経営理念が現場の心に火をつける(伊丹敬之)の書評

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経営理念が現場の心に火をつける
伊丹敬之
日本経済新聞出版

経営理念が現場の心に火をつける(伊丹敬之)の要約

経営者が戦略と経営理念を効果的に組み合わせて組織全体に浸透させることで、企業は「そこそこの経営」を超え、「すばらしい経営」へと進化します。経営理念が社員に火をつけることで、企業を強くできます。「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」という方程式を使って、企業を類稀な存在にできるのです。

いい戦略+いい理念=すばらしい経営

「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」(伊丹敬之)

一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏は、組織論や競争戦略論を専門とし、数多くの著書や論文を通じて日本の経営学界に多大な影響を与えてきました。特に、日本企業の組織や戦略、理念経営に関する研究で知られています。

本書経営理念が現場の心に火をつけるは、現代のビジネス環境において経営理念が果たす重要な役割を深く掘り下げた著作です。本書の中心的なテーマは、優れた経営理念が企業の成功に不可欠であるという考えです。著者は「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」という方程式を提示し、優れた理念が企業の飛躍的な成長をもたらすと主張しています。

伊丹氏は、経営理念が単なる飾り文句や建前ではなく、企業の日々の業務や意思決定の指針となるべきだと説きます。理念が現場の従業員の心に響き、彼らの行動を導くことで、組織全体の方向性が一致し、より大きな成果を上げることができるのです。

本書の特筆すべき点は、理論的な議論だけでなく、実際の企業事例を豊富に取り上げていることです。伊丹氏は、本田宗一郎、小倉昌男、ラリー・ペイジなど、著名な経営者たちの事例を分析し、彼らの経営理念がどのように企業の成功に寄与したかを詳細に検証しています。これらの実例を通じて、理念が人を動かすことを実証しています。

例えば、本田技研工業の創業者である本田宗一郎の「人間尊重」の理念や、ヤマト運輸を成長させた小倉昌男の「サービスが先、利益は後」という考え方、など、各経営者の理念がいかに企業文化を形成し、事業の成功につながったかが分析されています。

人間を動かすスパナは哲学である。(本田宗一郎)

著者は、「すばらしい経営」への進化には、理念経営が欠かせないと指摘しています。「現場に自由を与え、彼らの自律的思考を重んじ、しかし理念で導く」という経営哲学によって、社員の力を引き出せるようになると言います。

自律的に思考し、行動できる社員は、変化の激しい現代のビジネス環境において、非常に貴重な存在です。彼らは新しい課題に直面しても、自ら解決策を見出し、イノベーションを生み出す可能性を秘めています。 しかし、ただ自由を与え、自律的思考を奨励するだけでは、組織全体としての一貫性や方向性を失う危険性があります。そこで重要になるのが「理念で導く」という考え方です。

経営理念は、組織の存在意義や目指すべき方向性を示すものです。この理念が社員の心に深く根付いていれば、各自が自由に判断し行動しても、全体としての一貫性は保たれるのです。 興味深いことに、この経営哲学は、世界的に成功を収めている企業の経営スタイルとも一致します。

組織のメンバーは、自律を許されていて、しかし大きな戦略の方向性もきちんと提示されている。その上に、共有できる経営理念がある。経営者と現場も、現場のメンバーの間でも、人心が一つになり、心に火がつく。 理念経営のあるべき姿が、ここにある。

企業経営において、社員の自律性と創造性を重視することの重要性が、近年ますます注目されています。この考え方を体現している企業の一つが、世界的に成功を収めているグーグルです。 グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジは、同社の経営哲学について興味深い発言をしています。

「グーグルは(組織のメンバーの)この『自律的思考』をあらゆる活動の基礎にしてきた」というのです。これは、社員一人ひとりが自ら考え、判断し、行動することを重視する姿勢を表しています。 ペイジはさらに、「ユーザーに焦点を絞れば、他のものは皆あとから付いてくる」とも述べています。

これは、顧客志向の重要性を強調したものです。社員の自律的思考を尊重しつつ、常に顧客のニーズを中心に据えることで、革新的なサービスや製品が生まれるという考え方です。

また、ペイジは人材と目標設定の重要性についても言及しています。「適切な人材と壮大な夢がそろえば、たいていの夢は現実になる。たとえ失敗しても、重要な学びがあるはずだ」という言葉です。これは、優秀な人材を集め、彼らに大きな目標を示すことの重要性を指摘しています。

このように理念経営の実践が、イノベーションを生み出し、企業の持続的な成長につながるのです。 もちろん、このような経営スタイルを実践するのは容易ではありません。社員の自律性と組織としての一貫性のバランスをとること、適切な人材を見出し育成すること、失敗のリスクと向き合いながら大きな目標に挑戦し続けることなど、多くの課題があります。

著者は、経営理念が効果を発揮するための条件も詳しく解説しています。例えば、理念が明確で分かりやすいこと、経営陣が率先して理念を体現すること、そして理念と現実の経営活動に乖離がないことなどが挙げられます。また、経営理念の浸透プロセスにも注目し、トップダウンで押し付けるのではなく、従業員との対話を通じて理念の意味を共有し、各自が自分の言葉で理念を語れるようになることの重要性を説いています。

経営理念導入のステップ

理念経営とは、経営者や組織の現場の人々が、理念的な羅針盤をそれぞれに持ち、その羅針盤の示す方向に自分たちの行動の焦点を持っていこうとする経営、それによって組織としてのエネルギーが高まり、集中されるような経営である。だから、経営理念が現場の心に火をつけることができる。

著者は理念経営を羅針盤にたとえ、ここを目指すことで、現場に火をつけられるようになると指摘します。この羅針盤としての経営理念には、主に3つの重要な機能があります。

まず1つ目は、現場の発想を導く機能です。日々の業務において、社員たちは様々な決断を迫られます。これらの決断は、経営者レベルの大きな決断と同じように、直感的な発想から始まり、論理的な検証を経て、最終的には不確実性を含んだ跳躍によって行われます。この過程で、経営理念は社員たちの直感的な発想の方向性を示す道標となります。

例えば、顧客満足を重視する経営理念を持つ企業では、社員たちは自然と顧客視点での発想を持つようになるでしょう。

2つ目の機能は、現場の跳躍を助けることです。決断の最終段階では、完全な情報や確実性がない中で、一歩を踏み出す勇気が必要になります。この時、経営理念は社員たちに自信と勇気を与え、その一歩を後押しします。理念に基づいた判断であれば、たとえ結果が思わしくなくても、組織として受け入れられやすくなります。これにより、社員たちはより積極的に行動できるようになります。

3つ目の機能は、現場の自己刺激を活性化することです。これは、社員たちが自ら奮い立ち、努力を続けるための心理的エネルギーを提供する機能です。

例えば、グーグルのエンジニアは「ユーザーに意味ある情報を与えるのが使命」という理念に基づいて自己刺激を行います。また、ヤマト運輸のドライバーは「社会的インフラを担っている」という使命感から自己刺激を得ています。 この自己刺激のプロセスが活性化されると、社員たちは想定外の逆境に直面しても粘り強く対応できるようになります。

また、思いがけないチャンスが訪れた際には、それを最大限に活用しようとする心理的エネルギーが生まれます。 これらの機能が効果的に働くためには、経営理念が単なる言葉の羅列ではなく、組織の DNA として深く根付いている必要があります。

そのためには、経営者自身が率先して理念を体現し、あらゆる機会を通じてその重要性を伝え続けることが重要です。 また、経営理念は固定的なものではありません。時代の変化や組織の成長に合わせて、適切に進化させていく必要があります。

ただし、その核心部分は一貫性を保つことが重要です。 経営理念がこれらの機能を十分に発揮できれば、組織全体の創造性と生産性が飛躍的に向上します。社員一人ひとりが自主的に考え、行動するようになり、結果として「すばらしい経営」の実現につながるのです。

経営理念は、企業の根幹を成す重要な要素です。しかし、この理念が組織全体に浸透し、真の力を発揮するまでには、一連のプロセスが存在します。このプロセスを理解することは、経営者にとって非常に重要です。

まず、経営理念の誕生は、多くの場合、経営者の個性や個人的な体験から始まります。経営者の価値観や人生経験が、経営に対する考え方の基礎となるのです。これが経営哲学の萌芽となります。

次に、この萌芽が成長するには、強烈な出来事の積み重ねが必要です。ビジネスにおける成功や失敗、危機的状況の克服など、様々な経験を通じて、経営者の考え方はより具体的で強固なものになっていきます。

そして、重要なのは、これらの経験が経営者だけのものではなく、組織のメンバーとの共通体験となることです。困難を乗り越えたり、大きな成功を収めたりする中で、経営者とメンバーの間に強い絆が生まれます。この共通体験が、経営理念の土台となるのです。

こうした過程を経て、経営者の個人的な考えは、組織全体の指針となる経営理念へと昇華していきます。ここで重要なのは、単なる美辞麗句ではなく、組織の DNAとも言えるような、真に実践的な理念を作り上げることです。

理念が形になったら、次はそれを組織全体に浸透させる段階です。これは決して簡単なプロセスではありません。経営者自身が率先して理念を体現し、あらゆる機会を通じて理念の重要性を伝え続ける必要があります。

理念が徐々に浸透していくと、現場の社員の心に火がつき始めます。自分たちの仕事の意義を理解し、組織の目指す方向性に共感することで、社員のモチベーションが高まります。

最終的に、この「心の火」は、多くのメンバーの行動変容と心理的エネルギーの向上につながります。社員一人ひとりが自主的に考え、行動するようになり、組織全体の創造性と生産性が飛躍的に向上するのです。経営者には、このプロセスの各段階を理解し、粘り強く取り組む姿勢が求められます。

そして、理念が組織に根付いた後も、常にその理念を実践し、進化させ続けることが重要です。このような努力を続けることで、企業は持続的な成長と成功を実現できるのです。

経営理念が社員に火をつける!

そこそこの経営者は、指示をする。つまり、部下に指示するだけなのである。そして、いい経営者になると、なぜその指示の行動が必要かを部下に説明する。さらにすぐれた経営者は、自らの行動で模範を示す。そして、偉大な経営者は、部下の心に火をつける。彼らが奮い立つのである。

企業経営において、「そこそこの経営」と「すばらしい経営」を分ける要因は何でしょうか?この問いに対する答えは、戦略と経営理念という二つの重要な要素にあります。

経営の成功には、まず事業活動の設計図となる戦略が重要です。戦略は、企業がどのような方向に進むべきかを明確にし、その目標に向かって効率的に動くための道筋を示します。

しかし、戦略だけでは企業全体が一体となって進むことは難しいです。ここで重要なのが、組織の役割分担や管理の仕組みとしての経営システムです。経営システムは、各部門や社員がどのように役割を果たし、協力し合うべきかを定めるものです。

しかし、「いい経営」から「すばらしい経営」へと進化するためには、戦略だけでは不十分です。ここで重要になるのが経営理念です。経営理念は、単なる飾り文句ではありません。それは企業の存在意義を明確にし、社員の行動指針となる重要な要素なのです。

これが単なる言葉に留まらず、社員一人ひとりの心に浸透することで、現場の自律的な行動を促す強力な力となります。

具体的には、現場の社員たちが単に与えられた仕事をこなすのではなく、「もっと良くするためには何ができるか」を自ら考え、行動するようになります。このような自発的な動きが生まれるのは、経営理念が社員の心に火をつけ、共感を生んだからです。

経営理念が現場に深く浸透すると、社員たちは企業の目指すべき方向性を理解し、自分たちの役割がその中でどのように重要であるかを認識するようになります。その結果、現場では「そこまでやるか」というような、常識を超えた追加的な努力が自然と生まれるようになるのです。

優れた経営理念は、社員に明確な方向性を与え、日々の業務や意思決定の羅針盤となります。また、社員のモチベーションを高め、仕事に深い満足感と誇りをもたらします。さらに、企業文化の形成に寄与し、社員間の結束力を強め、協力的な職場環境を生み出します。これは創造性やイノベーションの促進にもつながります。

経営理念は、外部のステークホルダーに対しても企業の姿勢や価値観を示す役割を果たし、信頼関係の構築やブランドイメージの向上に寄与します。しかし、経営理念が真に効果を発揮するためには、単に掲げるだけでは不十分です。

経営陣が率先して理念を体現し、日々の業務や意思決定に反映させること、そして社員教育や評価制度を通じて組織全体に浸透させることが重要です。 「すばらしい経営」の真髄は、経営理念が社員の心に火をつけることにあります。

これには3つの重要な効果があります。まず、個々のメンバーのモチベーションが上がります。次に、メンバー間の協力や調整がしやすくなります。そして、メンバー間の共感という心理的エネルギーを高めます。

この「心に火がついた」状態では、社員一人ひとりが高いモチベーションを持ち、互いに協力し合い、強い共感で結ばれています。この状態こそが、困難な市場環境を乗り越え、持続的な成長と革新を実現する源泉となるのです。

つまり、「そこそこの経営」と「すばらしい経営」を分ける最大の要因は、適切な戦略の存在と、社員の心に火をつける経営理念の浸透にあると言えるでしょう。戦略が組織の方向性を定め、経営理念がその推進力となるのです。

経営者には、これら二つの要素を効果的に組み合わせ、組織全体に浸透させる能力が求められます。それができたとき、企業は「そこそこの経営」を超え、真に「すばらしい経営」へと進化することができるのです。この進化こそが、企業の持続的な成長と成功の鍵となるのです。

本書を通じて、読者は経営理念の真の力を理解し、それを自社の競争力向上に活用する方法を学ぶことができます。 伊丹氏の主張する「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」という公式は、現代のビジネス環境における成功の鍵を端的に表現しています。単に利益を追求するだけでなく、企業の存在意義や社会的価値を重視する現代において、この考え方はますます重要性を増しています。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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