デービッド・アトキンソンの日本人の勝算の書評

たしかに、日本の消費税の税率が他の先進国に比べて低いのは事実です。しかし、そもそも消費税の課税対象となる消費、そしてそれを増やすために不可欠な日本人の所得をいかにして上げるかが、この問題の根本の議論であるべきです。それに比べたらたった2%の税率の引き上げなど、些末な話でしかありません。大きなパラダイムシフトが起きている以上、今までにない、もっと根本的かつ大胆な政策が求められているのです。(デービッド・アトキンソン)

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なぜ、日本のデフレ圧力は増すのか?

デービッド・アトキンソン日本人の勝算を読了しました。元ゴールドマン・サックスのアナリストで、今は経営者でもあるアトキンソン氏の日本再生のシナリオはとても読み応えがありました。政治家たちの大胆な政策変更なしの、ただただ消費税を2%上げる議論は無意味だという彼の指摘にはとても共感を覚えました。今が日本の政策変更の最後のチャンスであることは間違いありませんが、政治家や経営者の動きは鈍いのが現状です。

本書の数々のデータと著者の緻密な分析を読めば、思い切った経済政策変更が必須であることがわかります。人口減少と高齢化という未曾有の危機のさなかにある著者の日本への提言を何回かに分けてご紹介します。今日は日本がデフレから脱けられない理由について、考えてみたいと思います。

日本は今、大変革の時代を迎えています。もはや平常時ではありません。皮肉なことに、大変革が起きると、それまでの仕組みや枠組みに詳しければ詳しいほど、固定観念に囚われてしまい、新たな発想を生み出すことができなくなります。これは何も日本にかぎった話ではなく、世界中の国々に共通して見られる傾向です。だからこそ、大きな変革が訪れるときは、国外の知見や力を借りることの重要性が増すのです。

株価や一部の統計数字を見ると一見、日本経済は回復基調ですが、大デフレの時代が目前に迫ってきています。デフレの最大急降下がこれから始まる理由は大きく2つあります。1つは高齢化、そしてもうーつは人口の激減です。

①人口減少は最強のデフレ圧力
人口減少はそれだけで強烈なデフレ要因です。少子高齢化は人口減少によるデフレに拍車をかけ、さらにデフレを深刻化させます。そうしてデフレは雪だるま式に膨らんでいき、どんどん深刻化していきます。いったんこの負のスパイラルが始まってしまうと、そう簡単に止めることはできなくなるのです。

人口増加によるインフレ圧力より、人口減少によるデフレ圧力のほうが倍くらい大きいことがわかっています。特に22~44歳までの人口動向による影響がもっとも大きく、人口が増え需要が増えると、不動産価格が上がりやすくなります。一方で、人口が減り始めて需要が減っても、不動産のストックはそう簡単には減らないため、デフレ圧力は緩和されません。人口減少によるデフレ圧力は人口増加によるインフレ圧力がより強いと分析されています。

②少子高齢化によるデフレ圧力
少子高齢化に関する研究を総括すると、4つの結論が見えてきます。
・子どもが増えるのはインフレ要因、減るのはデフレ要因
・生産年齢人口が増えるのはデフレ要因、減るのはインフレ要因
・高齢化はインフレ要因
・超高齢化はきわめて大きなデフレ要因
これらの分析結果をトータルして考えると、人口減少のほうが大きな影響を及ぼすものの、少子高齢化もデフレ要因になります。日本の人口動態を見れば、ほとんど最悪の組み合わせになっています。

③政治的なデフレ圧力
主な収入源が給料である若い人はインフレを好む傾向がある一方、65歳以上の高齢者層は、資産は持っていますが収入は少ないので、デフレを好む傾向があります。65歳以上の人口構成比が上がるとインフレにつながる政策を嫌がり、その政策を進めようとする政治家は選挙で当選しにくくなるはずです。

④産業構造の変化によるデフレ圧力
若い人が多い経済ではモノを消費する比率が高いので、製造業が盛んになります。一方、平均年齢が上がれば上がるほど需要が変化し、製造業からサービス産業に経済構造の中心が移動します。高齢化が進めば進むほど、介護などの需要が高まり、人を多く要する生産性の低い仕事が増え、ひいては格差が広がることも考えられます。このことは、生産性向上に悪影響を与え、所得の上昇をさまたげます。これもまた、デフレ要因のーつとなっていきます。

⑤外国資産売却によるデフレ圧力
高齢者が増え、年齢が上がれば上がるほど、働いて稼ぐ給料ではなく、資産を売って生活費にあてる傾向が強くなります。資産の中には外国資産も含まれます。これらが売られることにより、円高につながって、デフレ圧力が増していくはずです。

このように人口減少、高齢化が日本の経済を蝕んでいきます。今度、今まで以上のデフレ圧力が加わることは間違いなさそうです。これ以外にも供給面のデフレ圧力があるとアトキンソン氏は指摘します。

日本経済は供給面でもデフレ圧力が増す?

①企業の生き残り競争によるデフレ圧力
市場が縮小する以上、今あるすべての企業が生き残ることはできません。日本人消費者の数が減って、10社の企業を支えてきた需要が8社しか支えられない規模に縮小する場合、どの会社も生き残る8社になるようにがんばります。この結果、企業間の競争が激化し、多くの経営者は安易な価格戦略を取るはずです。最後まで残った企業は競争相手がいなくなるので、大きな利益を得ます。今後このLast man standing戦略が日本では当たり前になり、競争が激化し、デフレ圧力が増すはずです。

②労働分配率の低下によるデフレ圧力
アメリカなどでも、1980年代以降インフレ率が大きく下がっている原因のーつに、労働分配率の低下があるといわれています。日本でも労働分配率は著しく下がっています。財務省が2018年9月に発表した2017年度の労働分配率は66.2%で、43年ぶりの低水準となりました。

日本は今こそ、この「労働分配率不況」から脱出しなければなりません。さらに企業は国に対して、1990年代に貸しはがし規制、中小企業を優遇する政策、金利の引き下げ、税率の引き下げなどなど、さまざまな要望をくり返してきました。しかし、自ら生産性を高める努力は見られません。

経営者は目先の利益を得るために、設備投資もせずに、従業員の給料を下げることで利益を増やしています。この態度を変えない限り、日本経済はシュリンクしてしまいます。

③最低賃金が低いことによるデフレ圧力
日本の場合、最低賃金が国際的に見てかなり低いことも、デフレの大きな要因になっています。各企業はLast man standing戦略のため、最大のコストである従業員の給与を削減してきました。もちろん企業は無制限に従業員の給与を下げられるわけではなく、最低賃金までしか下げることはできません。

他国に比べ、現在の日本の最低賃金は驚くほど低く、理論的に計算した本来あるべき金額の3分の2程度でしかありません。この驚くほど低い水準の最低賃金まで、企業には賃金を下げることが許容されています。だから、諸外国に比べて日本はどんどん労働分配率を下げることができるのです。実際、私も海外に行くたびに日本の人件費の安さを実感します。周辺国のシンガポールやオーストラリアの賃金は高騰を続け、はるかに日本の水準を上回っています。彼らの経済成長は賃上げにも関わらず、堅調です。ここにヒントが隠されています。

④低賃金の外国人労働者を迎えることによるデフレ圧力
Last man standing利益を狙う企業の経営者たちは、日本人の非正規雇用者を増やすだけでは飽き足らず、今度は低賃金で働いてくれる途上国からの外国人の誘致拡大を求めています。今回、法改正が実現し、低賃金の外国人労働者がますます増加し、住民の数が増えますから、その分の需要の増加は期待できます。しかし、低賃金者が増えても、日本の問題は解決しません。

Last man standing利益のためであればあるほど、労働人口に占める最低賃金で働く人の割合が高まり、労働分配率のさらなる低下につながります。そうなると、デフレ圧力は雪だるま式に強くなるでしょう。結果として、途上国からの労働力が増えれば増えるほど、日本という国は「途上国」になっていきます。

日本では今後、最強のデフレ圧力となる人口減少に加え、さまざまなデフレ圧力が複合的に強まっていきます。政策的な供給調整をしなければ、企業は市場原理に基づいた生き残り戦略をとるため、今まで以上にデフレ圧力が生じることは避けられません。

需要者が一定であると想定している限り、量的緩和で物価は上がりません。日銀の2%インフレ目標が実現されない最大の理由はここにあると思います。人口減少問題を抱えている国で供給調整を行わない場合、通貨の量を増やすだけでは、人口が引き続き増加している国々と同じ2%インフレを実現することは非現実的だというのが著者の考え方です。

世界的に、金融政策は個人消費の喚起にはつながらず、金融市場で株高などをもたらすだけにとどまると言われています。総括すると、日本は社会保障のためにGDPを維持する必要がありますが、人口減少と高齢化によって需要が構造的に減ります。日銀は銀行に流動性を供給していますが、民間のニーズがないため、このままでは流動性が市中に流れません。そうであるならば、個人消費を増やすための別の政策が必要になります。それが「賃上げ」です。通貨量をきちんと増やしながら、賃上げを継続していく。それができれば、総需要は縮小せず、モノとサービスの均衡が回復して、インフレを実現することも可能です。

GDPを上げるためには人口増加と生産性を高める必要があります。しかし、人口減少社会の日本では生産性を高めるしかありません。人口増加要因と違い、生産性は自然に上がるものではありません。誰かが意図的に何かをしないと、向上するものではないのです。生産性向上には設備投資や企業内の働き方の変化が必要ですので、意思決定と実行能力を要します。国が生産性を高める政策を明確にし、企業にこれを求めなければ、経営者はLast man standingを変えません。

会社のビジネスモデルを変えて、生産性を高められれば、日本は最大級のデフレの危機を回避できます。この経済の「底上げ政策」を基軸に、政治家と経営者が共に動かなければ、日本の未来は暗くなるはずです。最大級のデフレ危機前のラストチャンスに、日本国民全員がどう動くかを問われています。

まとめ

今後、人口減少と高齢化の悪影響が日本経済に本格的に襲いかかってきます。GDPを上げるためには人口増加と生産性を高める2つが欠かせませんが、人口減少社会の日本では生産性を高め、賃金を上げるしか方法がありません。デフレから逃れ、適正規模の経済を維持するためには、従業員の賃上げが必要です。今が大胆な政策変更の最後のチャンスなのですから、政治家、経営者両方がマインドセットを至急変えなければなりません。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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