どっちでもいい。 「我慢」を手放す40の言葉 (長倉顕太)の書評

書籍:どっちでもいい。 「我慢」を手放す40の言葉
著者:長倉顕太
出版社:飛鳥新社

どっちでもいいの書影

現代のビジネスパーソンは、かつてないほどの情報に接し、選択に苦しんでいます。テクノロジーが指数関数的に進化し、生成AIがあらゆる業務を代替し始める中、「10年後のキャリアプラン」や「確固たる将来の目標」を立てることの意義は、根本から揺らいでいます。

それにもかかわらず、私たちは依然として「やりたいことを見つけなければならない」「石の上にも三年、我慢が美徳である」といった旧態依然とした価値観に縛られ、無意識のうちに身動きが取れなくなってはいないでしょうか。

さらに現代は、「老後2000万円問題」に怯えて今を犠牲にしたり、「タイパ」を追求しすぎて人生の豊かさを見失ったりする傾向が顕著です。情報が溢れ、他者の評価(SNSのいいね)が可視化される社会において、私たちは知らず知らずのうちに「他人の物差し」で自分の人生を測るようになっています。

今回ご紹介する長倉顕太氏の著書『どっちでもいい 「我慢」を手放す40の言葉』は、そうした現代人が無意識に抱える見えない鎖を断ち切り、「思い込みに騙されない」ための、極めて実践的かつ哲学的な指南書です。

本書は単なるノウハウ先行の自己啓発書ではありません。クランボルツの『計画的偶発性理論』、ハンナ・アーレントの『人間の条件』における「労働」と「活動」の定義、バートランド・ラッセルの『怠惰への賛歌』、そして心理学の「自己決定理論」など、多様な知見を横断しながら、私たちが囚われている「無駄な我慢」や「過剰な効率化」の正体を構造で考えるアプローチをとっています。

特筆すべきは、本書が扱うテーマはAI時代にこそ重要であるという点です。情報収集や論理的な文章作成といった「作業」をAIが瞬時に、かつ平均的な正解として出力できるようになった現在、人間が人間として価値を生み出す源泉はどこにあるのでしょうか。

著者は、自らの足で歩き、偶然の出会いを拾いに行き、直感に従って「活動」することの中にこそ、本物の答えがあると力説します。 本記事では、経営やブランド戦略に携わる視点から、本書の主張を現代のキャリア構築や意思決定のフレームワークへと接続し、深く掘り下げていきます。

「どっちでもいい」という一見すると投げやりな言葉が、いかにして私たちの視野を広げ、矛盾だらけの自分を肯定し、判断の質を上げる最強のスイッチとなるのか。

この記事でわかること

・長倉顕太著『どっちでもいい』の核心的メッセージと現代社会における意義 
・ハンナ・アーレントの哲学から読み解く、「労働」から「活動」へのシフトの重要性
・「認知的不協和」による我慢の罠から抜け出し、判断の質を上げる方法
・みんながAIに頼る時代において、AIに頼らない「自分の足で歩く」体験が持つ圧倒的な価値
・B.ラッセルの思想に学ぶ、タイパ(時間対効果)至上主義からの脱却と「無駄」の効用
・FIREや老後不安などの「世間の値札」に騙されず、絶対に暴落しない「自分自身」へ投資し続ける戦略 
・心理学の「自己決定理論」から読み解く、「推し活」や社会貢献など理屈抜きに好きなものがもたらす幸福
・「どっちでもいい」というスタンスがもたらす、真の「自分の価値観」の発見と、一貫性のない自分を肯定する生き方

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・「どっちでもいい」という言葉は、無駄な我慢やこだわりを手放し、人生の偶然をチャンスに変えるための最強のスイッチである。 
・みんながAIに頼るほど、AIに頼らない部分(生身の人間と対峙する「活動」や「無駄」)の価値が上がっていく。
・矛盾や弱さを抱えた「ちぐはぐな自分」こそが自分であり、世間の物差しに自分を合わせにいく必要は全くない。
【原因】
・人生を効率よく進めようとタイパを極めると、行き着く先は「死」への最短距離となり、人間らしい豊かな時間が奪われる。
・時代が書き換えるモノや生き方の「値札(世間の評価)」を信じすぎると、あとから時代に追いつかれて評価が暴落するリスクがある。
・私たちは無意識に「一貫性のある自分」や「完璧な自分」を演じようとし、世間の評価に怯えて本来の人生を歩めていない。
【対策】 
・仕事の「作業」はAIで徹底的に効率化しつつ、浮いた時間は人生を豊かにする「無駄(食事や睡眠など三大欲求を満たす出費を含む)」のために堂々と浪費する。 
・誰かが作った「老後2000万円」という数字に怯えるのをやめ、歳を重ねることをいちばん確実な「老後の備え」と捉える。
・直したいところがあれば直せばいいし、直したくなければそのままでいい。「どっちでもいい」と笑い飛ばし、自分だけの本当の人生を歩み始める。

本書の要約

長倉顕太氏の『どっちでもいい 「我慢」を手放す40の言葉』は、現代人が無意識に縛られている「目標への固執」「無意味な我慢」「過剰な効率化」を解き放つためのマインドセットを提示する一冊です。

著者は、我慢が快感に変わる「認知的不協和」の恐ろしさを指摘し、ハンナ・アーレントの哲学を借りて、決められたことをこなす「労働」ではなく、自発的な「活動」こそが人間の価値であると説きます。

AI時代においては、情報収集などの「作業」はAIに任せるべきだと主張します。AIはもっともらしい平均的な答えを出しますが、真の価値は自らの足で歩き、現場で本物の答えを手に入れる行動(活動)にあります。

さらに本書は、タイパを気にするあまり「暇」を許せなくなった現代人に、バートランド・ラッセルの思想を通じて「無駄な時間の浪費」こそが文明をつくると警鐘を鳴らします。

三大欲求を満たす無駄遣いすらも、生きる力の直接の燃料として肯定します。 世間がつけている値札は仮の数字にすぎないとし、絶対に暴落しないのは「基準が自分の内側にあるもの」だと断言します。

終盤では、心理学の「自己決定理論」を引き合いに出し、純粋な「活動」や「推し活」が人間の幸福に不可欠な3条件(自律性・有能感・関係性)を満たすことを解説します。

最後に著者は、昨日と今日で言うことが違う矛盾だらけの自分を肯定し、「どっちでもいい」と笑い飛ばすことで他人の評価から自由になれると力説します。変化の激しい時代を、自分らしく軽やかに生き抜くための新しい羅針盤となる一冊です。

こんな人におすすめ 

・将来の明確なビジョンが見つからず、漠然とした焦りを感じているビジネスパーソン
・「やるべきこと」に縛られ、無意識のうちに我慢を重ねて疲弊しているマネージャー層
・AIツールの普及により、自分の仕事の価値や今後のキャリアについて見つめ直したい人
・タイパ(時間対効果)を気にするあまり、常に何かに追われているような感覚がある人
・老後不安などの数字に怯え、「いま」を楽しむことを我慢してしまっている人
・「一貫性」や「完璧さ」を求めすぎて息苦しくなり、矛盾を抱える自分を許せない人

本書から得られるメリット

・「目標を持たなければならない」という強迫観念から解放され、心理的な余裕が生まれる 
・認知的不協和による「無駄な我慢の罠」に気づき、真に価値のあることにリソースを集中できる
・AIには代替できない「活動」の本質を理解し、自分だけのキャリアやビジネスの強みを構築できる
・無駄に見える「余暇」や「偶然の出会い」を肯定できるようになり、人生の充実度が上がる
・世間の評価や仮の数字(お金)に騙されず、自分への投資を最優先する強固な判断基準が育つ
・「一貫性がなくてもいい」「どっちでもいい」と自己受容することで、他人の評価に怯えない確固たる「自分だけの人生」を歩めるようになる 

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「労働」から「活動」へ:ハンナ・アーレントに学ぶ、AI時代の働き方の本質

投げやりに聞こえるかもしれないが、逆だ。「どっちでもいい」と口に出した瞬間、選び損ねる恐怖が消える。どっちを選んでも、その先は偶然しだい。そう思えたら、選ぶ前に迷い続ける理由も、選んだ道を我慢で守り続ける理由も、なくなる。視界がひらけて、道の外側が見えはじめる。(長倉顕太)

本書『どっちでもいい。 「我慢」を手放す40の言葉』の冒頭で、著者の長倉顕太氏は、クランボルツ博士の「計画的偶発性理論」を紹介しながら、偶然の出会いや出来事が人生の選択肢を広げることを説明します。

将来の道筋を細かく決めても、実際には、思いがけない仕事の依頼や、何気なく参加した集まりでの出会いが、転機になることがあります。大切なのは、そうした偶然に気づき、行動につなげる姿勢です。 そこで長倉氏が提案するのが、「どっちでもいい」という思考法です。

「自分にはこの仕事しかない」「一度決めた目標は変えてはいけない」と考えていると、目の前に新しい機会があっても、選択肢に入れにくくなります。

「どちらの道にも可能性がある」と考えれば、これまで関心のなかった分野にも、一歩踏み出しやすくなります。 例えば、専門外の仕事を頼まれたとき、今のキャリアに役立つかどうかだけで判断せず、「少し試してみよう」と引き受けてみる。気になる集まりがあれば、明確な目的がなくても参加してみる。その経験を通じて、自分でも気づいていなかった得意なことや、続けたいと思える活動が見つかるかもしれません。

このように捉えると、「どっちでもいい」とは、選択を投げ出す言葉ではなく、一つの正解にこだわりすぎず、試しながら自分に合う道を探すための言葉です。最初から将来を決め切ろうとせず、行動して得た経験をもとに次の選択を考える。その柔軟さが、予想していなかった機会を生かし、人生を切り開くことにつながるのです。

私たちが日々行っている「仕事」とは、果たしてどのような性質のものでしょうか。著者は、20世紀を代表する政治哲学者ハンナ・アーレントの著書『人間の条件』を引き合いに出し、人間の営みを「労働」と「活動」に明確に区別しています。

アーレントの視点を借りれば、やらされていれば「労働」であり、やりたくてやっていれば「活動」です。日本のビジネス環境においては、「決められたことを文句を言わずにやり遂げる」労働者としての教育が根強く残っており、熱意を持って働いている社員は世界的に見ても極めて少ない状況にあります。労働で人生を埋め尽くしていれば、熱意など湧きようがないのは当然の帰結です。

本書が扱うテーマはAI時代にこそ重要である、と私が強調する理由はここにあります。決められたことを正確に、文句も言わずにやり遂げる「労働」の領域は、今後確実にAIやロボティクスに代替されていきます。

定年が来れば終わり、役職が外れれば名刺を返すだけの「労働の物差し」で生きることは、これからの時代、キャリアにおける最大のリスクとなります。

一方で、誰にも頼まれないことを勝手にやる「活動」には終わりがありません。例えば、ビジネス書の知見を共有する読書会を主催し、参加者と語り合うような場は、誰に強制されたわけでもない純粋な「活動」です。そこから次なるビジネスの種や、肩書きを超えた本質的な出会いが生まれてきます。

今の自分の業務は、AIに代替される「労働」なのか、それとも自らのアイデンティティを発揮し、新たな価値を創造する「活動」なのか。自らの意思で「活動」の領域を広げていく覚悟が不可欠です。

現代のビジネスシーンにおいて、AIの活用は避けて通れません。しかし著者は、「作業」と「考えること」を厳格に区別せよと説きます。資料をまとめ、情報を集め、文章を整える。これらは「作業」であり、これからの時代はAIを優秀な知能の拡張器として使いこなせば速く正確に処理できます。

私たちが恐れるべきは、AIが提示する「それらしい答え」に依存しきってしまうことです。AIは世界中の平均的な意見を、なめらかな文章で返してくれます。全員が同じものを手にする時代において価値が残るのは、AIが計算できないもの、すなわち「自分の足で歩き、自分の体で経験し、自分の頭で考えた、その人にしかない何か」です。

著者はチンパンジー研究の第一人者であるジェーン・グドールのエピソードを引きます。彼女は学歴ではなく情熱と観察眼だけを武器にアフリカの森に入り、何十年も自分の足で森を歩き続け、「道具をつくって使う」という行為をチンパンジーが行っていることを発見しました。これは、既存の文献をどれだけAIに学習させても出力されない、森の中にしかない答えでした。

新幹線や飛行機を乗り継いで全国を飛び回り、現場で経営者や起業家と直接膝を突き合わせて対話する。そうした身体性を伴う移動と一次情報の獲得こそが、AIには決して弾き出せない独自の戦略を構築する源泉になると考え、あえて私は移動を選択しています。みんながAIに頼るほど、AIに頼らない生身の体験という「活動」に時間を投資する価値は高まる一方なのです。

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タイパ至上主義の罠と「無駄」の効用:仕事は倍速、人生は浪費せよ

哲学も、科学も、芸術も、音楽も、暇な時間から生まれた。食べていくための労働に1日のすべてを奪われていたら、人類は星空を見上げて宇宙のことを考えたりしなかった。  効率や生産性の枠を超えて、誰に頼まれたわけでもなく人と語り合い、思索にふける「活動」、つまり、ぼんやりする時間、無駄に見える時間こそが人間の文明をつくってきた。

現代社会を覆うもう一つの病理が、過剰な効率化、いわゆる「タイパ」至上主義です。動画を倍速で見て、浮いた時間でさらに情報をインプットする。私たちは労働から解放された時間すらタイパで埋めようとし、何もしない時間に罪悪感すら覚えるようになっています。

著者はこの風潮に対し、鋭い問いを投げかけます。「では、人生の目的地とはどこか。人生を効率よく進めるのは、突きつめれば、死に向かって最短距離で走ることを意味する」と。生き急ぐことは、プロセスをスキップしているに過ぎません。

ここでバートランド・ラッセルの『怠惰への賛歌』が登場します。「文明を本当に豊かにしてきたのは労働ではなく余暇である」。哲学も科学も芸術も、労働に追われるのではなく、無駄に見える時間から生まれました。

著者は、3大欲求を満たす無駄遣いは必要経費だと言い切ります。美味いものを値段を気にせず食べ、良質な睡眠のために環境を整える。私自身も、朝の瞑想やストレッチや毎日のウォーキングといった習慣を何より大切にしていますが、これらはタイパの観点から見れば「無駄な時間」かもしれません。

しかし、こうした身体的な余白こそが、生きる力の直接の燃料となります。仕事の作業は徹底して効率化し、「やらないことリスト」を作って無駄な労働を削ぎ落とす。そして浮かせた時間は、新しいアイデアや予期せぬ出会いが生まれる「怠惰な時間」のために浪費するべきなのです。

私たちは、無意識のうちに他者の評価に縛られています。その最たるものがSNSの「いいね(親指の数)」です。「いいねの数で、自分の1日の機嫌を決めさせるな」と著者は一刀両断します。他人の評価待ちで浪費していた時間を、自分が心から夢中になれる「活動」に注ぎ込むべきです。

さらに深刻なのは、「世間がつけた値札」に踊らされている事実です。かつて安定の代名詞だった仕事が斜陽になり、遊びだと笑われていた分野が巨大産業になる。いま世間がつけている値札は、仮の数字でしかありません。読めない値札を追いかけるより、確かなものがひとつだけあります。それは「自分が好きかどうか」です。

好きで手元に置いたものは、値札がゼロになっても損をしません。世間が「価値がある」と持ち上げるものに踊らされず、自分が本当に愛着を持てるものだけを選んだとき、人は初めて「豊かな人生」を実感できます。基準が自分の内側にあるものは、絶対に暴落しないからです。

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絶対に暴落しない投資先:FIREを目指さず、飲み会で偶然を拾う

自分に投資した経験は、一生ものの引き出しとして自分を助けてくれる。数字のまま眠らせるより、よほど長持ちする資産だ。

世間がつけた仮の値札に踊らされない生き方の実践として、著者は「老後の備え」や「飲み会」のあり方にも独自の視点を提示します。現代人は「老後2000万円問題」といった誰かがつくった数字に怯えがちですが、歳を重ねられること、それこそが、いちばん確実な「老後の備え」だと断言します。

自分に投資し続け、学び続け、動き続ける人間には、そもそも早期リタイア(FIRE)に憧れなくなります。 また、人と人が出会い、思わぬ話が転がり出る「飲み会」ほど優れた装置はないと言います。目的志向が強すぎる現代において、偶然の入口として面白そうな誘いには顔を出し、偶然を拾いに行くべきです。

もちろん、そこで無理に酒を飲む必要はありません。「飲めないなら来るな」という席には行かず、自分が心地よいスタンスで場に参加し、一次情報とセレンディピティ(偶然の幸運)を回収する。これこそが、独自のキャリアを築くための投資となります。 

最後に、幸福と自己受容について。著者は、世間の値付けから自由になり、自分が好きで没頭できるものの代表例として「推し活」を挙げます。心理学者デシとライアンによる「自己決定理論」によれば、人間には3つの基本的な心理的欲求(自律性・有能感・関係性)があり、純粋な活動はこれらを完全に満たします。

そして著者が最も伝えたいメッセージは、「矛盾だらけの自分を肯定せよ」ということです。昨日と今日で言うことが違うこともあれば、一貫性がないこともあります。しかし、その「ちぐはぐな自分」こそが自分であり、世間の物差しに自分を合わせにいく必要はありません。

直したいところがあれば直せばいいし、直したくなければそのままでいい。それすらも、どっちでもいい。この「どっちでもいい」と笑い飛ばす境地に至ったとき、私たちは他人の評価に怯えることなく、判断の質を上げ、自分だけの本当の人生を堂々と歩みはじめることができるのです。

コンサルタント 徳本昌大のView

著者の長倉氏は、このブログでもお馴染みのクランボルツ博士の「計画的偶発性理論」を紹介し、偶然がもたらす可能性の大きさを説きます。将来を細かく決め、そのとおりに進もうとするだけでは、予想していなかった出会いや機会を見過ごすことがあります。大切なのは、目の前の出来事に関心を持ち、実際に動きながら、自分の選択肢を広げていく姿勢です。

私自身、スタートアップの支援や経営コンサルティングに携わる中で、計画や周囲の評価を重視するあまり、新しい挑戦に踏み出せなくなる場面を見てきました。計画は行動の指針になりますが、その前提となる環境は変わります。当初の方針にこだわりすぎず、現場で得た情報や顧客の反応を踏まえて見直すことが必要です。

こうした視点から読むと、本書の価値は次の4点に整理できます。
・現代の悩みを整理する視点
AI、SNS、タイパ、FIREといった話題を、アーレントやラッセルの思想と結びつけて論じています。身近な悩みを少し広い視野で捉え、「なぜ自分は焦っているのか」「何を基準に選んでいるのか」を考えるきっかけになります。

・教養と日常をつなぐ説明
自己決定理論や政治哲学を、仕事や「推し活」などの身近な行動に結びつけています。抽象的に感じられる考え方も、自分の経験に照らして理解しやすくなっています。

・働き方を見直す実務的な示唆
AIに任せられる作業を見極め、人との関わりや、自ら関心を持って取り組む活動に時間を使うという提案は、日々の仕事にも応用できます。普段とは違う人と話す機会や、小さく試せる場を設けることは、チームの新しい発想にもつながるでしょう。

・AI時代の自己評価を問い直す意義
数字や他人との比較に追われ、「一貫した目標を持ち、効率よく成果を出さなければならない」と感じている人に、本書は別の見方を示します。迷いや矛盾をすぐに解消しようとせず、関心の変化を受け入れることも、自分の可能性を探る方法なのです。

本書で紹介される「みんながAIに頼るほど、AIに頼らない部分の価値が上がっていく」という言葉も、これからの働き方を考えるうえで示唆的です。 AIによって情報整理や分析を進めやすくなるほど、その結果を何に使うのか、誰のどのような課題を解決するのかという判断が大切になります。

現場に足を運び、当事者の話を聞き、自分でも試してみる。そこで得た経験は、AIの出力を評価し、仕事に生かすための手がかりになります。また、評価や報酬だけを目的とせず、自分から関わり続けたいと思える活動は、学びを深める土台にもなるでしょう。

その第一歩として、本書が勧める「どっちでもいい」という言葉を、自分のこだわりを見直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。「本当に自分にとって大切なのか」「周囲からよく見られるために選んでいないか」と問い直すことで、必要以上に抱え込んでいたものが見えてきます。

私も40代のときに「やらないことリスト」を作り、時間の使い方や生き方を見直しました。何をやめるかを考えることは、何に時間を使いたいのかを確かめる作業でもありました。

目標を変えたり、以前とは違うことに関心を持ったりしても、それまでの経験が無駄になるわけではありません。不要になったこだわりを手放し、今の自分が関心を持てることを試してみる。その積み重ねが、変化に応じてキャリアや生き方を選び直す力を育ててくれるのだと思います。

FAQ 

Q1: 「どっちでもいい」という態度は、仕事において無責任だと思われませんか?

A1: 本書における「どっちでもいい」は、責任放棄や投げやりな態度を意味するものではありません。「こうでなければならない」という過度なこだわりや、他人の評価、世間の常識への執着を手放すための心理的な「構え」です。結果的に、視野が広がり、本質的な「活動」に集中できるようになるため、むしろ成果につながる積極的な姿勢と言えます。

Q2: 昨日言ったことと違うことを言うと、周囲の信用を失いませんか?

A2: 人間は本来、矛盾を抱え、昨日と今日で言うことが変わる「ちぐはぐな生き物」です。著者が言うように、無理に一貫性を装って世間の物差しに自分を合わせに行く必要はありません。直したいところは直せばいいし、直したくなければそのままでいいと「どっちでもいい」と笑い飛ばす自己受容こそが、他人の評価に怯えない強さ(本当の信用)を生み出します。

Q3: 「推し活」や趣味に時間とお金を使うことに罪悪感を感じてしまいます。

A3: 罪悪感を感じる必要は全くありません。心理学の「自己決定理論」が示す通り、純粋に好きなものにのめり込むこと(推し活など)は、人間の幸福に必要な「自律性・有能感・関係性」の3つを完全に満たす究極の活動です。推しがないなら社会貢献でも構いません。生活が回る範囲で、自分の稼いだお金を自分の「好き」に使うことこそが、豊かな人生の条件です。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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