Plan・Do・Seeの積分型戦略とは?楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考の書評

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楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
楠木建
日経BP

楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考(楠木建)の要約

Plan・Do・Seeは「気がイイ場所」という価値を創造するため、一見非合理な選択を重ねています。ブランドの個別化、特別な物件へのこだわり、人材重視の運営など、効率性より本質的価値を追求しています。特にセンスある人材の採用と育成に注力し、マニュアルに頼らない独自の仕組みを確立しています。

PDSの競争優位性の積分型戦略とは?

PDSの積分型戦略には、社内の人材だけでなく、顧客までを巻き込んだダイナミックな好循環の論理が組み込まれている。これが模倣障壁を一層高めている。PDSの店舗は顧客にとって「また来たくなる場所」であり、「一度行ってみたい場所」ではない。利用経験を重ねるほど価値についての顧客の理解が深まり、また来たくなる。来れば来るほど経験が記憶として積み重なり、「気がイイ空間」の価値はますます増大する。(楠木建)

顧客体験と記憶の蓄積による持続的競争優位性 Plan・Do・Seeは、ホテルやレストラン運営において独自の積分型戦略を展開していると一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授の楠木建氏は指摘します。同社の戦略の特徴は、個々の顧客接点における「気持ちの良い体験」を継続的に積み重ねることで、顧客との深い絆を築き上げる点にあります。楠木建氏の関連記事

PDSは興味深いブランド戦略を採用しています。同社は企業としての存在を表に出さず、各施設が独自のブランドとして輝きを放つことを重視しています。福岡の『WITH THE STYLE』や有楽町の『6th by ORIENTAL HOTEL』など、それぞれの施設が独自の個性と魅力を持ち、顧客との直接的な関係を築いています。

これらの施設は、PDSという企業名を前面に出すことなく、それぞれが独自のアイデンティティを確立し、顧客との深い関係性を構築しています。 PDSの競争優位性の核心は、顧客との接点を担う「人」にあります。同社は採用活動を単なる人材確保の手段としてではなく、企業理念の共有と強化の機会として戦略的に位置付けています。

PDSの人材開発の特徴は、特定分野の専門性やスキルの向上ではなく、「気がイイ空間」を創出するセンスの錬成に重点を置いています。同社では、接客サービスにマニュアルを用意していません。その代わりに、一人ひとりの社員が現場での経験を通じて、自らのセンスを磨いていく仕組みを構築しています。

マネジャーの役割も特徴的です。彼らは社員のセンス開発をサポートし、きめ細かなコーチングを行っています。この過程では、定型的な指導ではなく、個々の社員の感性や理解力に応じた柔軟なアプローチが取られています。

PDSのレストランにおけるレセプショニストの役割は、この人材開発の方針を端的に表しています。レセプショニストには、来店したゲストを瞬時に観察し、そのシーンを想像しながら最適な席を判断する能力が求められています。これは単なる席割りの作業ではありません。

どのようなグループ構成で来店したゲストが、すでにどのような客層の中に座ることになるのか、その組み合わせによって空間の雰囲気が大きく変わることを理解し、瞬時の判断で最適な配置を実現する必要があります。

この仕事には、人間や状況に対する深い洞察力が不可欠です。マニュアルや定型的な手順書では対応できない、生きた判断が求められます。それは単なるホスピタリティのスキルを超えた、センスとしか表現できない能力の領域に踏み込んでいます。

このような人材開発のアプローチは、PDSの提供する価値の本質的な部分を支えています。定型化や標準化を避け、個々の社員の感性を育てることで、画一的なサービスでは実現できない、真の意味での「気がイイ空間」を創出することが可能となっています。それは、長期的な視点に立った人材育成の成果であり、PDSの競争優位性を支える重要な要素となっているのです。

そもそもPDSでは、このような高度なセンスの開発を可能にするため、採用の段階から独自の取り組みを行っています。同社では優れたセンスを持つ人材を見出すために、「いいやつ」を厳選する仕組みを確立しています。

これは単なる面接技法やスクリーニング手法ではなく、長年の経験と洞察に基づいて築き上げられた、PDSならではの採用システムとなっています。このような入り口での慎重な選考があってこそ、その後の効果的な人材開発が可能になっているのです。

全社員が採用活動に関与することで、自社のアイデンティティを常に再確認し、深化させています。この過程で、採用活動は単なる人材確保を超えた、組織の理念浸透と価値観の共有の場となっています。 採用においては、技術的なスキルよりも、顧客に対して「いい気」を醸成できる感性を重視しています。

これは、サービスの本質が物理的な提供物を超えた価値創造にあるという認識に基づいています。PDSは労働市場でも高い人気を誇り、このような感性を持つ人材を慎重に選考しています。 PDSの積分型戦略の真髄は、一回限りの「行ってみたい場所」ではなく、「また来たくなる場所」を創出する点にあります。

顧客は来店を重ねるごとに、提供される価値をより深く理解し、その価値は増幅されていきます。これは単なる満足度の向上ではなく、顧客の中に「良い記憶」として蓄積されていく過程です。

この戦略において、「記憶」は最も重要な資産として位置づけられます。素晴らしい体験は、その瞬間の喜びを超えて、振り返った際により深い幸福として顧客の中に根付いていきます。人間の最大の資産は「記憶」であり、真の幸福とは「良い記憶」を数多く持つことにあります。

PDSはこの洞察を戦略の中核に据えています。 PDSの積分型戦略の特徴は、顧客と従業員の双方を巻き込んだ価値共創の好循環にあります。これは単純な模倣を困難にする要因となっており、持続的な競争優位性の源泉となっています。顧客は単なるサービスの受け手ではなく、従業員との相互作用を通じて、より深い価値を共に創造していく存在として位置づけられています。

PDSの戦略の根底には「すぐに役に立つものほど、すぐに役立たなくなる」という思想がある。「インスタグラムでバズらせて……」というような即効性のあるプロモーションをしない。そもそも「気がイイ空間」という統合的な価値が顧客に伝わるには時間がかかる。コンセプトが意図する価値の総体を伝えるには、顧客に実際に来店してもらい、利用経験を積み重ねてもらうしない

PDSの積分型戦略は、一時的な満足を超えた持続的な価値創造を実現しています。それは顧客の記憶に刻まれる「良い経験」の継続的な蓄積であり、この過程で形成される深い絆が、同社の持続的な競争優位性を支えています。この戦略は、現代のサービス業における価値創造の新たな可能性を示唆しています。

PDSの2つの競争優位性とは?

ブランドを統一しなければ、幅広いブランド認知による範囲の経済は手に入らない。個店経営にこだわれば、標準化による効率を喪失する。

PDSの収益性の高さは業界内で広く知られています。同社が個々の具体的な施策として何を実施しているかは、表面的には誰の目にも明らかです。しかし、その戦略の根幹にあるコンセプトは、容易には模倣できない性質を持っています。PDSが様々な施策を組み合わせて実現している「気がイイ場所」という統合的な顧客価値は、単純な模倣を許さないのです。

この本質的な顧客価値は、個別の要素に分解して説明することが極めて困難です。そのため、競合他社にとって、PDSの競争優位の実体を把握することが難しくなっています。「気がイイ場所」を生み出している真の要因を特定することができないのです。個々の施策と成果との因果関係が複雑すぎて、明確な相関を見出すことができません。

興味深いことに、顧客自身もPDSのホテルやレストラン、ウェディングの「何が良いのか」を明確に説明することができません。そのため、類似の価値を提供する他社を簡単に思い浮かべることができないのです。結果として、PDSの提供する空間は、その顧客にとって代替不可能な特別な存在となっています。

PDSのメニューや店舗デザインを模倣すること自体は、それほど困難ではありません。実際に、競合他社の中にはPDSの商品や店舗設計を明らかに模倣しているところも存在します。しかし、こうした表層的な要素を忠実に再現するだけでは、真の意味での「気がイイ場所」を作り出すことはできません。

特に模倣が困難なのは、PDSの競争力の核となる人材です。特定分野でのスキルを持つ人材であれば、相応のコストをかければ獲得することは可能です。スキル開発の方法や定型的な評価システムも確立されています。しかし、センスを見極め、「イイやつ」を採用し、日常業務の中でセンスを育む土壌を作り上げるマネジメントは、長期的な取り組みなしには実現できません。

このプロセスには極めて濃密なノウハウが必要とされます。PDSは20年という長い期間をかけて、数多くの候補者と向き合い、丹念な面接を重ねることで、この仕組みを確立してきました。この時間をかけて築き上げられた採用・育成の体系は、短期間では決して模倣できない競争優位性となっています。

PDSの事例は、表面的には把握できる要素の組み合わせが、深い次元で統合されることで、模倣困難な価値を生み出すことを示しています。それは単なる物理的なサービスの提供を超えて、顧客の心に響く特別な体験を創出する仕組みとなっています。この複雑に絡み合った価値創造の仕組みこそが、PDSの持続的な競争優位性を支える本質なのです。

最強Appleフレームワーク

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