受ける被害の規模が国家存亡に関わるレベルであるため、その潜在的な脅威は交通事故にも匹敵します。

私たちは「自分の生きている間には起きないだろう」と都合よく目を背けるのではなく、過去の地質学的データと科学的な視点に基づき、最悪の事態を直視して備え続ける冷静さが求められます。 変動帯に生きる私たちの姿勢と、自然への畏敬 日本列島という「たゆたう大地」の歴史を振り返ると、過酷な自然の猛威に対し、先人たちがいかにしなやかに、そして泥臭く生きてきたかがわかります。

弥生時代の人々は巨大津波で壊滅的な被害を受けながらも、再び米作りのために低地へと戻り、不毛な大地には知恵を絞って命を繋ぎました。自然の圧倒的な力を前に人間の無力さを悟り、「諦観を含む無常観」を抱きながらも、決して絶望せずに明日を切り拓いてきた精神の蓄積が、今の日本の食文化の根底に流れています。

私たちは、この大地の変動がもたらす恩恵をありがたくいただくと同時に、地震はいつ起きてもおかしくないという覚悟を持って、この変動帯の上に生きていることを受け止める必要があります。

豊かな現代社会において、私たちはつい、食べ物を単なる消費の対象とし、その背後にある大地の歴史との繋がりを見失いがちです。目の前の一皿が、数千万年の地殻変動と、幾多の災害を乗り越えてきた人々の「途方もない適応の歴史」の結晶であること。その事実に深く想像を巡らせ、自然への畏敬の念と本質を見極める視点を持つことこそが、この変動帯に生きる私たちにとって最も大切な姿勢ではないでしょうか。

コンサルタント 徳本昌大のView

日本の食文化は、地域ごとの地形や地質、水、気候と深く結びついています。本書は、身近な食材や料理を入り口に、大地の成り立ちと人々の暮らしの関係を解説しています。食のおいしさだけでなく、その背景にある自然条件や農業の工夫に目を向けられる点が、本書の魅力です。

本書から読み取れる重要なテーマの一つが、「環境に応じて方法を変える」という適応の考え方です。水や土壌の性質が異なれば、適した作物や調理法も変わります。人々は、その土地の条件を見極めながら、栽培や加工の方法を工夫してきました。

豊かな食文化は、自然の恵みを受け取るだけでなく、制約に対応する知恵を積み重ねることで育まれてきたのです。

この視点は、ビジネスにも応用できます。企業を取り巻く市場や制度、顧客の需要は、それぞれ異なります。他社の成功事例をそのまま取り入れるのではなく、自社が置かれた条件を把握し、力を発揮できる領域を選ぶことが重要です。

環境に合わない方法を見直し、制約を踏まえて強みを設計する。本書で描かれる農業や食文化の歴史は、こうした戦略を考える手がかりになります。

また、著者は、食材の価値を知名度やブランドだけで判断せず、その背景から理解する視点を示しています。どのような土地で育ち、どのような工夫によって食卓に届くのか。その過程を知ることで、価格や評判だけでは見えにくい価値に気づけます。情報があふれる現代においても、評価の根拠を確かめ、自分で判断する姿勢は大切です。

本書では、淡路島、志摩半島などの風景や食を通じて、大地の変動が地域にもたらしてきた恵みと災害の両面が語られます。美しい海岸や豊かな海産物を、観光資源や名産品として眺めるだけでなく、その成立を支えた地形や地質から捉え直すことができます。 農業についても、見た目には豊かな土地が、必ずしも栽培に適しているとは限らないことが示されます。

本書で扱われる火山灰に由来する土壌などの事例からは、土地の性質に応じた作物の選択や栽培方法の改善が、収穫を支えてきたことがわかります。輪作や温度管理、品種の見直しといった具体的な工夫に目を向けると、農産物の背後にある試行錯誤が見えてきます。

身近なおにぎりも、本書では米の成分や性質、栽培を支える環境から捉え直されています。日常的な食べ物を科学の視点で見ることで、その食べやすさや味わいを支える条件に気づけます。

一皿の料理は、自然環境と人間の技術が重なって生まれたものなのです。 本書が提供するのは、食に関する知識に加え、目に見える結果から、その背後にある条件をたどる読み方です。

「なぜ、この土地で、この食材が育つのか」「なぜ、この調理法が定着したのか」と問い直すことで、風景や食文化への理解が深まります。 同じように、仕事でも「なぜ、この市場で成果が出るのか」「何が事業を支えているのか」と問い直すことができます。

地質と食文化を学ぶことは、直接には見えにくい前提や制約を捉える練習にもなるでしょう。身近な食から日本列島の成り立ちを知り、環境への適応と価値の生まれ方を考えたい読者に、示唆を与える一冊です。

 FAQ

Q1: 『もっと美食地質学』は前作を読んでいなくても楽しめますか?

A1: はい、全く問題なく楽しめます。私も前作を読まずに、本書を読み始めました。本作だけでも、水と出汁の関係、米や日本酒の科学、魚介類と海流のメカニズム、そして不毛な火山灰土壌との闘いなど、極めて興味深いトピックが独立してわかりやすく解説されています。

また、巨大地震や超巨大噴火といった「大地の試練と恩恵」のテーマも丁寧に深掘りされています。本作を読んで著者のアプローチに魅了されたら、ぜひ前作『「美食地質学」入門』も手に取ってみてください。

Q2: 地質学とビジネス戦略にはどのような関係があるのでしょうか?

A2:地質学は、プレートの動きや断層、マグマの活動などから、大地の成り立ちを解き明かす学問です。その視点を使うと、地域の地形や水、土壌が、特産品や食文化とどう結びついているのかも理解できます。

この考え方は、ビジネスにも通じます。売上やブランド力という目に見える結果だけでなく、それを支える市場の仕組みや組織の風土まで掘り下げて考える。それが「構造的思考」です。

結果を生み出す仕組みを理解すれば、成長につながる条件や、見落としていたリスクを捉えやすくなります。目の前の現象の背景を探る姿勢は、経営戦略やリスク管理に役立ちます。

Q3: どのような立場の人に一番刺さる本ですか?

A3:地域創生や地方企業のブランディングに関わる方、企業の事業継続計画(BCP)や新規事業を担う経営陣におすすめします。 本書は、知名度や評判だけに頼らず、地域や商品の価値を、その背景から見直すきっかけになります。また、発生する可能性が低くても、ひとたび起これば大きな被害をもたらす災害に、どう備えるかを考える手がかりも得られます。

特に学びたいのは、厳しい自然条件のもとで、先人たちが試行錯誤を重ねてきた歴史です。土地の性質を調べ、作物や栽培方法を工夫しながら、制約のある環境を地域ならではの強みに変えてきました。その努力と知恵をたどることで、限られた条件の中から新たな価値を生み出すヒントが見つかります。

関連記事

 【書評】 100歳まで食事を楽しめる蘇味覚(小垣佑一郎)
味覚の低下には、亜鉛不足だけでなく、薬の副作用や口の乾燥、嗅覚の低下など、さまざまな要因が関わります。『100歳まで食事を楽しめる 蘇味覚』は、歯科医の視点から、味覚や唾液、歯や歯ぐきと全身の健康との関係を解説する一冊です。味の変化を年齢や疲れのせいと見過ごさず、食生活や口腔環境を見直すことが大切です。食事のおいしさを守ることは、必要な栄養を取り、心身の健康と暮らしの充実を支えるにもつながります。
→リンクはこちらから

【書評】想定外を楽しむ 火山学者が教える一〇〇〇年に一度の時代の生き方 (鎌田浩毅)
人生は、計画どおりに進むとは限りません。だからこそ、不確実性を受け入れ、変化に応じて生き方を見直す姿勢が大切です。内なる欲望や情熱を「心のマグマ」と捉え、抑え込まず、適度な距離を保ちながら行動の力に変えていきます。意志の強さだけに頼らず、続けやすい習慣や環境を整えることも必要です。偶然の出来事や人との縁に目を向け、予想外の経験から学ぶことで、計画を超える新たな可能性を育てていけるようになるのです。
→リンクはこちらから

【書評】良い食事を食べると人に優しくなれる?限りなく透明に凜として生きる(佐藤初女著)
佐藤初女氏の『限りなく透明に凜として生きる』は、「食はいのち」という考え方を通じ、食事と人との関わりを見つめ直す一冊です。素材をいのちとして受け止め、お米一粒まで大切に扱う姿勢が、自分や他者への優しさにつながると説きます。心を込めて料理を作り、感謝して味わうことは、心を満たし、人との絆を育む営みです。食卓での会話や「ありがとう」の言葉を大切にし、食事から、いのちへの敬意と人を思いやる心を育てます。 →リンクはこちらから

もっと美食地質学 たゆたう大地の試練と恩恵の書影

最強Appleフレームワーク

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
徳本昌大 Amazonページ >
 

徳本昌大をフォローする
コミュニケーションウェルビーイングセレクト書評ブログアプリクリエイティビティライフハック健康食事
スポンサーリンク
徳本昌大をフォローする
Loading Facebook Comments ...

コメント

タイトルとURLをコピーしました