リーダーが忘れてはならない3つの人間心理 (小阪裕司)の書評

書籍:リーダーが忘れてはならない3つの人間心理
著者:小阪裕司
出版社:フォレスト出版
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リーダーが忘れてはならない3つの人間心理の書影

【書評】『リーダーが忘れてはならない3つの人間心理』AI時代の組織戦略と人を動かす力

現代のビジネス環境は、生成AIの劇的な進化やデジタルツールの普及により、かつてないスピードで変化し続けています。膨大なデータの処理、精緻なKPIの設計、論理的な最適解の導出といった「左脳的」なタスクは、もはや人間の専売特許ではなくなりつつあります。

誰もが瞬時に高度な情報にアクセスし、それなりの正解を導き出せるこの時代において、リーダーに求められる「代替不可能な役割」とは一体何でしょうか。 それは、正しいロジックを提示し相手を論破することではなく、生身の人間が持つ「感情のマネジメント」であり、チームに共感とビジョンをもたらし、普通の人を熱狂するヒーローへと変える力です。

今回取り上げる『リーダーが忘れてはならない3つの人間心理』(小阪裕司著)は、4000社を超える企業の経営指導を行ってきた著者が、人が動く根源的なメカニズムを脳科学と心理学の視点から紐解き、真に強い組織をつくるための原則を徹底解説した一冊です。

私たちは往々にして、緻密な経営計画や正論による「説得」で部下を動かそうと試みます。しかし、人間の脳は理屈(認知)よりも先に感情(情動)で反応する生き物です。論理がどれほど正しくても、そこに「快」や「共感」が欠けていれば、人は決して自発的には動きません。

本書が提示する「『快』と結びつける」「『意味』を与える」「演じさせる」という3つの大原則は、リーダーが陥りがちな思い込みを打破するための強力なレンズとなります。

「楽しさは伝染する」「説得ではなく共感の土壌をつくる」「5分間で理想の一日を描く」といったメソッドに加え、本書の白眉とも言えるのが「普通の人をヒーローに変えるメカニズム」の導入です。名作ドキュメンタリー『プロジェクトX』や映画『スター・ウォーズ』に共通する「英雄神話」の構造をビジネスに応用することで、ただの作業者だった部下たちが、自らの人生の冒険を生きる主人公へと変貌していくプロセスは、まさに圧巻です。

これらは、近年のモチベーション理論で語られる「内発的動機づけ」や「パーパス」を、日々のマネジメントの実務レベルに見事に翻訳したものです。本記事では、本書の核心部分である3つの原則を深く要約するとともに、「なぜ今、このAI時代に人間の感情理解と英雄神話の共有が必須なのか」という視点から、経営戦略や日々の意思決定にどう組み込むべきかを考察します。

部下を持つすべてのリーダーはもちろん、組織の壁に直面している経営者、そしてテクノロジーの進化の中で自らのキャリアのあり方を模索しているビジネスパーソンにとって、現状を打破し、物事を「構造」で捉え直すための確かなヒントとなるはずです。

この記事でわかること

・人間が行動を起こす根本的な脳のメカニズム(情動経路と認知経路の決定的な違い)
・部下の心にスイッチを入れる3つの大原則(「快」と結びつける、「意味」を与える、「演じさせる」)
・人を変えようとする「説得」が逆効果になる理由と、「共感の土壌」を育む具体的な習慣
・経営計画の数字の前に、「5分間で理想の一日」を描き、反復してビジョンをシェアすべき理由
・『プロジェクトX』や『スター・ウォーズ』に学ぶ、普通の人をヒーローに変える6つのステップ
・ロジックが陳腐化するAI時代において、リーダーが取り組むべき本質的かつ代替不可能な役割

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・人を動かすのは論理的な正論や説得ではなく、脳が本能的に求める「快」の感情である。
・リーダーは「快と結びつける」「意味を与える」「演じさせる」の3原則で部下へのアプローチを変えるべきである。
・「不可能と思える目標」と「試練」を与えることで、普通の人は自律的なヒーローへと覚醒する。
【原因】
・人の脳には、瞬時に「快・不快」を判断する情動経路があり、ここで「不快」と判断されると理屈(認知経路)は機能しないため。
・無理やり相手を変えようとする「説得」は、脳の回路に逆らうため相手に不快感しか与えず、行動の変容に結びつかないため。
・人間の脳は新しく得た情報を「自分に都合のいいように解釈する」性質があり、一度語っただけのビジョンは必ずズレてしまうため。
【対策】
・日々のコミュニケーションにおいて、最高レベルの快情報である「ねぎらい」を意識的に伝え、信頼の土壌を築く。
・作業の指示だけでなく、その仕事が持つ「意味」を明確にし、リーダー自身の自己中心的な「事業欲」をさらけ出す。
・古今東西の「英雄神話のステップ」にならい、明確な期日を持ったプロジェクトをぶち上げ、部下をその物語の主人公に任命する。

本書の要約

本書は、マーケティングや経営指導の現場で数千社を見てきた小阪裕司氏が、リーダーシップとチーム作りの根幹にある「人間心理」を解き明かした実践書です。

著者は、人が動く原則として「『快』と結びつける」「『意味』を与える」「演じさせる」という3つを提示します。 脳には情報を瞬時に処理する「情動経路」と、時間をかけて理知的に処理する「認知経路」があり、人はまず感情で「快」か「不快」かを判断します。

したがってリーダーは、「説得」で相手を変えようとするのではなく、「ねぎらい」やリーダー自身の「楽しむ姿勢」を通じて部下に「快」を届ける必要があります。

また、人は意味のない行動を嫌うため、経営計画の数字の前に「理想の一日」を5分間で克明に描き、そのビジョンを反復して共有(シェアリング)し続けることが求められます。 さらに本書は、部下に特定の「役割を演じさせる」仕組みとして、『プロジェクトX』などに見られる「英雄神話のメカニズム」を組織に導入することを推奨しています。

不可能と思える目標と試練を与えることで、人は自らの人生を冒険として捉え直し、ヒーローへと成長します。人間の泥臭い心理を理解し、物語の構造を活用することでのみ、自律的に動く「神話となるチーム」が完成すると説いています。

こんな人におすすめ

・緻密なKPIや数値目標を設定しているのに、チームの熱量や当事者意識が低く、なぜ動かないのか悩んでいるマネージャー
・ロジックや正論で部下を「説得」しようとして、かえって心の距離が開いてしまったと感じている経営者
・AIなどの効率化ツールを導入する過程で、組織内に「恐れ」やハレーションが起きて困っているリーダー
・抽象的な企業理念(パーパス)を、日々の実務レベルや部下のモチベーション向上にどう落とし込めばいいか模索しているビジネスパーソン

本書から得られるメリット

・人間関係のトラブルや組織の停滞を「性格の問題」ではなく「脳のメカニズムの問題」として構造的に理解できる。
・相手を変えようとする無駄な労力を手放し、「ねぎらい」という明日からすぐ実践できる具体的なアクションを獲得できる。
・5分間で「理想の一日」を描くという実践的ワークにより、自身の真のビジョンと事業欲をクリアに言語化できる。
・組織に「英雄神話のメカニズム」を導入し、受け身の部下を自発的に課題に挑むヒーローへと変身させる枠組みが手に入る。

脳科学が明かす「人が動かない」本当の理由:情動経路と認知経路の壁

そもそも人は「ワクワクすること」しかやろうとしない。人は「快」を求めるものなのです。(小阪裕司)

ビジネスの現場において、私たちはしばしば「正しい戦略」や「合理的なプロセス」さえ示せば、人は自ずと動くと思い込みがちです。しかし、どれほど見事なプレゼンテーションを行い、AIを駆使してデータに基づいた完璧な計画を立てても、組織が全く機能しないというケースは後を絶ちません。

本書『リーダーが忘れてはならない3つの人間心理』で小阪裕司氏が脳科学の視点から指摘しているのは、人間は情報の入力に対して、二つの全く異なる経路で価値判断を下しているという冷徹な事実です。

一つは「情動経路」と呼ばれるもので、外部からの刺激に対して瞬時に「快」か「不快」かをダイレクトに判断する一次判断系です。もう一つは「認知経路」であり、こちらは少し時間をかけて理知的に情報を処理する二次判断系です。

ここで極めて重要なのは、どんなに認知経路(理屈やロジック)で「正しい」と理解しても、情動経路(感情)で「不快」というスイッチが入ってしまえば、人はその情報や発信者を無意識のうちに拒絶してしまうということです。

著者が紹介している社会心理学者ロバート・B・チャルディーニのエピソードは、人間の不合理さを象徴しています。天気が悪いというだけで、ただ予報を伝えているだけの天気予報担当者が人々に恨まれ、時には傘で叩かれたり、「雨がやまなければお前を撃ち殺す」と脅されたりすることすらあります。

これは、脳が「不快な情報」をもたらす人を直感的に嫌うメカニズムを持っているからです。 このメカニズムを組織マネジメントに置き換えてみましょう。どんなに優れた業務改善の指摘であっても、それを伝えるリーダーに対して部下が日頃から「不快」の一次判断を下していれば、その施策は実行されません。

相手を論理で無理やり「説得」しようとする試みは、脳の回路に逆らうものであり、多くの場合「不快」を生み出して逆効果になります。構造で考えるならば、「正しいことを言う前に、相手の脳に『快』の土壌を作る」ことが、リーダーの絶対的な必須要件なのです。

では、どのようにして部下の脳に「快」のスイッチを入れるのでしょうか。本書の第一の原則は、仕事や行動を「快」の感情と結びつけることです。 人間関係の基礎を成す信頼をつくる上で、「返報性のルール」という社会心理学の概念が極めて有効です。

いいことをしてくれた人には、いいことでお返しをするという、あらゆる社会が共通して持っているルールです。リーダーが部下に対して「快」を感じさせてあげれば、相手もその「快」を仕事へのモチベーションやリーダーに対する態度で返してくれます。

そして、人にとって最高の「快」であり、「魂のごちそう」と呼べるものが「ねぎらい」です。ねぎらいとは、結果が出たから褒めるという条件付きの評価ではなく、相手の存在そのものに対して感謝と敬意を表することです。日常の業務に追われていると、私たちはついタスクの進捗管理やエラーへの指摘ばかりに終始してしまいます。

しかし、「あなたの存在がこのチームにとって価値がある」というシグナル(ねぎらい)を送り続けることこそが、「神話となるチーム」をつくるための「信頼関係の土壌」を育むのです。

さらに、新しいプロジェクトや制度を導入する際、リーダー自身がそれを「楽しむ」姿勢が重要です。未知の変化に対して、人は本能的に「恐れ」を抱きます。そこで論理的な突破口を用意するのではなく、やっていること自体を「楽しむ」こと。楽しさは強力な「快」であり、徐々に社内に伝染していきます。

そのためには、リーダー自身が頭を柔軟に保ち、遊んだり、人に会ったり、本を読んだりして、常に新しい刺激を素直に喜ぶ姿勢を持つことが求められます。著者が主宰する会で行われている「バリデーション・サークル」(全員で誕生日を祝い、色紙を回す習慣)などは、一見非効率に見えて、実はこの「快」と「共感の土壌」を強固にする極めて合理的なシステム設計だと言えます。

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理の書影

原則2:「意味」を与える——自己中心的な事業欲から生まれる共感とビジョン

人の根源的な力の発動に、深く結びついている話なのです。「何をやるか」だけを指示しても、人の深い力は発動しない。しかし、「なぜやるか」ということを語れば語るほど、それがその人に浸透していき、「何をやるか」は自分で考え付くのです。 逆に、「なぜやるか」を言わなければ、「意味」がわからないままやる。これは「不快」なことなんです。

本書が提示する第二の原則は、行動に「『意味』を与える」ことです。人は本質的に、意味のないことはやろうとしない、意味を求めて生きる動物です。 定型業務をAIが瞬時に代替していく現在、「なぜ私たちがこの仕事をするのか」という納得感(パーパス)がなければ、優秀な人材のモチベーションは決して保てません。

しかし、ここで多くのリーダーが勘違いしがちなのが、「意味」=「世のため人のための立派な理念」でなければならないという思い込みです。著者は、共感を生む源泉はもっと泥臭いものだと指摘します。それは、リーダーの心の底から湧き出ている自己中心的な「事業欲」です。「どうしてもこの商品を世に広めたい」という、ある意味で利己的とも言える強烈な情動。

それこそが、人の心を打ち、共感の輪を広げるのです。 この事業欲を形にするために必要なのが「ビジョンの共有」です。多くの会社では、経営理念からいきなり「一年間の経営計画」や「数値目標」に飛んでしまいます。しかし、数字だけを見せられても、それは部下の脳にとって具体的なイメージを結ばず、意味がわかりません。

著者が提案する最もパワフルで実践的なワークが、「5分間で自分の理想の一日を紙に克明に書く」というものです。朝起きてからどう行動し、どんな顧客と笑い合い、目標を達成したときにどんな景色が見えるのか。この「理想の一日」を具体的に描くことで初めて、ビジョンは視覚化されます。

しかし、ここで終わってはなりません。本書の冷徹な洞察は、「ビジョンは一回では伝わらない」という事実です。人間の脳は、新しく得た情報を「自分に都合のいいように解釈する」という厄介なメカニズムを持っています。リーダーが一回語っただけで伝わった気になっていると、組織に致命的なズレが生じます。

だからこそ、描かれたビジョンは「命令」として下ろすのではなく、「シェアリング(分かち合い)」として、ズレがなくなるまで何度でも繰り返し語り続ける泥臭さが必要なのです。

多くの経営者は「MVVを策定した」と言います。しかし、実際には言葉を掲げただけの「額縁MVV」にとどまり、社員に繰り返し伝え、日々の意思決定や行動に落とし込む努力が不足しています。MVVは、作成した時点では何の力も持ちません。

経営者が自らの言葉で語り続け、評価制度や会議、採用、顧客対応にまで浸透させて初めて、組織を動かす共通の判断軸になります。この姿勢を改めない限り、どれほど立派なMVVを掲げても、組織が強くなることはありません。

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理の書影

原則3:「演じさせる」——普通の人をヒーローに変える「英雄神話」のメカニズム

あなたの会社が、この「ヒーロー変身メカニズム」を導入したとき、あなたのチームメンバーが他人のドラマを観るのではなく、自分たちが主人公としてドラマを生き、冒険を生きたとき、彼らは必ずヒーローとなって、あなたのもとに還って来るのです。

第三の原則が「演じさせる」ことです。本書の最もエキサイティングな部分は、普通の人を驚くべき成果を上げるヒーローへと変える「メカニズム」の存在を明かしている点にあります。 名作ドキュメンタリー『プロジェクトX』のすべてのエピソードには共通項があります。

それは、「普通の人の物語であること」「不可能と言われていたことに挑戦すること」「数多くの困難があること」、そして「最後にはやり遂げること」です。これはまさに古今東西の神話で語られる「英雄神話」の構造そのものです。

『スター・ウォーズ』もまた、同じステップで感動のドラマをつくり上げています。
<感動するドラマ・神話の6ステップ>
・不可能と思える目標が設定される
・その目標達成に挑む
・人々が結集される
・目標達成のため旅立つ
・その後は長大な試練が続く
・最後にその目標を達成する

目標に挑んだ人々が英雄となって帰還する 人の心に感動を生むためには、やっぱりまず「試練」をくぐり抜けて目標を達成するというセオリーが不可欠なのです。著者は、この「ヒーロー変身メカニズム」を自社の普通の社員たちに導入することを強く推奨しています。

具体的には、ステップ1としてリーダーが「不可能と思える(しかしリーダー自身は不可能とは感じていない)目標」をぶち上げます。この目標には、「計測可能であること」「始まりの期日が明確であること」「終わりの期日が明確であること」の5つの要素が必要です。

そしてステップ2として、その目標達成に挑むプロジェクト担当をどんどん任命していくのです。 ヒーローは、最初はしょぼい存在です。しかし、試練を乗り越え、目標をなし遂げて帰還したときには真のヒーローになります。人は無意識に自分自身をこの物語に重ね合わせます。

リーダーがこのメカニズムを会社に導入したとき、チームメンバーは「他人のドラマ」を観客として眺めるのではなく、「自分自身の人生のドラマ」を生きることになります。自分たちが主人公として生き、冒険を生ききったとき、彼らは必ずヒーローとなって還ってくるのです。

ここまで見てきた「快」「意味」「演じさせる(英雄神話)」の3原則は、AI時代に突入した現代において、その重要性を飛躍的に高めています。

生成AIは、膨大なデータから過去のパターンを抽出し、論理的に正しい戦略案や最適なKPIを瞬時に弾き出すことができます。

また、「不可能と思える目標」を入力すれば、AIは過去の確率論から「それは非効率であり、成功確率は低い」と合理的に否定するかもしれません。

つまり、認知経路に訴えかける「正論」や「最適解」の生成において、人間はもはやAIに敵わず、ロジックの価値は急速にコモディティ化しているのです。 しかし、AIには絶対にできないことがあります。それは、生身の部下の「情動経路」にアクセスして「快」を生み出し、「ねぎらい」によって信頼の土壌を耕すことです。

また、AI自身が「この仕事にはこんな尊い意味がある」と涙を流して語りかけることもできません。 そして何より、AIは効率を重んじるため「無駄な試練」を回避しようとしますが、人間は違います。人間は「試練」を乗り越えるプロセスにこそ人生のドラマを見出し、自らをヒーローへと成長させる生き物なのです。 5

分間で「理想の一日」という未来の絵を人間の内面から創造し、それを何度も反復してシェアし続ける泥臭いコミュニケーション。そして、部下に不可能と思える目標と試練を与え、彼らの人生を冒険へと変えるプロデュース力。

戦略を立てること以上に「実行」させることが難しい現代において、企業の真の競争優位性は、「感情を通じた深い結束力」と「物語(ナラティブ)に没入するエネルギー」に他なりません。人間という泥臭い生き物の心理を深く理解し、感情のマネジメントを通じて人を動かす力。

これこそが、論理が陳腐化するAI時代において、人間にのみ残された最大の領域であり、最強の戦略なのです。 コンサルタント

コンサルタント 徳本昌大のView

数多くの企業の社外取締役やアドバイザーとして経営会議に参加し、組織開発の現場を見てきた中で、繰り返し直面する課題があります。それは、戦略や数値計画は論理的に整っているにもかかわらず、現場の行動につながらないという問題です。

経営陣は正しい方針を示し、必要性も丁寧に説明している。それでも、社員の反応は鈍く、会議で決まった施策が実行されない。こうした状況では、現場の意欲や能力が問題視されがちです。しかし、本当に見直すべきなのは、戦略の内容ではなく、その伝え方と人間に対する理解なのかもしれません。

『リーダーが忘れてはならない3つの人間心理』は、人は論理だけでは動かないという現実を明らかにします。人間の判断には情動と認知の双方が関わり、多くの場合、感情が先に反応し、その後に理屈が組み立てられます。

つまり、人は客観的な正しさを受け入れるのではなく、自分の経験や関心に沿って情報を解釈するのです。 この前提を理解すれば、「正しいことを説明したのだから、相手は動くはずだ」というリーダー側の思い込みから離れられます。

部下が動かない原因を、理解力や当事者意識の不足だけに求めるのではなく、相手の感情や意味づけまで含めて設計することが重要になります。人間心理を学ぶことは、組織を動かすための技術であると同時に、リーダー自身の不要な苛立ちを減らすための教養でもあります。

本書が優れているのは、人間心理の解説だけで終わらず、組織の行動につなげる具体的な方法を提示している点です。

たとえば、「5分間で理想の一日を描く」というワークは、抽象的な理念を、社員が自分の仕事として想像できる情景へ変換します。

また、英雄神話の構造を活用すれば、組織が目指す未来を、単なる目標数値ではなく、試練を乗り越えて成長する物語として共有できます。 企業理念と数値計画の間には、しばしば大きな空白があります。理念が抽象的すぎれば現場は何をすべきか判断できず、数値だけを示せば仕事の意味を見失います。

この空白を埋めるのが、具体的な情景と感情を伴う物語です。社員が自分の役割を理解し、自らをその物語の登場人物として位置づけられたとき、戦略は初めて行動へと変わります。 ただし、物語は経営者が一方的に語れば浸透するものではありません。

重要なのは、命令や説得ではなく、対話を通じて意味を共有することです。経営会議やチームミーティングに、理想の未来を描き、それぞれの役割を語り合う時間を組み込む。さらに、それを一度限りのイベントにせず、継続的に反復する。この仕組みが、戦略の浸透度と組織の実行力を高めます。 生成AIの進化によって、情報収集や分析、戦略案の作成は急速に効率化されています。一定水準の「正解」を導き出すこと自体は、以前ほど難しくありません。

しかし、正解を示すことと、多様な人々が納得して行動することは別の能力です。戦略が似通うほど、企業間の差は、構成員の感情を理解し、共通の物語をつくり、行動を引き出せるかどうかに表れます。

これからのリーダーに必要なのは、論理的な戦略に、人が動くための感情と意味を接続することです。自らの事業への意志を言葉と行動で示し、メンバーに成長の機会と挑戦の物語を提供する。

そのうえで、リーダー自身が主役になるのではなく、一人ひとりが力を発揮できる環境を整えることが求められます。 戦略を作るだけでは、組織は変わりません。人間心理を理解し、戦略を共有可能な物語へ翻訳し、対話を通じて行動へ落とし込む必要があります。

本書は、現場が動かない原因を部下の意識に求める前に、リーダーが自らの伝え方と関わり方を見直すための実践書です。AI時代においても代替されにくい「人を理解し、人を動かす力」を鍛えたいリーダーにとって、投資対効果の高い一冊だと言えます。

 FAQ

Q1: なぜ、論理的で正しい説明(説得)をしても部下は動かないのでしょうか?

A1: 脳のメカニズムとして、人間には瞬時に快・不快を判断する「情動経路」があり、他人に考えを無理やり変えられそうになる(説得される)と「不快」のスイッチが入り、無意識に拒絶してしまうからです。正論をぶつける前に、まずは「ねぎらい」を通じて「快」と信頼の土壌を作っておくことが大前提となります。

Q2: 経営計画の数字を必死に説明しても、チームのモチベーションが上がりません。どうすべきですか?

A2: 理念からいきなり数字(結果)に飛んでしまっているのが原因です。数字だけでは脳は意味を理解できません。まずはリーダー自身が「どんな顧客とどんな理想の一日を過ごしたいか」という具体的なビジョンを5分間で描き、それを何度もメンバーと共有(シェアリング)してズレをなくすことから始めてください。

Q3: 自発的に動く部下を育てるにはどうすればいいですか?

A3: 会社に「英雄神話のメカニズム」を導入するとよいでしょう。明確な期日を設けた上で、少し「不可能」と思えるような目標(プロジェクト)をぶち上げ、部下をその担当に任命します。彼らが試練を乗り越える物語の主人公として自らの人生を生きるようになれば、必ず自発的なヒーローへと覚醒します。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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