スラッジ 不合理をもたらすぬかるみ(キャス・R・サンスティーン)の書評

person wearing black coat close-up photography

スラッジ 不合理をもたらすぬかるみ
キャス・R・サンスティーン
早川書房

本書の要約

スラッジとは合理的な選択や行動を阻害する仕組みのことです。時間は人間にとって一番大切な資源なのですから、悪性のスラッジを減らすことが政府や官僚の優先課題になります。より多くの人が、より多くの時間を持てるよう、スラッジ監査を行い、正しい方法で国民の幸福度を高めるべきです。

スラッジとは何か?

惰性あるいは無気力、現状バイアス、欠乏(経済的欠乏ではなく認知的欠乏)の問題に注目する。3つが組み合わさると、その効き目は強力で、誰も意図しなかったような深刻なスラッジの弊害が生じる。(キャス・R・サンスティーン)

著者のキャス・R・サンスティーンは、リチャード・セイラーとともにナッジ理論を普及させました。ナッジとは 親ゾウが、子ゾウの背中を鼻でちょっと押すように、 強制や禁止をせずに本人の「よりよい選択」を後押しすることです。

逆に、合理的な選択や行動を阻害する仕組み、いわば「負のナッジ」が「スラッジ(ぬかるみ)」になります。スラッジとは、人々が何かを手に入れようとするときにそれを邪魔立てする、摩擦のようなものなのです。

私たちの身近には、スラッジが溢れています。
・サブスクリプションサービスを解約する際のわかりずらさ
・診療給付や奨学金申請のための書類があまりにも膨大

多くのスラッジは、電話やオンライン上での手続きなど、多くの待ち時間を求められます。給付金、医療、雇用、ビザ、許認可、あるいは何らかの命にかかわる支援を受けようとしているときには、手間のかかる、あるいは内容の重複する申請手続きを何度もしなければならないことがあります。

コロナ禍の中で、多くの人が支援金や給付金を受け取ることに苦労しましたが、これもスラッジです。スラッジは官僚主義とイコールではありませんが、重なる部分はかなり多いのです。

スラッジ削減が分配効果を高めることがわかっています。イギリスでは2008年から年金制度への自動加入政策を採用しています。新たな政策は年金加入を自動化することでスラッジを撲滅しました。改革以前、メンタルヘルスに問題を抱える人は年金加入率が大幅に低かったのですが、手続きを簡略化することで、この格差がなくなりました。手間をなくし、自動加入にルールを変えることで、低所得の勤労者や女性の年金加入率の低さが改善することができたのです。

スラッジ監査を行うことで、世の中をよりよくできる?

スラッジが必要だとする根拠のなかでも最も興味深く、また最も奥深いのが「人間は間違いを犯しうる」という厳然たる事実への的を射た対応としてスラッジを温存すべきという考え方だ。

スラッジにはよい面があることを忘れてはいけません。多種多様なスラッジが存在することで、私たちは思考する時間が持てます。「人はミスを犯す」ことを前提に、熟考を促す機会を提供すると考えれば、スラッジも良性になるのです。

直感的な「システム1思考」が動揺し、感情に振り回されて間違った選択をしようとしているときに、スラッジが黄色信号の役割を果たし、熟慮すること(システム2思考)で失敗を防いでくれるのです。

スラッジはナッジの裏返しなのですから、上手に活用すべきです。面倒な手続きによって、ペインを増やすときもあれば、間違った行動にブレーキをかけてくれることもあるのです。

しかし、国民に多くの負担を与える場合には、スラッジの見直しが必要です。雇用、教育、投票、免許、許認可、医療にかかわるスラッジをできるだけ減らすため、不要なスラッジはなくすべきです。

政府や官僚は国家のあらゆるレベルで制度設計におけるスラッジを削減する必要があります。手続きの大幅な簡素化、デフォルト選択肢の採用によって、学習コストや法令順守コストを削減できます。

今後はスラッジの排除を優先課題と位置づけるべきだ。理由は明白だ。スラッジは恩恵よりもはるかに多くの害を引き起こすからだ。時間は人間にとって一番大切な資源だ。より多くの人が、より多くの時間を持てるようにする方法を見つけよう。

自動登録制はスラッジをほぼゼロに引き下げるので、きわめて効果が大きいことがわかっています。自動登録の採用が不可能あるいは好ましくない状況では、さまざまなツールを組み合わせることで、多くの負担を取り除けます。手続きの簡素化や平易な言葉遣い、頻繁なリマインダーの送信、インターネット、電話、あるいは対面のサポート、そして心理的負担を軽減するための温かいメッセージなどを用いることで、国民の利便性が確保されます。

ナッジとスラッジは表と裏の関係にあり、立場や視野が変われば、互いに入れ替わることがあります。社会損失をもたらすスラッジは削減したほうがよいのですから、政府や官僚はスラッジ監査を行い、国民のペインを減らし、生産性を高める努力を続けるべきです。


 

この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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