
書籍:世界は「賭け」で動いている 期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法
著者:ネイト・シルバー
出版社:光文社
ISBN-10 : 4334110630
【書評】『世界は賭けで動いている』なぜ今読むべきか?AI時代の戦略と意思決定
私たちの生きる現代は、テクノロジーの進化によってかつてないほどのスピードで変化し、極度な不確実性が支配する世界となっています。特に生成AIの台頭は、ビジネスの構造や社会の前提を根本から覆しつつあります。このような正解のない時代において、私たちはどのように意思決定を下し、キャリアや事業を構築していくべきでしょうか。
その解答を提示してくれるのが、世界的ベストセラー『シグナル&ノイズ』の著者であり、卓越したデータジャーナリストであるネイト・シルバーの最新作『世界は「賭け」で動いている 期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法』(光文社)です。
本書は、ポーカープレイヤー、ベンチャーキャピタリスト(VC)、そしてAI開発者といった、現代の「リスクテイカー」たちの思考法を解き明かした一冊です。 彼らはなぜ、極度の不確実性のなかで他者には見えない「優位性(エッジ)」を見つけ出し、勝ち続けることができるのでしょうか。
本書は単なる投資やギャンブルの解説書ではありません。不確実な世界を生き抜くための「期待値(EV:Expected Value)」という強力なレンズを通じて、人間の認知バイアスを乗り越え、不完全な情報から未来を「見積もる」力を浮き彫りにする、極めて実践的なビジネス書です。
さらに特筆すべきは、本書が現代のシリコンバレーを席巻する「加速主義」や、VCと起業家が織りなす「キツネとハリネズミ」の完璧な生態系に深く切り込んでいる点です。国家ではなく、リスクテイカーたちによって主導されるAI開発がもたらす「実存的リスク(人類絶滅の危機)」という究極の賭けを前に、私たちはどう振る舞うべきかが問われています。
ビジネスの現場において、私たちはしばしば「絶対に失敗しない確実な正解」を探し求めてしまいます。しかし、正解が存在しない領域において真に求められるのは、思い込みに騙されず、自らの直感すらも数値化し、適切にリスクを取りに行く力です。感情や同調圧力に流されず、判断の質を上げるための「構造的な思考」がなければ、これからの激動の時代を生き抜くことは難しいでしょう。
本記事では、本書が描き出す「リバー」と呼ばれる合理的なリスクテイカーたちの生態と、彼らを突き動かす期待値思考の本質、そして彼らが共有する「13の習慣」を紐解いていきます。予測不可能な未来を恐れるのではなく、期待値を計算して果敢に「賭け」に出るための、知的武装の旅に出かけましょう。
この記事でわかること
・リスクテイカーたちが共有する「期待値(EV)」に基づく合理的な意思決定のメカニズム
・優れたリスクテイカーが実践する「直感を数値化し、不完全な情報から見積もる技術」
・ベンチャー投資における「キツネ(ジェネラリスト)」と「ハリネズミ(スペシャリスト)」の補完関係
・伝統的な知識層(ビレッジ)の同調圧力を抜け出し、構造で物事を考えるアプローチ
・生成AIの進化がもたらす不確実性に対し、ビジネスパーソンが取るべきキャリアと知的生産の戦略
30秒でわかる本書のポイント
【結論】
・不確実な世界における最良の羅針盤は「期待値(EV)」であり、あらゆる意思決定は確率とリターンの計算に帰着します。
・優れたリスクテイカーは直感に頼るだけでなく、直感を数値化し、不完全な情報から高精度な見積もりを立てる能力を持っています。
・AI時代においては、確率的思考を持たない者は、常にアルゴリズムを支配する側の搾取の対象となるリスクがあります。
【原因】
・伝統的な社会や組織(ビレッジ)は、失敗や社会的追放を過度に恐れるため、期待値がプラスであってもリスクを伴う選択を極端に避ける傾向があります。
・人間の脳には「損失回避性」などのバイアスが備わっており、情報過多の現代では感情的な判断に流されやすくなっています。
・革新的な起業家(ハリネズミ)は一つの巨大なアイデアに固執するため、しばしば確率計算を無視した極端なリスクを取ってしまいます。
【対策】
・日常のあらゆる選択肢を「確率×得られるリターン」で数値化し、期待値が最大になる行動を知的生産の習慣として組み込みます。
・新しい情報が入るたびに、自らの仮説や過去の成功体験を柔軟にアップデートする「ベイズ的思考」を取り入れます。
・自らの専門性(ハリネズミ)を深め、リスクをとることを意識するだけでなく、多様な機会を探るジェネラリスト(キツネ)の視点を持つことで、勝利の確率を高めます。
本書の要約
本書は、極度の不確実性の中で巨額の資金を動かす「リスクテイカー」たちの生態と、彼らを貫く共通の思考法を解明したノンフィクションです。著者ネイト・シルバーは、彼らが属する合理的で計算高いコミュニティを「リバー」と呼び、社会的承認を重んじる伝統的で保守的な知識層を「ビレッジ」と定義して対比させます。
リバーの住人たちは、人間の直感や感情を排除し、すべてを「期待値(EV)」で測ります。彼らは不完全な情報から確率を見積もる技術(ベイズ的推論)に長けており、市場の非効率性から優位性(エッジ)を見出します。
さらに本書は、リスクを見積もるVC(キツネ)と無知で大胆な起業家(ハリネズミ)のペアがもたらすシリコンバレーの成功法則、優れたリスクテイカーの習慣、そしてマーク・アンドリーセンらに代表される「加速主義」の実存的リスクにも深く切り込みます。
合理性と野心が交差する世界の秘密を暴き、AI時代のビジネスパーソンに必須の「判断の質を上げる」ための羅針盤となる一冊です。
こんな人におすすめ
・経営者、起業家、新規事業担当者など、不確実な環境で決断を下すリーダー
・データに基づく戦略立案や顧客理解を求められるマーケターや事業開発担当者
・キャリアの転換点にあり、リスクを取るべきか、現状維持を選ぶべきか迷っている方
・生成AIなどのテクノロジーがもたらす未来の構造変化を、本質から深く理解したい方
・読書や習慣化などの知的生産プロセスをアップデートし、仕事のパフォーマンスを最大化したい方
本書から得られるメリット
・複雑な経営課題に対し、感情や同調圧力を排して「期待値」でドライに判断するスキルが身につきます。
・認知バイアスに気づき、不完全な情報からでも精度高く未来を「見積もる」推論力が鍛えられます。
・「キツネとハリネズミ」のモデルから、イノベーションを生む組織構成や個人のキャリア戦略を構築できます。
・リスクテイカーの13の習慣を学べます。
・失敗を恐れるのではなく、「期待値に基づいた正しいプロセスの一部」として受容する強靭なメンタルが育ちます。
・AIの進化という巨大な波に対し、傍観するのではなく、計算されたリスクテイクで立ち向かえるようになります。

期待値(EV)の支配——不確実な世界で勝ち続ける「リバー」の論理
リバーは勝ち続けている。シリコンバレーとウォール街は相も変わらずますます多くの富を蓄積し、ラスベガスはますます多くの金を吸い込んでいる。人間のの手による労苦ではなく、機械の計算によって作り出される世界では、アルゴリズムを理解する者たちが勝負を決める切り札を握っている。(ネイト・シルバー)
VUCAの時代に私たちはどうすれば、正しい選択を行い、勝利の確率を高めることができるのでしょうか?作家・統計学者のネイト・シルバーは本書『世界は「賭け」で動いている 期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法』でその答えを明らかにしています。
現代のビジネスパーソンが、まず身につけるべき概念が「期待値(Expected Value=EV)」です。 著者が「リバー」と呼ぶ人々――プロのポーカープレイヤー、シリコンバレーのベンチャーキャピタリスト、金融市場を分析するクオンツ――は、一見すると異なる世界で活動しています。
しかし、彼らには共通する思考法があります。それが、目先の成功や失敗ではなく、「得られる利益の大きさ」と「実現する確率」を掛け合わせ、長期的に最も有利な選択を重ねる期待値思考です。 一度の結果に一喜一憂せず、意思決定の質と結果を切り分ける。この合理的な姿勢こそが、不確実な世界に挑むリスクテイカーたちを結びつける、共通の判断原理なのです。
彼らの脳内では、あらゆる意思決定が「この行動を取った場合の勝率」と「得られるリターン」の掛け算として処理され、その数値がプラス(EV+)であるか、マイナス(EV-)であるかだけが問われています。
日本のビジネスシーンにおいて、私たちはしばしば「絶対に失敗しない確実な選択肢」を探してしまいます。会議では「リスクをゼロにする方法」ばかりが議論されます。しかし、不確実性に満ちた現実世界に、勝率100%の選択肢など存在しません。
ここで重要なのは、たとえ勝率が30%であっても、勝ったときに得られるリターンが投資額の10倍であれば、それは「喜んで取るべきリスク(EV+)」であるという冷徹な事実です。 シリコンバレーやウォール街が莫大な富を蓄積し続けているのは、彼らが「失敗を避けること」よりも「期待値の高い賭けを見逃さないこと」を最優先しているからです。
生成AIが既存のビジネスモデルを次々と破壊していく現代において、一つの固定化された事業計画に固執し、リスクを避けること(現状維持)は、長期的には最も期待値が低く、ジリ貧となる戦略に他なりません。変化の激しい時代では、学び直し(リスキリング)を継続し、複数の領域に「小さな賭け(実験)」を行って未来の選択肢を増やしておくことこそが、最も合理的な生存戦略となります。
ビジネスの世界であれ、スタートアップ投資であれ、私たちは情報が揃っていない「不完全情報ゲーム」を戦っています。その際、リバーな人々は単なる直感だけで動くのではありません。自分の直感を数値化し、不完全な情報をもとに的確な判断を下すのです。ここで彼らが武器としているのが「ベイズ的推論」です。
例えば、新規事業を立ち上げる際、最初は「成功確率10%」という漠然とした見積もりからスタートするかもしれません。しかし、市場から新しいデータ(シグナル)が得られるたびに、その情報を加味して「成功確率は15%に上がった」「競合の動きを見ると8%に下がった」と、自らの仮説を柔軟にアップデートしていきます。
私たちは往々にして、自らの思い込みに騙され、一度立てた計画に固執してしまいます。しかし、リバーの住人たちは、新たな証拠が提示されれば、過去の自分を1秒で切り捨てることができます。直感を数値化し、日々の新しい情報によって期待値を計算し直すこのプロセスこそが、判断の質を極限まで高める源泉なのです。
顧客理解やマーケティングにおいても、自らの仮説を盲信するのではなく、市場の反応というデータによって冷静に確率を見積もり直す習慣が、最終的な勝敗を分けます。
イノベーションの生態系——キツネ(VC)とハリネズミ(起業家)の補完関係
一般的にシリコンバレーは、リスクに関して社会の大半の人が理解していないことを理解しているーーたとえ確率が比較的低くても、充分に大きな見返りが期待できるなら挑戦する価値がある。
著者は本書の中で、イノベーションを生み出す人々の生態系を「キツネ」と「ハリネズミ」というメタファーで解説しています。ここには、ベンチャー企業がいかにして世界を変えるのかという構造的な秘密が隠されています。
ベンチャーキャピタリスト(VC)など、投資のプロフェッショナルは多くの場合「キツネ」です。キツネは、経済学的な定義における単なる「リスク愛好型(スリルを味わうためだけに賭けをする)」とはかぎりません。むしろ彼らは、リスクを見積もるのが得意であり、期待値(EV)がプラスになる賭けを自分で探し出す能力を持っています。
一方、世界を一変させるような圧倒的なビジョンを持つスタートアップの起業家は「ハリネズミ」です。彼らは「ひとつの大きなこと」を知っており、10年単位でその突飛なアイデアに全精力を注ぎ込みます。シリコンバレーでの成功の秘訣をまとめるなら、それはリスク耐性の高いVC(キツネ)と、無知な起業家(ハリネズミ)を組み合わせることにあります。
起業家はある意味で非合理的なリスクを取ることがあります。それは限界収穫逓減の法則が適用されないような、極端にリターンが大きい領域です。例えば、全財産100万ドルを持っている人が、その全額を「2%の確率で2億ドルになるが、98%の確率でゼロになる」という勝負に賭けるようなものです。この賭けの期待値(EV)はプラス300万ドルですが、一度きりの人生で破産確率98%の勝負に出るのは、常人には不可能です。
しかし、ハリネズミの情熱と無知(既存の枠組みに囚われない大胆さ)がこのリスクを引き受けます。そして、キツネ(VC)がその背後に立ち、数十、数百のハリネズミに資本を分散投下することで、ポートフォリオ全体として莫大な期待値を回収するのです。企業内の組織構築においても、この「突飛なビジョンを持つイノベーター」と「冷静に期待値を見積もるスポンサー」の完璧なペアを作ることが、成功への最短距離となります。
本書では、不確実な世界で勝ち続ける「リバー」の住人たちに共通する特性を「13の習慣(法則)」として体系化しています。これらは単なる投資テクニックではなく、激動のAI時代を生き抜くための実践的なマインドセットです。
① 優れたリスクテイカーはプレッシャーにさらされても冷静
致命的な判断ミスは、恐怖や焦りから生まれます。彼らは危機的状況でも感情を切り離し、数学的な事実にのみフォーカスします。
② 優れたリスクテイカーは勇敢
期待値がプラスであれば、世間の常識に反していてもベットする勇気を持ちます。ビレッジ的な同調圧力に屈しません。
③ 優れたリスクテイカーは戦略的な共感力を持つ
ポーカーでもビジネスでも、対戦相手や顧客の立場に立って考える能力が不可欠です。相手の行動原理を構造的に理解し、逆手にとります。
④ 優れたリスクテイカーは結果ではなく過程を重視する
運の要素が絡む以上、正しい決断をしても負けることがあります。彼らは結果論で一喜一憂せず、意思決定のプロセスが合理的であったかだけを検証します。
⑤ 優れたリスクテイカーはシュートを打つ
完璧な情報が揃うのを待っていては機会を逸します。不完全な状態でも、まずは行動を起こし(シュートを打ち)、市場からのフィードバックを得ます。
⑥ 優れたリスクテイカーは、人生に対して「レイズかフォールドか」という姿勢で臨む
中途半端な妥協(コール)を嫌います。優位性があれば積極的にリスクを取り(レイズ)、なければ速やかに撤退(フォールド)します。
⑦ 優れたリスクテイカーは準備を怠らない
勝負の瞬間のために、平時の地道なデータ収集やシミュレーション、習慣化されたルーティンを徹底的に行います。
⑧ 優れたリスクテイカーは選択的に細部にまで注意を払う
すべての情報に反応するのではなく、結果を大きく左右する重要な変数(シグナル)だけを嗅ぎ分け、ノイズを切り捨てます。
⑨ 優れたリスクテイカーは適応能力が高い
市場環境やテクノロジー(AIなど)が変化すれば、過去の成功体験をあっさりと捨て、新たな戦略に即座に適応します。
⑩ 優れたリスクテイカーは見積もりが得意
直感を数値化し、ベイズ的推論を用いて常に確率をアップデートし続けます。
⑪ 優れたリスクテイカーは周囲に溶け込むのではなく、目立とうとする
その他大勢と同じ行動をとっていては、超過利益(エッジ)は得られません。あえて異端であることを恐れません。
⑫ 優れたリスクテイカーは用心深く逆張りする
大衆がパニックになっている時こそ冷静に買いに向かうなど、市場の歪みを突きますが、そこには緻密な計算(用心深さ)があります。
⑬ 優れたリスクテイカーは金銭を目的としない
彼らにとって金銭は「ゲームのスコア」に過ぎません。真の目的は、複雑なパズルを解き明かし、自らの合理性を証明することにあります。
「加速主義」とAIの実存的リスク
アルトマンのようなAI楽観主義者や「AI破滅論者(ドウーマー)」はどちらも、世界の文明が原子爆弾以来の分岐点に差しかかっており、AIが人類存続のための技術的な賭けだと考えている。
本書の後半で展開される、現代のAI開発における思想的対立の描写は、私たちが生きる時代の構造を理解する上で極めて重要です。ネイト・シルバーは、シリコンバレーの一部で公然と支持されている「加速主義(アクセラレーショニズム)」に警鐘を鳴らしています。
マーク・アンドリーセンに代表される加速主義者たちは、AIの純然たる急速な発展を進めるべきであり、その結果生じるリスクは二の次でいいと考えています。彼らはテクノロジーのロマンスを深く信じており、「すべては成長の下流にある」という極端な主張を展開します。彼らの行動原理は「素早く行動して破壊せよ(Move fast and break things)」というシリコンバレーの伝統的なパラダイムです。
しかし、イーサリアムの考案者であるヴィタリック・ブテリンの反論は非常に重いものです。「AIはほかの技術とは根本的に異なるため、比類なき注意を払うべきだ」。つまり、AIは単なる便利なツールではなく、文明そのものを破壊するおそれのある世界初の技術になり得るというのです。 AIの開発競争は今、巨大な資本を持つ少数のリスクテイカーたちによって主導されています。
彼らは、AIがもたらす「実存的リスク(人類絶滅の危機)」という途方もないギャンブルにおいて、世界中の人々を巻き込んで巨額のベットを行っている状態なのです。 この章が我々に示唆するのは、テクノロジーの進化を手放しで礼賛するのではなく、その背後にある思想と構造を冷徹に見極めることの重要性です。私たちは今、ビレッジの常識が通用せず、リバーの極限の合理性が暴走しかねない世界を生きています。
だからこそ、個人も企業も、自らの頭で構造を考え、リスクを適切に見積もる力を持たなければならないのです。 AI時代のキャリア戦略——「ビレッジ」の同調圧力を抜け出し、オプションを広げる アルゴリズムと機械の計算が世界を覆い尽くし、加速主義的なスピードでAIが進化していく中で、私たち一般のビジネスパーソンはどのような生存戦略を取るべきでしょうか。
「AIはまだ不完全だから使わない」「自分の専門職はAIには奪われない」といった考え方は、典型的な現状維持バイアスであり、社会的承認ばかりを気にする「ビレッジ」的な期待値の低い戦略です。 リバーの思考法を持つ者は、自らの直感や専門性(ハリネズミ的要素)を軸にしつつも、AIという強力なテクノロジーがもたらす変化にいち早く気づき、それを自らの知的生産のプロセスに組み込むための試行錯誤(キツネ的アプローチ)をすでに始めています。
人生やキャリアもまた、無数の「賭け」の連続です。どの会社に所属するか、どのスキルを新たに学ぶか。これらはすべて、限られた時間という資本をベットする投資行動だと言えます。自らのエッジが活きる領域を見極め、感情や同調圧力に流されず、構造と確率で考えること。本書が私たちに突きつけるのは、「リスクを取らないことこそが、最大の致命的リスクである」という冷酷な真理なのです。
コンサルタント 徳本昌大のView
ベンチャー企業の経営支援やIPOに向けた伴走を通じて、数多くの経営者や投資家と対話する中で、私が日々痛感していることがあります。組織の意思決定を阻む最大の要因は、情報不足そのものではありません。失敗を過度に恐れる「リスク回避のマインドセット」です。
多くの人は、先の見えない状況に置かれると、行動を先延ばしにします。あるいは、過去にうまくいった方法に固執し、環境が変化しているにもかかわらず、同じ選択を繰り返します。しかし、不確実性の高い時代に、完全な情報がそろうまで待っていては、機会そのものを失ってしまいます。
本書で描かれる「リバー」の住人たちは、不確実性をなくそうとはしません。わからないことが残るのを前提に、小さく行動し、その結果から学び、次の判断を修正します。失敗を避けるのではなく、失敗から得られる情報を意思決定に組み込んでいるのです。
その根底にあるのが、ベイズ的思考です。 ベイズ的思考とは、最初から正解を知っていることではありません。現時点の情報から「おそらくこうだろう」という仮説と確率を置き、新しい証拠が得られるたびに、その見積もりを更新していく考え方です。 例えば、新規事業が成功する確率を当初30%と見積もったとします。
その後、顧客インタビューで強い課題が確認され、試作品の継続利用率も高かったなら、成功確率を50%や60%へ引き上げる。一方、顧客が料金を支払わず、利用頻度も伸びないのであれば、確率を引き下げる。このように、自分に都合のよい情報だけを集めるのではなく、観察された事実に応じて仮説を修正するのがベイズ的思考です。
重要なのは、直感を捨てることではありません。直感を「絶対に正しい答え」ではなく、「検証すべき最初の仮説」として扱うことです。優れたリスクテイカーは、経験から生まれた直感を起点にしながらも、それを確率や期待値に置き換え、反証となる情報にも目を向けます。 ここで役立つのが、期待値(EV)という考え方です。
期待値は、起こり得る利益と損失に、それぞれの発生確率を掛け合わせて判断するものです。成功確率が低くても、成功した場合の利益が大きく、失敗した場合の損失が限定されているなら、挑戦する価値はあります。反対に、成功確率が高く見えても、失敗時に事業継続を脅かすほどの損失が生じるなら、慎重になるべきです。
優れたリスクテイカーは、単に失敗を恐れない人ではありません。許容できる損失をあらかじめ定め、小さく試し、得られた情報によって投資額や行動を調整できる人です。勝算が高まれば資源を追加し、仮説が崩れれば速やかに撤退する。挑戦する勇気と、引き返す冷静さを同時に備えています。
私が移動や多読を重視しているのも、ベイズ的思考と深くつながっています。異なる土地を訪れ、多様な本を読み、新しい人と対話することで、偶然のシグナルや自分の考えを覆す情報に出会う確率が高まります。移動も読書も、単なる気分転換や知識の蓄積ではありません。世界との接触面積を広げ、自らの仮説を日々更新するための「期待値の高い行動」なのです。
Geminiをはじめとする生成AIを、マーケティング戦略の立案や自分の行動計画などの知的生産に活用することも、未来への適応に向けたリスクテイクだと考えています。AIの可能性を過大評価する必要はありませんが、未知だからという理由だけで遠ざければ、その実力も限界も理解できません。
意思決定の前には、次のように自問する必要があります。 「この選択の期待値はプラスか」 「成功確率と失敗時の損失を分けて考えているか」 「新しい情報に応じて、当初の見積もりを更新できているか」 「自分の仮説を支持する情報だけを集めていないか」 「どの条件になったら、追加投資または撤退するのか」 不確実な世界では、一度の判断を正解にすることよりも、間違いに早く気づき、次の判断を改善することのほうが重要です。
自らの思い込みに騙されず、物事を構造と確率で捉え、行動から得た情報によって仮説を更新し続ける。本書から学べるのは、リスクを恐れない精神論ではなく、不確実性と賢く付き合うための実践的な意思決定の作法なのです。
FAQ
Q1. 大成功を収めた優れたリスクテイカーの習慣とは?
優れたリスクテイカーは、無謀に賭ける人ではなく、挑戦と撤退を冷静に設計できる人です。短期的な結果に一喜一憂せず、長期的な視点で仮説、実行、検証、改善のプロセスを重ね、失敗を次の成功に生かします。また、並外れた競争心を持ちながらも、顧客や競合、交渉相手の立場や感情、利害を理解する「戦略的共感」を忘れません。事前の準備を徹底し、許容できる損失と撤退条件を明確にしたうえで果敢に行動します。リスクを恐れないのではなく、損失を制御しながら学び続けることが、優れたリスクテイクの本質なのです。
Q2. 著者ののスタンスとは?この本から何を学べばよいのでしょうか?
著者のスタンスには若干倫理的な偏り(リバー偏重)があることを認識した上で読むことが大切です。学ぶべきは、彼らリスクテイカーが「不確実性をどう処理し、どう決断しているか」という思考のプロセスです。彼らの行動を全肯定するのではなく、「彼らの武器(期待値計算)を借用しつつ、自分の倫理観とガバナンスで制御する」というメタ認知の視点を持って読むと良いでしょうか。
Q3. 日常生活で「確率的思考」を身につけるための良い習慣はありますか?
日常の小さな選択において、「絶対」という言葉を排除し、「〜の確率は◯%くらいだろう」と考える癖をつけます。たとえば「この企画は絶対に当たる」ではなく「成功確率は60%だが、失敗時のリスクが低いからやろう」と言い換える。この言葉の習慣化が、結果に一喜一憂せず、プロセスを客観視する論理的思考力の基礎を作ります。
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