日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか
渋谷和宏
平凡社
日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか (渋谷和宏)の要約
日本企業が再び競争力を取り戻し、社員のやる気を引き出すためには、コスト削減経営から脱却し、ビジョンを提示し、イノベーションを促進する経営に転換する必要があります。これには給与の増加や従業員の能力や意欲を活かす仕組みの構築、働き方改革を含む柔軟な労働形態の導入など、さまざまな取り組みが必要です。
やる気のなさの原因はブルシットジョブにあり!
家電やパソコン、事務機器メーカーなどの輸出企業の国際競争力低下や、バブル崩壊による消費低迷などの寒風が吹き始めた1990年代半ば以降、少なからぬ日本の大企業はコストダウンを最優先する「縮み経営」へと舵を切りました。この過程で、社員を会社の業績向上に貢献してくれる資産あるいは可能性ではなく、お金のかかるコストだとみなすようになってしまったのです。(渋谷和宏)
1990年代半ば以降、日本企業が競争力を失い、社員のやる気不足が深刻化していることが明らかになっています。経済状況が悪化する中、日本の大企業は「縮み経営=コストカット型経営」にと一斉にシフトしました。この過程で、多くの企業がコストダウンを最優先し、社員を会社の資産や可能性としてではなく、コストとして捉えるようになったのです。
組織が単なるコスト削減にフォーカスすることで、社員のモチベーションややりがいが損なわれます。また、企業が社員を単なる経費として見ることで、育成や成長のための投資が削減され、変化に適応できなくなっています。
このような経営スタイルでは、従業員のモチベーションや働きがいが低下し、ストレスや不満が蓄積されていきます。さらに、長期的な視野が欠如し、従業員の能力や成長を適切に評価せず、結果として組織全体の持続的な発展が阻害される可能性が高まります。
実際、ギャラップ社の調査によると、日本の企業における「やる気のない社員」の割合は70%にも達しています。一方、熱意あふれる社員はわずか6%ほどしかなく、世界最低水準となっています。このモチベーションの低さが日本の競争力低下の原因になっているのです。
ギャラップの調査では、やる気が起きない理由は、給料の低さと評価への疑問が上位を占めています。 30年にわたって据え置かれてきた日本の賃金水準は今や先進国で最下位の水準に落ち込んでいます。コストカットが経営者の仕事になっている日本では、人員削減と減点型の成果主義=給与を上げない経営が主流になっているのです。
日本の労働生産性はたしかに低く、それが「安い賃金」の一因であることは間違いありません。しかし労働生産性が低いのは社員の働き方が悪いからではありません。
この低い労働生産性がもたらす「安い賃金」は、日本製品が価格競争力を持つ一因となっています。しかしながら、「安い」製品としての評価が続くことで、日本企業は独創的な機能や魅力的なデザインを製品に盛り込む余裕を失ってしまっているのが現状です。
この「安い賃金」の元凶は、会社側の経営姿勢にあります。会社が従業員に対して仕事を無理強いし、できなければ減点するような「脅しの経営」を行うことで、従業員のやる気をくじいていると経済ジャーナリストの著者は指摘します。
このような環境下で働くことは、労働者にとってはストレスや不満を生むことにつながり、結果として生産性の低下につながってしまうのです。
これを改善するためには、給与のアップと労働生産性の向上が不可欠です。労働者がやりがいを感じ、能力を発揮できる環境を整えることが重要です。
また、会社側も協力し、働く環境や待遇を改善することで、従業員のモチベーションを高めることが求められます。賃金の上昇は、生産性向上と従業員の働きがいによって実現されるものであり、このサイクルを築くことが日本経済の活性化につながります。
コストカット型経営からの脱却が日本経済を活性化する!
著者の調査によれば、現代社会では「無駄・無意味な仕事」が深刻な問題となっています。66人の対象者の半数近くが、1日に最大で4分の1の仕事を無駄だと感じていると報告されています。この事実から、効率的な働き方や業務の最適化が必要であることが示唆されています。
無駄な仕事が増えると、個人の生産性やモチベーションに悪影響を与え、組織全体のパフォーマンスも低下します。特に、仕事の意義を感じられないとストレスが溜まり、社員のモチベーションが低下する傾向があります。これは経営者やリーダーの指導力や組織文化の問題と関連しており、従業員が自らの仕事にやりがいや意味を見出せない環境が広がっていることが要因として挙げられます。
このような状況が続くと、会社の成長や業績向上にも悪影響を及ぼします。組織は、社員の能力と意欲を最大限に活かし、無駄な仕事を減らし、やりがいを持てる環境を整えることが必要です。
無駄な仕事が成果を損なう理由は、本来の業務の効率を下げることにより、成果が上がらなくなることが挙げられます。無駄な会議や報告書作成などが時間を奪い、結果として成果主義賃金制度に影響を与え、社員のモチベーションを低下させる可能性があります。このような状況は経営陣や上司のマネジメントに起因し、組織全体の動きを阻害しています。
管理を徹底するマイクロマネジメントは一時的な成果を生むかもしれませんが、長期的には部下の成長やチームの発展を妨げる可能性があります。上司と部下は相互に尊重し、信頼し合いながら共に目標に向かう必要があります。指示待ちの姿勢は成長の機会を奪い、自主性や主体性を持つことが重要です。
指示待ちの増加は企業の競争力に悪影響を与えます。やる気と能力を持つ社員は時に疑問を持ち、積極的に意見を述べることで組織全体の向上に貢献できます。指示待ちの増加は企業にとってマイナスであり、個々の社員が自ら考え行動することで企業全体のパフォーマンスが向上することが重要です。
社員をお金のかかるコストだとみなすような経営では、社員のやる気は高まるどころか蝕まれてしまいます。「ソフト面での魅力」を打ち出せない日本企業の競争力はさらに低下し、ますますコストダウンに励まざるを得なくなりました。それらの企業では社員の給与水準はいっそう低迷し、日々の仕事から「面白さ」や「やりがい」が失われていきました。 こうして多くの日本の会社員がやる気を無くしてしまったのです。
日本の経営者はグローバルの経営者たちがイノベーション型にシフトする中で、コスト型に固執しました。 本来、日本の経営者はデジタル技術や水平分業型のモノづくりの変化に適応するために、人材への投資を重視すべきでした。
デジタル技術やクリエイティブなデザインに長けた人材をスカウトし、再教育する必要があったのです。また、成果を上げた社員には報酬を与え、裁量権を拡大し、やる気を引き出す必要がありました。
しかし、経営者たちはこの方針に消極的であり、短期的な利益を追求する「縮み経営」を続けました。この結果、社員の疎外感が高まり、やる気を失う悪循環が生まれたのです。
人を育てず、モノにも技術にも投資しない日本企業の競争力は失われるのは当たり前です。日本企業が人を育てず、モノや技術に投資しないことは、その競争力を損なう要因となっています。人材育成や能力開発への投資は、企業の成長に不可欠な要素であり、これを怠ると将来的な競争力が低下してしまいます。
人への投資が不足すれば、企業は従業員のモチベーションやスキル向上を促進することができず、結果として業績や市場競争力に影響が出てしまいます。このような状況が続くと、企業はますます人への投資を後回しにし、悪循環が生まれてしまいます。
アメリカの大企業では、従業員の仕事への満足度や幸福度を重視し、経営・管理の方針を変えています。イリノイ大学のエド・ティーナー名誉教授らの研究によると、幸福度の高い社員は創造性が3倍、生産性や売り上げもそれぞれ30%以上、40%未満も高いことが示されています。
さらに、幸福度が高い人は欠勤率や離職率が低いことが分かっています。これは、従業員の幸福度が企業の業績や生産性に直接影響を与えることを示唆しています。 日本とは対照的に、アメリカの企業はこのような人事戦略を積極的に取り入れており、従業員の満足度向上を通じて企業全体のパフォーマンスを向上させています。アメリカの企業がイノベーションを起こせる理由も高い給与とやりがいに起因しているのです。
日本企業が再び競争力を取り戻し、社員のやる気を引き出すためには、経営層からの明確なビジョンや目標設定、従業員の能力や意欲を活かす仕組みの構築、働き方改革を含む柔軟な働き方の導入など、様々な取り組みが必要とされるでしょう。
著者はその上で以下の3つの提言を行なっています。
①社員に報い、社員に投資する。
②社員を信じ、加点主義で評価する。
③起業家タイプのイノベーターに活躍の場を。
日本の会社員が「やる気」を取り戻すためには、組織全体での改革や変革が不可欠であることが浮かび上がっています。
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