行動経済学が最強の学問である(相良奈美香)の書評

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行動経済学が最強の学問である
相良奈美香
SBクリエイティブ

本書の要約

行動経済学の観点から見ると、「非合理な意思決定メカニズム」には、認知のクセ、状況、感情の3つの要素が影響しているとされています。行動経済学を学ぶことで消費者の心理や行動パターンを予測し、それに合わせた最適な戦略を組むことができます。結果、サービスや商品の価値を最大限に高め、顧客との関係を変えられます。

行動経済学が経営者から注目されている理由

多くの企業は人の非合理な意思決定と行動のメカニズムを知り、競争相手より優位に立とうとしているので、行動経済学を使っていることを企業秘密として公言しません。いわばお客さまには知られたくない〝公然の秘密〟というわけなのです。しかし、行動経済学を学ぶと「このサービスは行動経済学が裏にあるな」とすぐにわかるようになる──それどころか、ひとたび行動経済学を学ぶと、世界が違って見えてきます。(相良奈美香)

行動経済学が経営者やビジネスパーソンから注目を集めています。ビジネスパーソンにとって、行動経済学を学ぶことは非常に有益です。行動経済学の知識を活かすことで、市場のトレンドを把握し、競争力を維持することが可能となります。また、自身の意思決定においてもより合理的な判断をすることができます。そのため、世界のトップ企業は行動経済学を学んだ人材を積極的に採用し、競争優位を確保しようとしているのです。

行動経済学コンサルタントの相良奈美香氏は、行動経済学から得られるメリットを以下のように整理しています。
・消費者の視点
行動経済学を身につけることで、消費者は企業の緻密な戦略を透かして見る力を持つようになります。これにより、マーケティングのテクニックや価格戦略の背後にある意図を理解し、より賢明な購入選択が可能となります。

・企業の視点
企業側として行動経済学を理解することで、消費者の心理や行動パターンを予測し、それに合わせた最適な戦略を組むことができます。これは、サービスや商品の価値を最大限に高め、顧客に深く満足してもらうための鍵となります。

実際に行動経済学は、人々の意思決定プロセスや偏見、認知の歪みといった、様々な人間の非合理的な行動を解析します。これらの知識を武器に、企業は顧客のニーズをより深く掴むことができ、消費者は自身の購入行動をより理解することができるのです。

ネットフリックス、アマゾンやディズニーなどの配信サービス大手は行動経済学を活用し、成功しています。これらのサービスでは、一度プログラムを視聴し始めると、次のエピソードが自動的に再生されます。一方、DVDの時代には、自分で再生し、都度「見続けるかどうか」を決めていました。その結果、だらだらと見続けることは少なかったのです。

しかし、現在の配信サービスでは、自動再生される仕組みがあります。この仕組みは、行動経済学の理論である「現状維持バイアス」に基づいています。つまり、視聴を続けることで現状を維持したいという心理が働き、次々とエピソードを見ることが当たり前の状態になります。このような状態になると、延々とアプリを使い続けることになるのです。例えば、TikTokはまさにこれを実現しています。

一般的には、人間は合理的かつ冷静に意思決定をすると考えられていますが、実際には非合理な行動を取ることもあります。こういった行動を理解し、活用することで、これらの企業は成功しているのです。行動経済学を活用した配信サービスは、視聴者が継続的に利用することで収益を上げることができます。このようなビジネスの取り組みは、今後もさらに進化していくことが予想されます。

スタバのポイント制度の「スター」に隠れた「目標勾配効果」とは、目標が近づくにつれてその目標を達成するための努力や意欲が高まることです。

具体的にスタバのシステムを見てみると、顧客はドリンクやフードの購入ごとにスターバックスカードに「スター」が加算され、一定数貯まると無料のドリンクなどの特典を受け取ることができます。この制度は、顧客に「あと少しで特典がもらえる」という目標達成のモチベーションを常に与えており、それが次回の来店や商品購入への意欲を増大させる要因となっています。

さらに、このようなポイント制度は、顧客が自らの消費行動に対する達成感を得ることで、ブランドへのロイヤルティや満足度を高める効果も持っています。結果として、継続的な来店やリピート購入が促進され、ブランドの収益向上に寄与しているのです。 このように、消費者の心理を巧みに利用したロイヤルティプログラムは、多くの企業が取り入れている戦略の一つとなっていますが、スタバはそれを非常に効果的に実践している例と言えるでしょう。

ビジネスにおいても、行動経済学の理論を活用することで、顧客の行動心理をより深く理解し、それをビジネスに活かす手法が生まれています。例えば、商品の価格設定や販売戦略の立案において、行動経済学の知見を取り入れることで、より効果的な結果を生み出すことができます。

顧客の行動心理を理解することで、企業は顧客のニーズに合わせたサービスや商品を提供することができます。また、心理的なバイアスによって起こる消費行動の変化を予測し、戦略的なマーケティングを展開することも可能です。これにより、企業は顧客の満足度を高め、競争力を強化することができます。

私のクライアントも行動経済学の知見をビジネスに取り入れており、その結果、成長を遂げています。彼らは顧客の行動心理を研究し、それに基づいたマーケティング戦略を展開することで、市場での競争力を高めています。行動経済学のアプローチは、彼らのビジネスにおいて大きな貢献をしていると言えます。

非合理的な意思決定の背後にある3つの要因

人がついつい「非合理な意思決定」をしてしまうメカニズムには大きく3つの要因があります。それが「認知のクセ」「状況」「感情」です。この3つがあるからこそ、私たちは合理的ではない判断をしてしまうのです。

①認知のクセ
人間の脳は、入ってくる情報をどのように処理するか、という「認知のクセ」に影響を受けています。もし私たちの脳がすべての情報を公平かつ正確に処理することができるなら、我々の行動や判断は合理的であるはずです。しかし、私たちの脳には情報の処理の際の「歪み」が生じることが知られています。

例として、有名な「システム1 vs システム2」という理論が挙げられます。これは、行動経済学者であるダニエル・カーネマンによって提唱された概念で、人の思考は大きく2つのシステムに分けられると言います。(ダニエル・カーネマンの関連記事

システム1(ファスト思考): 直感的・速やかな判断を行うシステム。自動的で努力を必要としない。
システム2(スロー思考): 論理的・計算的な判断を行うシステム。努力を伴い、より遅い。

多くの場面で、システム1が自動的に反応し、その結果として非合理的な判断を下してしまうことがあります。システム2を活用することでより合理的な判断が可能となりますが、それには意識的な努力が必要となるのです。

また、認知的不協和やアンカリングにも注意を払う必要があります。認知的不協和とは、個人が持っている信念や行動が矛盾する状況に直面した際に生じる心理的な不快感を指します。例えば、自分が健康を重視しているのにも関わらず、甘いものを食べてしまった場合などが該当します。このような状況では、認知的不協和が生じ、その解消のためには信念を変える傾向があるとされています。

アンカリングとは、最初に提示される数字や情報が、後の判断の基準となる現象を指します。人は最初に与えられた情報に基づいて判断を行い、それ以降の情報をその基準に合わせて認識する傾向があります。例えば、商品の価格が最初に高めに提示された場合、その後の値下げに対しては割引と感じることがあります。このように、アンカリングは人々の判断に影響を与える重要な要素となります。

②状況
私たちの意思決定は、我々が考えるよりも「状況」に大きく影響されています。伝統的な経済学は、人々が常に合理的な判断をするという前提に基づいていますが、行動経済学はこの考え方を大きく覆してきました。 選択アーキテクチャは、人々の選択を特定の方向に誘導することで、望む結果を得るための環境や状況を設計するアプローチです。

例えば、あるレストランがランチメニューを提供する際に、Bランチを主力商品として売り出したい場合、Aランチには高価な料理を、Cランチには非常に安価ながら量が少ない料理を配置することで、消費者はBランチを最も魅力的な選択として感じる可能性が高まります。このように、提示する選択肢のデザインによって、特定の選択を促進することが可能です。

アマゾンも、この選択アーキテクチャを駆使しています。ユーザーの購買履歴や閲覧履歴に基づいて「おすすめ商品」を提示し、購買を促進しています。また、商品の表示順序やフィルター機能も、消費者が商品を選びやすくするための一環です。

動画共有アプリTikTokのデザインも、選択アーキテクチャの一例です。膨大な量の動画から何を選ぶかが困難なユーザーのために、アプリを開くとすぐに動画が再生されるように設計されています。これにより、ユーザーは積極的に動画を選ばなくても、エンターテインメントを楽しむことができます。また、人は現状維持バイアスによって、TikTokのアルゴリズムから提案される動画を見続けてしまうのです。

③感情

私たちは「感情」というと「喜怒哀楽」のようなはっきりとした感情を想像します。しかし、感情というのははっきりしたものばかりではありません。好きな食べ物を目の前にしたときのあのちょっとした高揚感。こういった「喜怒哀楽」とまでは言いづらい「淡い感情」も持ち合わせているのが人間というもの。しかも、実際には、はっきりとした感情よりも、この淡い感情が人を動かしていたりします。

食事の好みから趣味の範疇まで、これらの淡い感情や微細な感覚が人々の意思決定や行動に影響を与えていることは、行動経済学においても注目されています。特に、これらの淡い感情を指して「アフェクト」という言葉が使われています。

オレゴン大学の意思決定心理学者、ポール・スロビック氏は、人がアフェクトに導かれて非合理的な判断を下す現象を「アフェクト・ヒューリスティック」と名付けました。この概念は、人々が情報を詳細に分析することなく、即座に感情に基づいて判断を下す現象を指します。

しかし、アフェクトは決して「悪」というわけではありません。実際、この淡い感情は私たちの日常生活において極めて有用な機能を果たしています。考毎日の生活の中で私たちは無数の選択と直面します。すべての選択において詳細に情報を分析し、合理的な判断を下そうとすれば、私たちは多くの選択に追われて動けなくなってしまいます。アフェクトは、瞬時に判断を下すための「認知の近道」として機能し、私たちが迅速に選択を行う手助けをしています。

ネガティブ・アフェクトは、私たちの心に警鐘を鳴らし、危険や不快なものから素早く身を守る役割を果たしています。過去の進化の過程で、即座に避けるべきリスクから私たちを守るためにこの感情が備わったとも言われています。例えば、未知の食べ物を前にしたときの不安や、暗くて静かな場所に一歩足を踏み入れたときの恐怖は、私たちの先祖が生存するために重要だった感情として現代の私たちにも引き継がれています。

しかし、ネガティブ・アフェクトの持つこのような「緊急避難」の役割は、現代の複雑な社会においては必ずしも最適な選択を導くものではありません。この感情が引き起こす瞬時の判断は、情報を十分に加工する時間を許さないため、時として私たちを非合理的な方向へと導くことがあります。

企業や研究者が自動運転車の安全性を訴える際、合理的なデータや事実を伝えることはもちろん大切ですが、同時に人々のアフェクトを理解し、それに対応したアプローチが求められます。

例えば、人々が「自動運転車は危ない」というネガティブ・アフェクトを持っている場合、単に事故率が低いというデータを示すだけでは、その印象を払拭するのは難しいでしょう。しかし、自動運転車が子供たちの学校の前を安全に通過する映像や、高齢者が安心して利用するシーンを見せることで、人々のアフェクトをポジティブに変えることができるかもしれません。

また、逆に自動運転車のプロモーションや広告で、高速道路での急な切り替えや無人での駐車シーンを強調すると、人々のネガティブ・アフェクトを刺激する恐れがあります。このような細かい点にも注意を払い、感情に訴えるアプローチを行うことが、自動運転車の安全性を人々に理解してもらう鍵となるでしょう。

自動運転車の安全性を伝えるためには、データや技術の情報だけでなく、人々の感情やアフェクトに訴えるストラテジーが不可欠です。アフェクトを正確に把握し、それに基づいた情報伝達を行うことで、自動運転車の社会的受容度を高めることが期待できます。

総じて、アフェクトは私たちの日常生活における重要な役割を果たしています。私たちは、その利点とリスクを理解し、より良い選択をするための方法を模索する必要があります。

本書は①認知②感情③状況という3つのキーワードで行動経済学を分類し解説しています。多様な理論やケースから行動経済学をわかりやすく学べます。この分野の入門書として、おすすめできる一冊です。行動経済学の知識を身につけ、正しい選択を行うようにしたいものです。


 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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