楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考(楠木建)の書評

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楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
楠木建
日経BP

楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考(楠木建)の要約

経営人材の見極めと抜擢は、経営者自身が取り組むべき最重要課題の一つといえます。それは単なる人事施策ではなく、企業の持続的な競争力を築くための戦略的な投資なのです。 企業が真の競争力を獲得し、維持していくためには、このような事業経営者の育成と活用が不可欠です。企業の競争戦略には優れた人材が欠かせないのです。

ユニクロの強みも競争戦略にあり!

戦略の本質は競合他社との違いをつくることにある。同時に、その「違い」は長期利益をもたらす「良いこと」でなくてはならない。ここにジレンマがある。そんなに「良いこと」だったらとっくに誰かが手をつけているはず。違いにならない。他社に先行しても、「良いこと」はいずれ模倣される。違いを持続できない。(楠木建)

経営戦略における最も深い謎の一つが、持続的な競争優位性を何に求めるかです。経営戦略論の第一人者である一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授の楠木建氏は、この問いに真正面から取り組んでいます。 企業間競争の基本的な力学において、ある企業が独自の方法で優れた利益を生み出した場合、競合他社はそれを模倣しようとします。

理論的には、この模倣プロセスを通じて、企業間の違いは徐々に消失し、結果として利益も平準化されるはずです。 しかし現実の市場では、この理論通りには事が運びません。実際には、強い企業は長期にわたって競争優位性を維持し、業界平均を上回る利益を生み出し続けています。

この現象は、経営戦略の理論と実践の両面において、極めて興味深い研究対象となっています。 楠木氏の新著楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考は、まさにこの謎に迫る試みといえます。

本書は、なぜ特定の企業が持続的な競争優位性を築けるのか、その本質的なメカニズムを解明しようとしています。 著者は、表面的な施策や取り組みの模倣を超えた、より深い次元での企業の独自性に注目します。それは企業の価値観、文化、そして意思決定の積み重ねによって形成される、容易には模倣できない競争優位性の源泉です。

企業の成長と競争力の源泉において、事業経営者の存在が重要な役割を果たしていると楠木氏は指摘します。一度戦略の方向性が定まれば、その実現は事業経営者の力量にかかっているのです。

その典型例として、この10年で急速なグローバル化を遂げたファーストリテイリングを挙げることができます。同社の海外事業は既に国内の利益を上回る規模に成長しています。ユニクロの競争優位性は、大量生産をテコに品質や機能を継続的に進化させる点にあります。

創業社長である柳井正氏の卓越した戦略構想力と経営手腕が成功の根幹にありますが、実際の事業推進と収益創出の担い手は、各地域のユニクロ事業や「GU」などのブランドを率いる事業経営者たちにあるのです。

大規模な企業組織において、社長は一人であっても、その配下には複数の卓越した事業経営者が必要となります。現場の持つ潜在力を活かすか否かは、まさにこれら事業経営者の手腕にかかっています。事業経営者には、現場で働く人々を鼓舞する戦略を示し、そのストーリーに人々を巻き込んでいく力が求められます。この能力なくしては、いかに優れた現場力を持っていても、それを十分に発揮することはできません。

つまり、企業の競争力の実質は、優れた事業経営者の層の厚さにあるといえます。ここで重要なのは、事業全体を統括する経営能力の特殊性です。財務やマーケティングなどの専門職と比較して、事業経営能力は極めて「事後的」な性質を持っています。

つまり、実際に事業を動かす経験を通じてしか培うことができないのです。 したがって、事業経営者の育成においては、素質のある人材に対して、キャリアの早い段階から事業全体を動かす機会を提供することが重要となります。規模が小さくても、一つの事業を丸ごと任せる経験が、将来の事業経営者としての成長に不可欠なのです。

このような観点から、経営人材の見極めと抜擢は、経営者自身が取り組むべき最重要課題の一つといえます。それは単なる人事施策ではなく、企業の持続的な競争力を築くための戦略的な投資なのです。 企業が真の競争力を獲得し、維持していくためには、このような事業経営者の育成と活用が不可欠です。それは時間のかかる取り組みですが、企業の未来を決定づける重要な要素となるのです。

GAFAの競争戦略の優位性とは?日本企業はGAFAとどう戦うべきか?

GAFAのような巨大プラットフォームは米国の「お家芸」といってよい。私見では、上で挙げた要因に加えて、米国の巨大な国内市場の規模とその特徴によるところが大きい。日本や欧州のように高密度で集約的な社会に比べて、広大な米国では物理的に離れた人々をつなぐネットワークの需要が桁違いに大きい。ビジネスも分散的で、フリーランスとして働く人々が多い。そもそもプラットフォームに対する需要が厚いのである。  

GAFAがグローバル企業として知られる一方で、その実態は北米市場に大きく依存しています。例えば、Amazonは売上の6割以上を北米市場に頼っており、この事実は情報技術がどれほど進化しても、サービス業の本質が「ローカル」に根ざしていることを示しています。

地域に密着した理解とサービスの提供は、最も高度なプラットフォームにおいてさえ、変わらぬ重要な要素であるのです。 GAFAのような巨大なプラットフォーム企業が、日本や欧州で容易に出現しない理由は、市場がそれほど多くのプラットフォームを必要としていない点にあります。

プラットフォームビジネスの本質は独占性にあり、数多くの選択肢を提供するよりも、信頼性の高い少数のプラットフォームが市場の需要を満たす構造になっています。そのため、GAFA級のプラットフォームは数社程度で十分であり、新たな企業が入り込む余地は限られています。

GAFAとの差別化を図るために重要なのは、正面からの対抗ではなく、側面からのアプローチが効果的だと楠木氏は指摘します。巨大なプラットフォームの独占性を打破するためには、競争領域を明確に定め、その範囲内で垂直的なプラットフォームを構築する戦略が有効です。情報とリアルな運営の融合を図り、特定の分野において深い専門性を持つことが鍵となります。

例えば、ZOZOTOWNはファッションに特化した垂直的プラットフォームとして成功しています。また、ユニクロはAmazonなどの汎用プラットフォームへの出店を避け、自社のEコマースとそれを支えるIT・物流インフラに投資することで、独自のポジションを築いています。このような戦略は、垂直的な深耕によりGAFAとの直接的な競争を回避し、自らの価値を高める試みといえます。

日本のスタートアップ企業の多くが、バーティカルSaaSを選択しているのもこの状況を反映していると私は考えています。特定業界に特化したソリューションを提供することで、GAFAのような巨大な水平プラットフォームと直接競合することなく、独自の市場ポジションを確立しています。

不動産業界、建設業界など、それぞれの業界の特有の課題に対応するバーティカルSaaSは、深い専門知識ときめ細かいサービスを通じて日本のユーザーのニーズにしっかりと応えています。

GAFAとの関係において、多くの企業が直面する課題は「どのように向き合うべきか」という点です。GAFAは競争相手であるというよりも、むしろ利用すべき基盤と捉えるべき存在です。

例えば、GoogleやFacebookの広告機能は、多くの企業にとって「非競争領域」として活用することが可能です。Amazonも中小企業にとって、販売・決済・流通の利便性を提供するプラットフォームとして機能しており、GAFAをうまく利用することで自身の成長を促進することが可能です。

Appleに関しては、ハードウェア企業でありながら、iPhoneという製品自体が巨大なプラットフォームとなっています。日本の電子部品メーカーは、スマートフォンの高機能化に伴う部品需要を捉え、このプラットフォームを巧みに活用しています。

GAFAは水平的な汎用プラットフォームとして、多くのプレイヤーが利用する土台を提供しますが、特定分野における深堀りには長けていないのです。 すべての企業がすべてのデータを保有する必要はなく、収益に直結しないデータに価値はありません。

GAFAのビッグデータも、結局は自社ビジネスのための手段に過ぎず、データそのものに価値があるわけではありません。そのため、GAFAのビジネスの実態と戦略的意図を見極めながら、彼らをうまく利用し、独自の価値を創出することが求められています。

日本のスタートアップ企業が選択している垂直特化型の戦略は、このような文脈で非常に有効であることがわかります。他社が実行できない、あるいは実行しないことを追求し、自らの強みを活かすことこそが、GAFA時代において生き残るための鍵なのです。水平的な汎用プラットフォームに対して、垂直的に深く掘り下げるアプローチが、今まさに必要とされているのです。

O企業とQ企業、Q企業の強みとはなにか?

Q企業のカギは専業性だ。規模の大小を問わず、競争力がある日本企業には特定の事業領域に特化し、深掘りすることで他社が容易に模倣できない価値を実現している会社が多い。ファーストリテイリングやトヨタもそうだが、エアコンのダイキン工業、モーターの日本電産(現・ニデック)、建設機械のコマツ、お茶飲料の伊藤園、いずれも特定の事業領域に「一意専心」することによって利益と成長を持続しているQ企業だ。

企業の事業における利益の源泉には、大きく分けて二つの方向性があります。一つは事業環境がもたらす機会(オポチュニティ)を活かすアプローチ、もう一つは内部で創出する価値の質(クオリティ)を追求するアプローチです。これらの軸足の置き方によって、企業はオポチュニティ企業(O企業)とクオリティ企業(Q企業)に分類されます。

O企業の典型的な例は、新興国市場で躍進する企業に多く見られます。経済成長という追い風の中で次々と生まれる事業機会を素早く捉え、先行者優位を確立することで成長を遂げていきます。急速な市場拡大期においては、このアプローチが効果的な戦略となります。

一方、Q企業は異なる特徴を持っています。まず、自社の事業領域を明確に定義し、その範囲内で一貫した戦略的なストーリーを展開します。その過程で競合他社とは異なる独自の顧客価値を創造し、それによって長期的な利益を生み出しています。そして、その結果として持続的な成長を実現しているのです。

O企業が量的な成長それ自体を第一の目標とするのに対し、Q企業における成長は、長期にわたる顧客価値の追求の結果として実現されます。Q企業の競争力の核心は、その専業性にあります。 日本企業の中で高い競争力を持つ企業を見ると、規模の大小に関わらず、特定の事業領域に特化し、その分野を深く掘り下げることで、他社が容易には模倣できない価値を創造しています。

例えば、ユニクロを展開するファーストリテイリングや自動車産業のトヨタはその代表例といえます。 さらに、エアコン製造のダイキン工業、モーター製造の日本電産(現・ニデック)、建設機械のコマツ、お茶飲料の伊藤園なども、それぞれの事業領域に「一意専心」することで、持続的な利益創出と成長を実現しているQ企業です。

このように、事業における利益創出のアプローチは一様ではありません。市場環境や企業の特性に応じて、O企業とQ企業のいずれかの方向性を選択することが重要となります。ただし、どちらが優れているというわけではなく、それぞれの企業が置かれた状況に応じて、最適な戦略を選択していく必要があるのです。

イノベーションの本質は非連続のなかの連続

全面的に「非連続」だと、イノベーションとしては結実しない。ただ斬新な商品をつくるだけではイノベーションにはならない。なぜか。イノベーションとは世の中や人々の生活が大きく変わることであり、供給よりも需要に深くかかわっているからだ。多くの人々に受け入れられなければ社会に大きなインパ クトを与えることはできない。非連続的な価値次元を提示すると同時に、そこに一定の連続性を確保し、それゆえ顧客にも幅広く受け入れられる。この一見して二律背反の関係にある2つの条件を同時に満たすことがイノベーションには求められる。「非連続の中の連続」ここにイノベーションの真の難しさがある。

イノベーションは、単純な非連続的革新では結実しません。ただ斬新な商品を生み出すだけでは、真のイノベーションとはなりえないのです。なぜなら、イノベーションとは世の中や人々の生活を大きく変革することであり、それは供給以上に需要と深く結びついているためです。多くの人々に受け入れられなければ、社会に大きなインパクトを与えることはできません。

イノベーションに求められるのは、非連続的な価値次元を提示しながら、同時に一定の連続性を確保し、それによって顧客からの幅広い支持を得ることです。この一見すると相反する二つの条件を同時に満たすことこそ、イノベーションの本質的な課題となっています。「非連続の中の連続」という概念は、まさにこの困難さを表現しています。

この文脈で重要となるのが「保守」という考え方だと著者は指摘します。ここでいう「保守」とは、政治的イデオロギーを指すものではありません。それは「歴史や伝統、過去の蓄積を重んじる考え方」として広く捉えられます。つまり、「大切なことは変わらない」「人間の本性は不変」という認識に基づく思想なのです。

アップルを創設したスティーブ・ジョブズは、この「非連続の中の連続」というイノベーションの本質を深く理解していました。彼が残した「イノベーションはテクノロジーとリベラルアーツの交点に生まれる」という言葉は、技術革新と人間洞察の融合がイノベーションの核心であることを示唆しています。 アップルは、この数十年で最もイノベーティブな企業の一つとして評価されています。

同社は最先端の技術を活用しながら、人間の本質的な欲求や感性を的確に捉えた製品を世に送り出してきました。一見すると非連続的な革新を追求しているように見えるアップルですが、その実態は普通の人々の根源的な喜びを理解し、それに応える極めて「保守的」な企業なのです。

では、このような普遍的で不変の人間本性をどのように理解すればよいのでしょうか。その答えは歴史の中に見出すことができます。歴史は確かに変化の連続です。しかし、その変化の流れを注意深く観察すると、多くのものが変化していく中でも、一貫して変わらないものの存在に気付きます。これこそが本質といえるでしょう。

例えば、LINEというコミュニケーションアプリケーションは、スマートフォン時代において、古くから変わらない人間の本性を巧みに捉えています。「スキマ時間のコミュニケーション」という人間の本質的なニーズに応えるこのサービスは、平安時代に存在していても大きな支持を得ていたはずだと著者は言います。

他者と気軽なやり取りを楽しみたいという欲求は、何百年という時を経ても変わることがないのです。 このように、真のイノベーションとは、最新のテクノロジーを駆使しながらも、人間の普遍的な欲求や感性に深く根ざしたものなのです。

それは単なる技術的な革新ではなく、人間本性への深い理解と、それを現代の文脈で再解釈する創造的な営みといえます。変化の中に不変を見出し、テクノロジーと人間性の接点を探求する―それこそが、イノベーションの本質的な姿なのです。

最強Appleフレームワーク


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