精神科医が実践するマインドフルネストレーニング ──習慣を変えるための3つのギア
ジャドソン・ブルワー
パンローリング株式会社
精神科医が実践するマインドフルネストレーニングの要約
自分の行動がどんな結果や報酬をもたらしているのかに意識を向けることで、習慣や価値観を見直すことができます。そのうえで、不安にとらわれる古い習慣を「もっと良い選択肢(BBO)」に置き換えることが大切です。好奇心や親切を選ぶ行動を繰り返すと、心が軽くなり、豊かで前向きな未来を築くことができます。今この瞬間の選択が、未来を大きく変えるのです。
不安の習慣ループとはなにか?
不安は私たち人間の習慣のなかに隠れている。なぜなら、私たちはさまざまな行動のさなかに、悪い感情を体から切り離して、なるべく感じないようにするすべを体得しているからだ。 (ジャドソン・ブルワー)
ジャドソン・ブルワー博士の著書精神科医が実践するマインドフルネストレーニング(Unwinding Anxiety)は、不安や依存症、そして現代社会で広く見られる悪習慣に対処するための画期的なアプローチを提供している一冊です。
ブラウン大学で依存症精神医学や神経科学を研究する博士は、マインドフルネスを中心とした科学的アプローチを通じて、習慣的行動や思考パターンを再構築する方法を解説しています。その核心は、私たちが無意識に繰り返す「習慣ループ」に気づき、それを解消するための具体的なステップを踏むことにあります。
本書が特に注目されるのは、不安を「恐怖」と「不確実性」による学習メカニズムの結果として捉えている点です。この視点は、単なる精神的な現象として不安を説明するのではなく、進化論的な背景に基づいて不安がどのように生じるかを理解する手助けとなります。
例えば、「恐怖 + 不確実性 = 不安」というシンプルな図式は、複雑に思える感情の根底を明らかにしています。この仕組みを理解することで、私たちは不安を外在化し、その影響を冷静に観察する第一歩を踏み出せるのです。
不安がどのように脳内で「パンを焼く」ように増幅されるかという比喩も、本書の魅力的な要素の一つです。不確実性に直面した脳が過剰に情報を求め、悲観的なシナリオを構築してしまう過程は、現代社会において多くの人が経験するであろう状況です。
ネガティブな感情(恐れなど)がトリガーとなって心配という行動が誘発されると、その心配は、トリガーとなった最初の不快な感情を回避するための手段として強化される場合がある。
ネガティブな感情、たとえば「恐れ」が引き金となると、人はそれについて「心配する」という行動をとりがちです。この心配は、不快な感情から逃れる手段として一時的に有効に思えますが、実際にはその心配自体が強化されてしまう結果を招くことがあります。
不安の習慣ループとは
・トリガー:ネガティブな思考や感情(不安や恐れなど)
・行動:その感情について心配する
・結果(報酬):不安から一時的に解放される気晴らし感
このサイクルが何度か繰り返されると、「不安を感じたら心配する」というパターンが脳に習慣として固定化されてしまいます。しかし、心配することで不安が本質的に解決されるわけではありません。むしろ、心配によって問題解決能力や創造的思考が妨げられ、場合によってはパニック状態を引き起こしてしまいます。
例えば、不安を紛らわせようとスマートフォンでニュースをチェックしたり、メールに返信したりする行動をとるとします。その瞬間、不安は少し和らぐかもしれません。しかし、これでは「別のことをして気をそらす」という新たな習慣を作り出すだけです。不安が根本的に解消されていないため、別の解決策を探し続けなければならなくなり、それ自体がまた新たな不安を生み出す、という悪循環に陥るのです。私がかつてアルコールに依存したのも、このサイクルに原因がありました。
人間の脳には、長い進化の過程で「心配は問題解決につながる」という学習が刻み込まれています。原始的な脳(いわゆる「古い脳」)にとって、心配は生存に役立つ行動を促す重要なツールだったのです。その結果、多くの人が「心配」というスロットマシンのレバーを引き続け、「大当たり」(問題解決)が出ることを無意識に期待してしまうのです。
しかし、現代ではこのスロットマシンに頼り続けることが、むしろ不安を増幅させる要因になっています。心配が現実の問題解決に役立つ場面は少なく、ただ「不安を感じる→心配する」というループが強化されるだけ。こうして脳は、意味のない心配を「安全のために必要」と認識し続けてしまうのです。
不安解消の3つのギア
サードギアとは、古い習慣ループから抜け出し、その瞬間に自分がどう感じているかを観察するプロセスのことだ。
本書で提示される「不安解消の3つのギア」は、特に印象的です。ファーストギアで習慣ループの存在に気づき、セカンドギアで身体感覚に意識を向け、新しい視点を取り入れ、サードギアで新たな行動パターンを形成するという流れは、具体的かつ実践的です。このステップを実践する際に、マインドフルネスが効果を発揮すると著者は指摘します。
ファーストギアで習慣ループをマッピングし、セカンドギアで新しい視点を持つ準備が整ったら、次に進むべきステップは、行動の本質を理解するための問いかけです。「私はこの行動から本当はどんな報酬を得ているのだろうか?」というシンプルな問いを自分に向けることが鍵となります。
この問いに答えるためには、行動がもたらす結果に対し、理屈ではなく実際に感じる感覚や感情、そしてその時湧き上がる思考に注意を向けることが求められます。 このプロセスは、単なる観察に留まりません。行動の真の意味や影響に気づくことで、脳の報酬システムを再評価し、価値観の修正を促します。
そして、これを土台に次の段階であるサードギアが始まります。この段階では、古い習慣を置き換える新しい行動を見つけ出します。それは単なる代替手段ではなく、「BBO(Bigger, Better Option:もっと大きく、もっと良い選択肢)」として位置づけられる行動です。
BBOが持つ高い報酬価値は、脳に新たな方向性を示します。これによって、以前の習慣ループから抜け出しやすくなるだけでなく、新しい行動が持続可能な形で定着していきます。たとえば、タバコの習慣を例にとると、不安を感じたときにタバコを吸う代わりに、深呼吸や散歩、瞑想といったより大きなメリットをもたらす選択肢を実践することで、脳はその報酬価値を学習し始めます。
これが進むと、新しい行動が脳にとっての「常套手段」、すなわち新しい習慣として組み込まれていきます。 このサードギアの核心は、「より良い選択肢を選び、それを繰り返す」ことです。重要なのは、その行動をただ繰り返すだけではなく、行動の結果として得られる報酬を実感し続けることです。これが、古い習慣を完全に手放し、新しい習慣を定着させるための鍵となります。
BBOを見つけ、行動に移すことは、一度に全てを解決する魔法ではありません。しかし、繰り返し実践することで脳の学習システムに新しい道筋をつくり出し、結果として古い習慣からの脱却を可能にします。このプロセスを意識的に取り入れることで、私たちは自分自身の行動をより良い方向へと進化させることができるのです。
アルコールに苦しんでいた私は著者になる、社外取締役やアドバイザーになって世の中に貢献するというBBOによって、断酒に成功しました。
好奇心がサードギアに重要な理由
自分の脳に新しい情報を与えて、過去にインプットされた価値がすでに時代遅れになっていることを知らせる必要がある。いまこの瞬間の行動の結果に意識を集中すれば、脳を自動運転モードから解放し、その習慣がじつのところ自分にどれだけの報酬をもたらすのか(あるいはもたらさないのか)を正確に観察し、感じることができる。この新しい情報が、古い習慣の報酬価値をリセットし、良い行動が選択される順位を押し上げ、最終的にはそれを自動運転モードに組み込んでくれる。
過去に脳に刻まれた価値観や習慣が、現在では自分にとって役に立たないこともあります。それに気づくためには、今この瞬間の行動とその結果に意識を集中し、脳の自動運転モードを解除する必要があります。具体的には、行動がもたらす実際の報酬を観察し、それが本当に自分にとって価値があるのかどうかを再評価するのです。このプロセスが、古い習慣の報酬価値をリセットし、新しい健全な行動を脳に定着させる鍵となります。
例えば、タバコを例にとると、単に「体に悪いからやめるべきだ」といった忠告は効果が薄いです。患者自身もその事実を知っているからです。そこで著者は、患者にタバコを吸う「その瞬間」に意識を向けさせると言います。
タバコを吸いながら、実際の味や匂いに注意を向けることで、多くの患者は「化学的な不快な味」や「臭い匂い」に気づきます。重要なのは、この気づきが「考えた結果」ではなく、自分の体験に注意を向けた結果であるという点です。このような体験を通じて、脳はタバコが実際には好ましくないものであると再評価し、報酬価値が下がるのです。
同じことが不安にも当てはまります。不安を感じたい人などおらず、不安自体が心地よいものではありません。不安がもたらす実際の感覚に注意を向け、その感覚を観察することで、不安という習慣の報酬価値を再評価することが可能になります。このような気づきが、習慣から抜け出す第一歩となります。
サードギアで自分の行動を変えるためには、好奇心を活用すべきだと著者は言います。
好奇心こそ、古い習慣に引きずられた行動を、興味をもって気づくというシンプルな「行動」に置き換える驚異の力だ。
私たちは不安やパニックなどの嫌なことに直面すると、逃げ出したくなるものです。その行動が習慣化され、脳に刻まれると、同じような状況が繰り返されるたびに逃避のパターンが強化されてしまいます。
しかし、好奇心を持つことで、嫌なことから逃げずに向き合い、その正体を探ることができます。すると、それが単なる乱れた思考や感覚の結果であったと気づけるようになります。
好奇心は、不安や心配という古い習慣ループから抜け出し、前に進むための力となるのです。 好奇心の特徴は、意志力や根性とは異なり、エネルギーを大量に消耗しない点です。
意志力は「がんばる」ことを必要とし、それが尽きると疲労や挫折感にさいなまれるリスクがあります。一方で、好奇心は努力を強いるものではなく、自然に何かへ引き寄せられるような感覚を生み出します。興味を持つこと自体が心地よく、その結果としてエネルギーが湧き、前に進む力を得られるのです。
例えるなら、自転車で山を登るとき、意志力は難所をローギアで登る際には役立つかもしれません。しかし、岩場や木の根が多い複雑な道では、ただ力を入れるだけでは転倒してしまいます。そんなとき、好奇心を働かせれば、困難な状況においても頭を使い、最善のルートを見つけて切り抜ける方法を考えられるようになります。
好奇心があれば、報酬ベースの学習システムをハックして、染みついた反応を”気づき”に置き換え、報酬(結果)を「身を縮めて辛さをやりすごす」から「好奇心を広げて、いい気分になる」に変えることができる。好奇心は不安よりも心地よく、好奇心を振り返ることは不安を振り返るよりも新しい習慣として定着しやすいからだ。
好奇心がもたらす最大のメリットは、成長を促す点にあります。無理に努力せず、自然な興味に従うことで、固定マインドセットから成長マインドセットへと移行しやすくなります。
心を開き、経験に興味を持つほど、挑戦に立ち向かうためのエネルギーやスタミナが蓄えられ、より多くのことを学べるようになります。好奇心を大切にすることで、長い道のりを無理なく進み、精神的なハードルを乗り越えていけるのです。
私たちが「いま、この瞬間」にどんな選択をするかで、未来の人生が決まります。不安を選び続けると、不安に支配された人生になってしまいます。不安が繰り返されるたび、それは一粒一粒のビーズのようにつながり、不安のネックレスが完成していきます。そして、そのネックレスを身につけて生きることになるのです。ときには、それを誇らしく思ってしまうことすらあるかもしれません。
しかし、大切なのは、今この瞬間の選択を変えることができるという点です。その一歩を踏み出すことで、不安のループから抜け出せます。私自身も断酒を選んだことで、アルコールに奪われていた時間を取り戻し、自分のやりたいことに集中できるようになりました。その結果、自分のキャリアも大きく変わりました。アルコールのネックレスを外すことを決めた当時の自分に感謝しています。
このように、選択を変えることで未来を変えることは可能なのです。 不安ではなく、好奇心や他社への貢献を選択し、それを積み重ねていけば、全く新しいネックレスができます。それは、不安の重さとは無縁で、心を軽くし、喜びや平和をもたらしてくれるものです。
この新しいネックレスを手に入れたとき、不安や悪習慣のネックレスを外し、身軽な気持ちで前に進むことができるのです。 「いま何を選ぶか」——このシンプルな問いに真剣に向き合うことで、未来の自分を形作ることができます。
不安にとらわれるのではなく、好奇心や親切といったポジティブな選択をすることで、人生は確実により良い方向へと変わっていくのです。
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